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7月FOMCを終えて

2015年07月30日

はじめに

今回のFOMCでは、事前の予想通りに金融政策の変更はなかった。しかし、本コラムで以前に説明したように、特に米国市場では9月FOMCにおける利上げ開始の可能性を排除すべきでないとの見方が強いだけに、今回のFOMCは後日に公表される議事要旨も含めて、利上げの時期やロジックを考える上で重要なベースになるはずである。

そこで、本コラムでは声明文と米国の金融経済の現状を対比しながら、イエレン議長が予て示唆する年内の利上げ開始に向けた条件や課題を改めて検討したい。

景気判断

今回の声明文に示された米国の景気判断は、全体として「moderate」な拡大を続けているというものであり、6月FOMCにおける見方を概ね維持している。つまり、主要項目について、個人消費が緩やかな拡大を続け、住宅投資もさらに幾分か改善が進んだ一方で、設備投資と輸出が軟調というものである。

その上で、デュアルマンデートに関しては、労働市場で雇用の拡大が「solid」との評価に格上げするとともに、本年を通じてunder-utilizationの解消が進捗したことを指摘した。これに対して、物価に関しては、エネルギー価格の下落や非エネルギーの輸入物価の下落もあって、インフレ目標を下回る状況が続いているとの評価を維持する一方で、エネルギー価格が安定したという6月FOMCの声明文でみられた表現は当然ながら削除された。

先行きに関しても、米国経済は緩やかな拡大を続けるとの見方を維持するとともに、景気や雇用に関するリスクも上下双方向にバランスしているとの評価を維持した。さらに、インフレに関しても、当面は低位な状況が続くとしつつも、雇用の継続的な改善や、エネルギー価格の下落や輸入物価の軟調といった「transitory」な効果の減衰につれて、中期的には2%に向かって緩やかに加速するとの見方を示した。

これらのうちで多少の議論が残るのは外部要因との関係でのインフレの展望であろう。まず、今回の声明文が「エネルギー価格の安定」という表現を削除したにも拘わらず、インフレの展望において引続き「transitory」との表現を使用していることは違和感を与えるかもしれない。この点を整合的に理解するための一つの理解は、FOMCとして、エネルギー価格は当面は軟調ではあろうが、ここからさらに大幅な下落を生ずる可能性は小さいとの見方に立っているというものであろう。

輸入物価の影響に関しても同様な解釈が可能かもしれない。つまり、これまで輸入物価の下落に寄与してきたドル高に関して、FOMCとして、今後の水準はともかく変化の方向ないし大きさに関してはさほど深刻に捉えていない可能性である。このような理解は、6月FOMCでも示唆されたように利上げのペースが緩やかなものとなり、結果として米国のイールドカーブもなかなかsteep化しないとの展望とも整合的である。

ただし、ドル相場がFOMCの展望に沿ったとしても、輸入物価全般はそもそも海外経済-特に新興国経済-の動向にも大きな影響を受けることは否めず、ここにはFOMCの見立て通りに進まないリスクが残る。さらに言えば、今回の声明文が米国経済のsoftな領域として認めた設備投資や輸出-前者は当然に輸出や原油価格の影響を受ける-も含めて、結局のところ、米国の景気や物価にとってのリスクが、主として海外経済に関わる要因に起因する構造には変わりがないことを示している。

利上げ開始の条件とその共有

実は、今回の声明文の変更点のほとんどは、既に見た景気判断の部分に集中し、利上げ開始に関する考え方や条件を説明している部分(第3パラグラフ)は、単語一つを除いて全く変わっていない。その単語とはFOMCとして利上げ開始の条件を説明する文に加えられた「some」である。

つまり、FOMCは、デュアルマンデートに関して、労働市場の更なる改善の確認と、インフレ率の2%への中期的な収斂に対する「reasonable」な自信との双方が得られることが利上げ開始の条件であるとの姿勢を維持しているが、今回の声明文では、前者の労働市場の改善に関して「some」という語が加えられたわけである。

この表現の印象を敢えて述べれば、既に労働市場の改善が進捗していることを前提に、「さらに幾分かの改善」を確認したいとの考えが表現されたように見える。逆に言えば、デュアルマンデートのうちで最大雇用に関しては満足すべき領域に近いという理解である。

これをFOMCが利上げ開始に近づいた証左と受け止めることは可能である。しかし、イエレン議長が年内の利上げ開始を再三にわたって示唆している以上、我々は時間の経過とともに自動的に利上げに近づいている面もある。声明文の興味深い変更ではあるが、これ自体を過大評価すべきではないように思える。

結局、今回の声明文には市場が期待したような利上げ開始に関する新たなヒントはなかった。また、FOMCが強調してきた「data dependent」な政策判断という軸に関しても、今回の声明文は先行きの展望を含む景気判断について6月FOMCの線を概ね踏襲し、追加的な知見や情報が得られることはなかった。

今後を展望した場合、年内の利上げ開始とそれに向けた「予告」の有無との組み合わせを考えることができる。まず、「予告」を行うことと9月の利上げ開始を組み合わせることは難しい。「予告」の時間が限定されているほか、イエレン議長がジャクソンホールに出席しないと表明していることもあり、適切な機会があるかという制約もある。

一方、12月の利上げ開始の場合は「予告」の余地が生ずるほか、年内利上げを維持しつつ9月を見送った場合、FRBは過度な楽観を抑制する意味で「予告」の意義を見出すかもしれない。しかし、FOMCとして景気は緩やかな拡大を続ける-成長が顕著に加速することはない-と判断する以上、デュアルマンデートとの関係では9月も12月もさほど変わらないと言える。そうした中で「予告」にどのような理屈付けをこめるかは意外と難しい課題になりうる。

こうして、FOMCの視点に立つと、利上げの開始が9月であれ12月であれ、「予告」なしという選択肢が必ずしも非現実的ではなくなってきたようにも思えてくる。もちろん、それに市場が十分に備えているかどうかは別な問題であるし、市場がFRBあるいは米国に起因する以外の原因に影響を受けている局面であっても、「予告」なしの利上げに対する反応にはリスクが残る。

今回の声明文が示唆するように実体経済が利上げの条件を満たしつつある中で、やはりFRBに残された最後の難問はコミュニケーションということになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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