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米国の金融政策に関わるイベントの印象

2015年07月16日

はじめに

筆者が先週に米国を訪問した際に多くの専門家が指摘したのは、当面のイベント(6月FOMCの議事要旨公表(7月8日)、イエレン議長の経済情勢に関する講演(7月10日)、イエレン議長の議会証言(7月16日))に特に注目すべきという点であった。

その理由は、9月FOMCにおける利上げ開始の可能性を排除しない場合、FRBが市場を含む経済主体と「対話」する上で貴重な機会となるとの理解であった。実際、イエレン議長はジャクソン・ホールのコンファレンスには不参加を表明しているほか、7月FOMCは議長記者会見が予定されていないだけに、こうした理解にも傾聴すべき点があろう。

そこで、本コラムでは、上の三つのイベントを通じて金融政策の先行きに関してどんな知見が得られたかを整理するとともに、7月FOMCを含む今後の課題は何であるかを検討したい。

景気判断

政策決定の前提となる景気判断に関しては、当然ながら、これら三つのイベントは総じて整合的なメッセージを発信している。

まず、第1四半期のGDP成長率が弱い数字になった点に関しては、悪天候や港湾ストといった「transitory」な要因により、既に修正が始まっているという理解を示している。予て指摘されている季節調整の歪みについても、やや強めの指摘を行っている。加えて、ドル高や原油安もモメンタムが消滅したという意味で「transitory」との理解も窺われる。ただし、この点は実体経済に比べて不透明性も残り、決め付けるにはリスクが残る。

これらのインプリケーションとしては、6月FOMCで2015年の成長率見通しを引下げた主たる理由が「過去の話」であり、今後に対する見方はFOMCとして変えていないことが挙げられる。この点は、6月FOMC後のイエレン議長の記者会見でも説明されたが、公表された議事要旨によって確認できた点である。

第2四半期以降の経済活動については、「transitory」な要因の解消を除くと、それ以前に認識されていたのと変わらない要因による拡大が展望されている。つまり、雇用・所得環境の継続的な好転とセンチメントの上昇が消費を支え、在庫調整の進捗した住宅投資が回復をはじめ、伸び悩んでいた説明投資も高水準の収益と原油価格の安定に支えられて拡大するとの理解である(これらは某国に似ている)。

一方で、景気拡大がモメンタムを持ちにくい理由としては、構造要因が指摘されるわけである。労働市場については構造的なミスマッチや人口動態など、住宅投資については家計にとっての信用のavailabilityの変化、設備投資については危機によって経営者に生じたトラウマなど、各々既におなじみの要因である。

なお、技術的ではあるが、第2四半期のGDP速報値の公表の際に併せて行われるSNAの改定によって、季節調整を含む問題が修正された場合に何が起こるかというかという興味深い点が存在する。6月FOMCの議事要旨が示唆するように、FOMCメンバーが別な推計で問題を修正しようと努力しただけに、仮に第1四半期の成長率が上方修正された場合、FOMCによる緩やかな景気回復シナリオの援軍になろうし、2015年の成長率見通しも再修正されることが考えられる。

もっとも、より大きな影響が生ずるのは市場の方かもしれない。なぜなら、FOMCが上に見たように当面の景気拡大に相応の自身を持っていること自体は成長率の上方修正があっても本質的に変わらないとみられる一方、市場では景気に関する見方の分布を収斂する方向に作用する可能性があるからである。

利上げの判断

利上げの判断に関して三つのイベントが共通に指摘しているメッセージは、FOMCが利上げ開始の条件は未達成と判断していることと、それを判断する上でより多くのデータを欲していることである。これは、イエレン議長が予て強調している「datadependent」という考え方が体現されたものとして理解しやすい。

その条件についても、いわゆる「デュアルマンデート」に照らして、①労働市場の顕著な改善が確認されたこと、および②インフレ率が中期的に2%に収斂することについて相応の確信が持てること、の2点であるとして、既に概念的には明確になっている。

もっとも①については、イエレン議長の講演(7月10日)でも、引続き様々な構造要因への言及があるほか、米国内ではFOMCメンバーが完全雇用に相当する失業率(見通しにおける「長期失業率」)をさらに引き下げる可能性も意識されているだけに、具体的に何をもって条件の達成を判断するかが不透明になっている面もある。

しかし、「長期失業率」が実質的にNAIRUを指すと考えれば、失業率の低下に伴って実際に賃金上昇が加速し始めたときこそが条件の達成と解釈できる。同時に、コアインフレ率が1%台前半で推移している理由として、ドル高や原油安のような「transitory」な要因や長期的な構造要因を除くと、FOMCとしても賃金を重視しているとすれば、②の要因も事実上同時に満たされることが考えられる。

そもそも②の条件に主観的な要素が入り込みやすく外部からは読み取りにくいことに加えて、このように両方の条件が一度に達成される可能性も考えると、市場から見た場合、利上げ開始の条件を巡る情勢が短期間のうちに大きく変化したように見えることが生じうることになる。

市場を含む経済主体との対話

しかし、FOMCが「俄かに」利上げ開始に適した時期が到来したと判断したとしても、市場を含む経済主体との「対話」という課題はもちろん残る。この点に関しても、FOMCの議事要旨などによってメンバー間の意見の相違(分布)を印象付けられているだけに、外部から見ると、突如としてコンセンサスが形成されて政策判断が行われる印象を与える可能性も残る(この点も某国に似た面がある)。

もちろん、FOMCの立場に立てば、(景気情勢次第ではあるが)2015年中に利上げを開始するとの考え方を、これら三つのイベントだけでなく様々な機会を通じて発信し続けてきたのであるから、市場を含む経済主体は当然備えているべきということになるかもしれない。あるいは、議会証言でイエレン議長が強調したように、利上げの開始時期よりも緩やかな利上げペースの方が重要とすれば、こうしたフォワードガイダンスがあれば十分と考えるかもしれない。

しかし、初回の利上げが市場や経済に思わぬ影響を与えた場合、誰のせいであるかに拘わらず、FRBによる「正常化」戦略は大きな影響を受けるであろうし、それはFOMCの望むところではない。結局のところ、最初に述べたように9月利上げの可能性を排除しないならば、「対話」がmissingpieceとして残ることになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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