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BOEのカーニー総裁の記者会見-利上げにいちばん近い島

2015年08月07日

はじめに

今回は、"Warsh Report"に沿った改革に基づく初のMPCであっただけでなく、利上げ時期の早期化期待が多くの文書(Summary, Minutes, Inflation Reportと今回は財務相へのletterも含む)やカーニー総裁の記者会見でどう表現されるかという関心に基づき、高い注目を集めた訳である。しかし、前者はともかく、後者に関しては予想外の内容も含まれたため、市場の反応も短期的には大きくなった。

MPCの改革自体は様々に興味深い論点を含んでいるので、先般公表された日銀のMPMに関する改革と併せて、夏休みに別コラムで検討することとし、今回の本コラムではBOEによる景気や物価の判断と、これに基づく利上げの考え方を中心に検討したい。

景気見通し

一連の文書には、内需に強気な見方が示されている。つまり、消費は賃金の力強い上昇と(商品価格の下落による)実質購買力の改善によりrobustであり、消費者マインドの好調さもあって、当面は拡大を続けるとした。また、設備投資も緩和的な金融環境の下で好調を維持するとの見方を示した。

文書だけでなく記者会見でも強調されたのは労働生産性伸び率が高まった点である。Inflation Reportによれば、足許で労働生産性の伸びは1%を超えると推計され、ゼロ近傍で推移するとしていた5月時点の見通しを大きく上回る。カーニー総裁は、その持続性には不確実性もあるとしつつ、①賃金上昇と雇用の改善を両立させうる、②設備投資の拡大との間で好循環を生みうる、といった点で景気拡大のsustainabilityに資するとして歓迎した。

ただ、労働生産性の改善の背景に関する説明は必ずしも明確ではなかった。例えばMinutesは、雇用の伸びの鈍化を認めつつも、労働需要のモメンタム低下によるものではないとの理解を示し、雇用環境が引締まる中で、スキルのミスマッチなどにより、企業にとって新規雇用が難しくなりつつあるとの仮説を提示している。カーニー総裁もこの点に関する質問に対し、仮説に言及しつつも理由に関する断定を避けた。

いずれにせよ、外需に対する若干の懸念を除けば、MPCは足許の景気に対して強気であり、Inflation Reportにおける"fan chart"をみても、2016年以降における実質GDP成長率の見通しは5月対比で殆ど変更がなかったのに対し、2015年については5月時点に比べて中央値は0.3%ポイント引上げられた(2.5%→2.8%)。

物価見通し

実は、MPCが今回示した物価見通しにも相応に強気な面が含まれている。この点を理解する上では、カーニー総裁がオズボーン蔵相に対して発信したletter-インフレ目標から1%以上乖離した場合に発信することが求められているもの-が最も便利である。

つまり、足許でのCPIインフレ率は概ねゼロであるが、BOEは目標との差のうち1.5%相当分を輸入物価下落(商品価格下落とポンド高)によるものとの推計を示している。また、商品価格下落の影響(水準効果)が来年初頭から緩和される中で、国内経済の力強い拡大に伴うslacknessの減少が賃金を中心に物価の押し上げ圧力となることで、インフレ率は目標に向かって収斂するとしている(ちなみに、Summaryによれば、BOEは現時点でGDPギャップが0.5%程度残存するとの推計を行っている)。

実際、Inflation reportのいわゆる"fan chart"をみても、商品価格の回復の遅れを反映し、2015年のCPIインフレ率見通し(中央値)は5月時点から0.4%ポイント引き下げられた(0.7%→0.3%)。しかし、それ以降は、5月時点に比べてほとんど変わっていない。

もちろん、商品価格がMPCの現在のシナリオ通りに展開してもポンド高にはリスクが残るし、BOEによる利上げの展望が強まった場合に、一段のポンド高がCPIインフレ率を抑制する可能性についても、FRBによる利上げを巡る議論と同じく残されたポイントである。実際、記者会見でもこの点が提示されたが、カーニー総裁は、為替相場自体はそもそも不確実性が高いことを確認しつつ、最近はポンド高による国内物価へのパススルーが迅速であるが持続性が少ないとの見方を示した。すなわち、ポンド高が生じても、中期的なインフレ率への影響は必ずしも大きくないとの理解である。

政策判断

このように、今回のMPCが示した景気や物価の見通しに関しては、細部はともかく大筋では、市場にとっても大きな違和感がないものと思われる。そこで、冒頭に見たように市場がやや大きく反応した理由を辿ると、結局はMPCが示した政策判断の内容に行き着く。

既に配信されている欧米メディアの記事をみると、BOEの高官がMPCに先立つ時期に利上げが近づいているとのメッセージを発し、それらが好調な景気と整合的であったために、市場が利上げ時期の前倒し期待を形成していたと思われる。ところが、今回の利上げへの投票は1票に止まり、一連の文書にも利上げ時期のヒントが示されなかったことが、市場の「失望」を誘ったとみられる。

実際、こうした不満は、カーニー総裁の記者会見で一部の記者によって取り上げられただけでなく、カーニー総裁自体も、7月16日の講演から数週間しか経過していないのに利上げについて「変心」したとの批判を受けることになった。

これに対し、カーニー総裁は、自らの講演では「年末年始には、利上げ開始に関する議論に焦点が当たる(come into sharper relief)」と指摘し、年末利上げを示唆した訳でないと説明した一方、別の回答の中では、5月時点よりも我々は利上げに近づいているが、具体的な時期は賃金や生産性、コアインフレ率や輸入物価などを見て決めるだけに、あらかじめ特定できないと説明した。

こうした"data dependent"なアプローチの採用だけでなく、利上げのペースが過去に比べて相当緩やかになるという"フォワードガイダンス"の採用の点でも、BOEの戦略はFRBと似ている。しかし両者の共通点はそれだけではない。つまり、"data dependent"の下で、利上げ(特に開始時期)の展望を透明にしようとして、当局者がその時々で入手可能なデータに沿ってメッセージを発信する結果、その後時間が経過したり、経済情勢が変わったりしても、市場による期待の調整が上手く行かないリスクを抱える点である。

今回のMPCの結果に関しては、本コラムの検討が示唆するように、複数の文書を相互に参照することで、主要な論点の理解が容易になった面は実際に感じられた。もっとも、こうした改革も、時系列的な側面を含む上記のリスクに関しては、残念ながら必ずしも有効性を発揮していないように思えた。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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