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ECBのドラギ総裁の記者会見 - Somewhat weaker

2015年09月04日

はじめに

市場の反応が示すように、ドラギ総裁が説明した経済と物価に関する見方は、予想以上に慎重であった。このため、ドラギ総裁が今回の政策理事会では具体的な議論に至らなかった("not yet there")と回答しても、市場の一部が期待していた「追加緩和」が俄かに現実味を帯びたという印象を受けた。

今回公表されたECB執行部による新たな見通しと合わせて議論の内容を検討したい。

経済と物価の見通し

ECBによる声明文は、足許に至る経済と物価の動きが予て予想されたものに比べて幾分弱い("somewhat weaker")ことを初めから明言している。その理由として、この間に主要新興国の景気鈍化という新たな問題が生じたことを挙げ、ユーロ圏にとっては、貿易の減少を通ずるルートと市場のコンフィデンスを毀損するルートの二つを通じて影響を与えるとの懸念を示した。

しかも、こうした外的要因が一時的に止まるか、相応の期間にわたって継続するかは、少なくとも現時点では見極めが困難であるとし、そのためにユーロ圏の景気や物価にはダウンサイドリスクが存在するとの認識を示した。

実際、ECB執行部による9月の見通しは明確に下方修正された。実質GDP成長率は、2017年にかけて+1.4%→+1.7%→+1.8%という見通しとなり、前回(6月時点)の+1.5%→+1.9%→+2.0%に比べて概ね各0.2%ポイント引き下げられた。さらに、HICPインフレ率は、同様に+0.1%→+1.1%→+1.7%となり、前回の+0.3%→+1.5%→+1.8%に比べ、2016年にかけての期間について下方修正が行われた。

実質GDP成長率に比べてHICPインフレ率の改訂が目立つ点について、ドラギ総裁は、昨年後半からの商品価格下落による累積的な効果やユーロ相場の反転による影響も見込まれる点を説明した。加えて、記者の質問に答える形で、ユーロ圏が今後数ヶ月の間に再びマイナスのインフレに陥ることも-それは一時的と予想されるが-ありうる(”may”)と述べた。

もちろん、ドラギ総裁が、主要新興国の景気減速を理由に経済や物価に慎重な見方を示すことは予見可能であったし、他の主要国の中央銀行総裁とも基本的に変わりがない。それでも、ドラギ総裁が、前回までの記者会見で述べていた好材料-例えば、商品価格の下落による実質購買力の増加-にはほとんど言及せず、ダウンサイドリスクを強調したことは印象的であった。

加えて、ドラギ総裁が新興国からのストレスの伝播経路として、既に8月中旬以降の国際金融市場の不安定化が、市場のコンフィデンスの毀損を通じ、ユーロ圏のfinancial conditionのタイト化をもたらしているとの認識を示したことも興味深かった。

この点は、ユーロ圏の金融システムの回復に対する評価との関係で理解すべきであろう。記者会見でドラギ総裁が強調したように、市場がvolatileになっても、銀行部門のレバレッジは慎重に運営されており、金融システムに問題が生ずる状況ではない。また、銀行の資金コストや利ざやが、スペインやイタリアでも改善し始めたこともencouragingである。それでも、financial conditionの変化を直ちに経済への影響と結びつけて考えざるを得ないこと自体が、残念ながらユーロ圏の金融システムの現状を示唆しており、それはドラギ総裁がかねて指摘している構造改革の遅延に関連する面が大きいように見える。

追加緩和

これだけ慎重な見方が示された以上、記者会見で追加緩和の展望に関する質問が多く提示されたことは自然である。まず、ドラギ総裁は、今回の政策理事会で「量的緩和」(PSPP)による資産買入れにおいて、銘柄ベースでのECBによる保有上限を原則として25%から33%に引き上げた点を説明した。

これはPSPPの開始時に見直しが約束され、その趣旨も-ドラギ総裁は説明を控えたが-対象を拡大している国際機関や各国の政府機関が発行した債券の買入れを実効性あるものにすることであろう。このように本措置を「追加緩和」と呼ぶには違和感がある。

しかし、ドラギ総裁は、記者会見で、ECBがPSPPに支障となる問題に柔軟に対応する一例と説明するなど、コミュニケーション政策に活用した。実際、ドラギ総裁のこうした姿勢は、「追加緩和」の「本体」に関する質疑にも示され、政策理事会が今後の状況に応じて、全ての活用可能な手段("all the available instruments")を前向きに発動する("willing to act")スタンスにあり、実際に可能である("capacity to act")ことを再三強調した。

その「本体」に関して記者が質した点は、1) 2016年9月以降の継続、2)毎月の買入れ額を拡大、3)買入れる債券の年限を長期化であった。ドラギ総裁は、期間や規模、その他条件のいずれも検討課題になりうるとしつつも、今回の政策理事会では具体的な議論に至らなかった("not yet there")ことを説明した。

このうち期間に関しては、ECBも2016年9月以降も必要に応じて継続すると説明している以上、「追加緩和」としての改めての意味を疑問視する向きもあろう。しかし、ECBも2%の物価目標を追求している以上、state dependentな形に運営を変えることは、インフレ期待を安定させる上で意味があるとみられる。

一方、毎月の買入れ額拡大を決めることは容易かもしれないが、欧州国債市場が相応に分断されているだけに、実行には支障も予想される。ECBはだからこそ、2回にわたって債券買入れの対象となる国際機関と各国内の政府機関のリストを拡大したのであろう。つまり、今回決まった保有上限の見直しのような技術的対応も併せて実施することが考えられる。

この間、今回の記者会見ではマイナス金利拡大に関する質問は少なく、TLTROの強化に関する議論もなかった点は興味深かった。前者はユーロ相場の安定化、後者は銀行貸出の活性化の点で各々効果を持ちうる手段でもある。それでも現時点で関心が控えめであるのは、副作用への意識が高いことの証左かもしれない。

いずれにせよ、主要新興国が短期間で大きく景気を回復させるといった事態が生じない限り、追加緩和はifでなくwhenの問題になった印象を受ける。ユーロ圏にとって低インフレの長期化を回避することが重要であれば、為替レートのルートも含め、課題に対してより直接的な関係を有する手段として、資産買入れを期間や量の面でどう強化するかがポイントとして浮かび上がる。

つい半年前にPSPPを開始した際にユーロ圏に広がった楽観論を思うと、事態は予想外の速さで進み始めたようだ。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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