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10月のFOMC-発射台に移動

2015年10月29日

はじめに

市場予想の通り、今回のFOMCも利上げを見送る判断を示した。もっとも、声明文には、前回会合(9月)の際に強調したリスク要因(金融市場の不安定性と新興国経済の低迷)をトーンダウンするなど、次回会合以降に対するインプリケーションが予想以上に含まれている印象を受ける。これらの内容をみながら、利上げに向けた展望を検討したい。

国内の情勢判断

声明文の冒頭に示された情勢判断には、前回(9月)に比較して3つの点で修正が加えられている。第一に、家計の支出と企業の設備投資について、「緩やかな拡大(expanding at moderate pace)」から、「堅調に増加(increasing at solid pace)」へ上方修正された。第二に、労働市場に関して、雇用増加のペースが鈍化し、失業率が横這いになったとの説明を加え、下方修正された。第三に、金融市場のインフレ期待が低下した点について、「若干(slightly)」との語を加え、わずかに上方修正された。

全体としてみると、今回のFOMCは国内経済に関する評価を引き上げたものと理解できる。それは、単に上記の修正箇所が2対1でプラス方向のほうが多いからという訳ではない。まず、内需の柱である消費と設備投資について、「solid」という比較的強い表現を用いたことには、FOMCによるある種の自信が示唆される。労働市場についても、直近の雇用統計の結果を反映して表現は下方修正されたが、その直後に「nonetheless」として、slacknessの減少傾向に変わりがないことを指摘している。

この間、今回の声明文ではインフレに関する表現は前回(9月)からまったく変わっていない。実際の指標は2%インフレにむけた動きが依然として明確でないことを示唆しているが、少なくともFOMCメンバーの大勢は、前回会合以降にインフレの減速リスクが高まったとは考えておらず、状況に変化がないと理解したものと推測される。

海外情勢とデュアルマンデート

今回の情勢判断の中で最も注目されるのは、前回(9月)の声明文にみられた、金融市場や新興国経済が米国の経済活動や物価に対して短期的に下方圧力となりうるとの一文が、まるごと削除された点である(9月の声明文では第2パラグラフの第2文)。

こうした変更の背後には、既に米国のメディアが指摘しているように、前回(9月)のFOMCの時点に比べれば、金融市場の不安定性が低下したことがある。特に米国内の市場においては、ご覧のように株式市場が緩やかな上昇をみせている。

しかし、より重要な理由は、コミュニケーションに関する問題への対応の必要性であろう。前回(9月)のFOMCの議事要旨などをみると、FRBが伝えたかったのは、新興国経済への懸念とそれに端を発した金融市場の不安定化について「不透明性(lack of visibility)」が高いとの認識が利上げを思いとどまらせたことである。しかし、今回削除された一文やイエレン議長の9月の記者会見は、(1)FOMCは新興国経済の低迷とそれによる国際金融市場の不安定化を深刻に懸念している、(2)それが利上げ見送りの理由である、との解釈を生むことになった訳である。

その意味で、今回の声明文には工夫の跡がみられる。つまり、意図せざる解釈を招いた一文を削除するとともに、米国の経済活動や物価に対する先行きのリスクは上下双方にバランスしている点を確認することで(第2パラグラフの中盤)、FRBからみて必要以上に慎重なメッセージとなることを防ごうとしている。

だからといってFOMCが新興国経済の状況やそれに伴う金融市場への影響について、もはや楽観に転じた訳ではない。実際、今回の声明文でも、海外の金融経済情勢のモニターを続けることを明言しており、中央銀行が通常業務として行うことに敢えて言及していることの意味も小さくない。また、前回(9月)のFOMCからわずかに6週間が経過したに過ぎず、しかも中国を中心とする新興国の経済指標は少なくとも明確に好転していると言えない以上、FOMCが新興国のファンダメンタルズに対する見方を大きく上方修正することが可能であるとは思えない。

これらの検討から得られるインプリケーションは、FOMCとしては、新興国経済や金融市場の動向について、あくまでもそれらが米国の経済や物価に与える影響という観点から見ていることである。改めて考えれば当たり前のことであるが、9月のFOMC後に、FRBがデュアルマンデートに加えて、新興国経済の安定維持という新たなマンデートを抱え込んだとの見方も生じたことを思い起こせば、ここで確認することの意味も小さくない。

やや単純化して言えば、FOMCとしては、(1)新興国経済が多少動揺したとしても、米国の経済と物価がその影響を乗り越えるのに十分な力強さを持っていることが確認できる、あるいは(2)新興国経済の低迷が続くとしても、これ以上深刻な事態にならないことが確信できる、という条件が満たされれば、利上げに踏み切るという考え方が推測される。今回のFOMC声明文が国内情勢判断を上方修正したことは(1)との関係で意味を持ってくる。

次回(12月)のFOMCに向けた展望

今回の声明文は利上げに向けた政策判断のスタンスについても新たなメッセージを発信している。つまり、これまでは「ゼロ金利政策をどの程度継続するかを決定する」ために、デュアルマンデートの達成に向けた動きを評価するとしていたものが、今回は「次回会合での利上げが適当かどうか決定するため」に変更された。

この変更が次回(12月)のFOMCにおける利上げへのコミットメントを意味すると理解することは、やや行き過ぎであるように感じる。むしろ、今後は毎回の会合で利上げの適否を議論することを表明したと理解するのが自然であろう。それでも、利上げに向けたメッセージとしては前進であるし、FRB関係者が使用する「lift-off」という表現に引っ掛ければ、いわば、ロケットは発射台に移動して天候条件の充足を待つ状況になったと理解できる。

そうであれば、利上げ時期の大幅な後倒しといった見方も生じていた金融市場に一定のインパクトを生じうるし、FRBのGovernorsも含めて利上げに関する意見の相違が示唆されていたことを考えると意外感を持って受け止める向きもあろう。

上記のように、利上げ判断があくまで国内情勢によるといっても、物価の先行きには相当な不確実性も残る。その意味でも、12月の利上げを予想する上では、FOMCメンバーが(新興国経済だけでなく)国内物価についてどのような見方を示すかに注目することが重要であろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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