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ECBのドラギ総裁の記者会見-Need to be reexamined

2015年10月23日

はじめに

9月の記者会見を「経済と物価の先行きに予想以上に慎重な見方を示したもの」と総括できるとすれば、今回は「追加緩和の実施に予想以上に踏み込むもの」と理解できる。だからこそ、既に先行きの追加緩和を意識していた金融市場ですら、記者会見の進行中にユーロ相場や域内主要国の長期金利などの面で大きな反応を見せた訳である。もっとも、追加緩和に踏み切るとしても、手段の選択は必ずしも容易ではないことも示唆する記者会見となった。

景気判断

今回の声明文やドラギ総裁による説明が示すように、政策理事会による景気判断はシンプルである。つまり、内需は、金融緩和の効果や財政緊縮の減速、そして輸入物価の下落による実質所得の増加によって、家計消費を中心にresilientである。しかし、外需は新興国経済の減速によって影響を受けており、かつ先行きに不透明な面があるというものである。

こうした見方自体は9月時点と大きく変わっていない印象も受ける。実際、9月政策理事会のAccount(議事要旨に該当)には、新興国経済の減速によるユーロ圏経済への影響を判断するためには、より十分な情報が必要といった趣旨の指摘もみられる(9月FOMCの議事要旨とよく似ている)。

ただし、今回はこうした影響が生ずるメカニズムについて興味深い議論もあった。つまり、中国経済が大幅に減速した場合のユーロ圏経済への影響に関する記者の質問に対し、ドラギ総裁は、(1)対中国輸出を通じた直接的影響、(2)商品価格の下落を通じた間接的影響、(3)対中国の金融取引を通じた影響、(4)世界経済のセンチメントが悪化する間接的影響、の4つが想定されるとした。その上で、(1)はユーロ圏全体あるいはドイツをみてもそう大きくない(not very significant)、(3)も同じ、また(4)は10月のIMF総会等の場でもそこまで深刻でないとされていることを説明した。

記者会見でのやりとりなので、(2)に明確に言及しなかったとしても取り立てて重視すべきでないのかもしれない。ただし、筆者が9月中旬にユーロ圏の主要国を訪問した際には、発端はどうあれ、経済の減速が中国に止まらず、幅広い新興国に拡大した場合のリスクを意識する声が聞かれた。実際、この点も9月政策理事会のAccountの中にも示されている。

物価見通し

物価見通しに関しても、基本線は9月時点と変わっていない。今回の記者会見で、ドラギ総裁は、インフレ率が当初予想より弱い動きとなっており、低インフレが予想以上に長期化する可能性という9月のAccountに示された見方を踏襲した。

インフレ期待に関してもドラギ総裁は、短期は低下しているが中長期は安定との解釈を繰り返したが、同時に、中長期のインフレ期待も商品価格の動向に影響される面もみられるといった興味深い指摘も行い、インフレ期待の安定性に対して従来ほどの信認を置いていない可能性も示唆した。

その上で興味深かったのは、WSJのブラックストン記者が、家計消費が経済の牽引車であり、その背景が実質所得の増加であれば、ECBがインフレ率引上げに注力することは適切かという疑問を提示したことである。これに対してドラギ総裁は2%目標の達成がECBのマンデートであり、中央銀行への信認はマンデートを達成する能力に依存すると反論した。また、コンスタンシオ副総裁は、こうしたマンデートの意義について、1)インフレ率の上方バイアスによる影響の回避、2)debt deflationのリスク軽減、3)実質金利をマイナス化する余地の確保、4)物価下落の長期化(real deflationと呼んだ)による資源配分の歪みの阻止、の4点を挙げ、金融緩和の継続ないし必要に応じた強化を正当化した。

追加緩和

これらの議論から容易に想像されるように、政策理事会は追加緩和の可能性に関して様々に踏み込んだメッセージを発した。

声明文には、新たな経済見通しが示される12月政策理事会で、金融緩和の度合いを再チェックする必要がある(need to be reexamined)という表現が加えられた。この点はドラギ総裁からも説明があり、経済や物価の見通しの前提条件に変化が生ずれば、それに基づく政策判断も見直しが必要との考えが示された。

また、記者会見の質疑の中でも、ドラギ総裁は、今回の政策理事会であらゆる政策手段について非常に充実した議論(very rich discussion)が行われたことを再三強調した。さらに、筆者自身もやや驚いたことだが、ドラギ総裁は、数名のメンバーが今回の政策理事会での追加緩和を主張したことも認めた。

ただし、ECBによる追加緩和には技術的な制約が多いこともまた周知の事実である。実際、今回の記者会見でも、買入れる国債の量的な不足に早期に直面するリスクに関する質問があった。ドラギ総裁は現時点ではこうした制約に直面していないと回答した一方で、量的に不足する証券は買入れないとも述べ、暗黙のうちに量的制約の問題に言及した。

それでも、ECBは自らの量的緩和が柔軟性を持つことを一貫して強調している。つまり、9月のAccountでも今回の記者会見でも、ECBとしては量的緩和をscale、composition、durationという3つの面で調整することが可能と指摘しており、12月に判断される追加緩和の内容もこれに沿った議論が行われることとなろう。

もっとも、これらの3要素は独立ではなかろう。すなわち、買入れ期間(duration)を来年9月以降に延長すれば、総買入れ額(scale)も増えるが、国債不足に対応すべく政府機関債の一段の増加-あるいは政府機関債の不足に対応する他の資産の追加-といった資産構成(composition)面の対応も余儀なくされうるからである。しかも、市場が意識する政府機関債の追加や社債の新規買入れにも-政策意図の変質を容認するとしても-ロットの小ささによる制約をどう克服するかという課題が残る。

なお、追加緩和のオプションとしては、利下げ(預金ファシリティに適用されるマイナス金利の幅の拡大)も存在する。実際、数名の記者がこの点を質したのに対し、ドラギ総裁は今回の政策理事会で議論されたことを認めただけでなく、利下げを含む多様なオプションについて委員会(committee)を設置して具体的な得失を検討させ始めたと述べた。しかし、ECBがこうした努力をすればするほど、追加緩和に踏み切る場合の手段の選択が、次第に難しくなっていることを図らずも示している。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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