1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ギリシャの国民投票を受けて-今後を展望する上のポイント

ギリシャの国民投票を受けて-今後を展望する上のポイント

2015年07月06日

はじめに

本件については事態が流動的であるし、筆者が米国にいるせいで情報収集が必ずしも十分できていない可能性もある。しかし、事態が大きな節目を迎えたことは事実であるので、今後の展望を考える上でポイントになると思われる点を整理しておきたい。

再交渉

国民投票の結果自体には事前予想に比べて大きな差がついたが、Noという結果の位置づけについては、ギリシャ政権側と債権者側でかねてから奇妙な相違が存在する。

つまり、ギリシャ政権にとっては、これまでに債権者が提示した支援の条件としての財政再建策は承認できないという意思表示である一方、それが債権者との交渉の放棄を意味するわけでない。むしろ、チプラス首相が先週後半に宣言したように、再交渉においてギリシャに有利な条件を引き出すための(国民の意思という)材料を活用するというスタンスにある。

これに対し債権者、特に欧州の債権者は、この国民投票が既に先月末に消滅した条件を対象にしたものであるという「そもそも論」はともかく、最後まで調整していた財政再建案にNoという回答を示すことは、交渉の機会をギリシャ政権側が自ら閉ざすことを意味すると強く警告してきた訳である。

もっとも、先週にはチプラス首相が(国民にNoの投票を促す直前に)微妙な修正案を債権者に提示した際、欧州委員会はこの提案の議論こそ否定したものの、再交渉の可能性を示唆したことを考えると、欧州の債権者も必ずしも強行路線で結束している訳ではないと見える部分も残る。

チプラス首相は上に見た戦略に沿って、国民投票の結果をバックに債権者との再交渉を求めるのであろうし、報道によれば、まもなく始まる欧州時間の月曜日には、独仏の緊急首脳会談やその後にユーログループまたはサミットが開催され、再交渉に対するスタンスが検討されるようである。

少なくともギリシャ政権側も債権者側にもギリシャのユーロ圏への残存という考え方が残っている以上、このまま再交渉なく「極端な選択」を迎える可能性は小さく、実務的には(皮肉なことに)先月末に消滅した条件を出発点に調整が試みられることになろう。

債務削減策

再交渉が成功するかどうかに不確実性があるし、市場が意識し始めたように。国民投票前に比べれば「極端な結論」の可能性が上がったことも否定できない。

一方で再交渉を行う以上、成功の条件を考えることにも意味があろう。債権者、特に欧州委員会には合意するとしても短期的なものにする意向が伺われる。これは、財政支援の時間的に細かく刻み、条件を達成するごとに資金をリリースすることで、ギリシャ側に財政健全化へのインセンティブを付与しようとするものである。これは、「貸し手」の行動として一般的に理解できるだけでなく、この数年のギリシャの行動を考えればもっともである。

一方で、上にみたように先月末に消滅した案を出発点として再交渉を行う場合、仮にその修正で合意したとしても、それがsustainableかどうかという疑問は残る。この数年のプログラムをもっても、ユーロ圏の他国と違ってギリシャが「卒業」できなかった理由は改めて冷静に検討されるべきであろうし、幾分かは、ギリシャ経済自体の輸出競争力や国内経済の効率性の低さといったcapacityにも帰されるように思われる。

その意味では、出発点はともかく、再交渉の中では中期的な視点からギリシャ経済を立ち直らせるために何が必要かを考えることも有用であろう。欧州委員会にとっては、チプラス首相が先週に提示した対案に屈する印象もあり、政治的には受け入れがたい面もあろう。しかし、債権者の一角であるIMFが公表した-その結果として、債権者間の足並みが乱れたと報道された-ギリシャの資金不足額に関する見通しこそ、実はギリシャ問題に対してより長い目で対応することの必要性を強く示唆しているように思える。

ESCBの仕事

市場が意識しているように、欧州時間の週初から大きなストレスを受けるのはECBを中心とするESCBである。 つまり、ギリシャ政権が1週間にわたる銀行閉鎖の代償として、小額な預金引出しを認めざるを得なかった結果、ギリシャの商業銀行の流動性に懸念が示されている。一方、ESCBによるELAは先週の政策理事会で上限が不変とされたため、追加的な引出し余地も少なくなっているとされる。その意味でESCBがELAをどう運営するかが焦点となっており、実際、月曜日に臨時理事会(電話会議?)が開催されるとの報道がみられる。

ESCBにとって、国民投票の結果がギリシャのみならず南欧を中心とする欧州の金融システムの安定性を損なう可能性があるとしてELAを拡大するロジックは残っているが、問題は適格担保の確保である。この場合、特例的に適格担保を拡大するとかSLFを通じて優良担保を貸し出す等によってELAの枠を拡大するほか、ウルトラCとして、ギリシャ国債をQEの対象に加えた上で、front-loadで買入れる方策もありうるが、いずれにしてもESCB内での反対は強いし、実施できたとしても短期の話であろう。さらに、下旬に迫った保有国債の償還期限までに残された時間は多くない。

その意味では、ギリシャ政権と債権者の再交渉も短期で一定の合意に達して支援を「解凍」することが必要になるし、短期の対策と上に見た中期の検討を二段階に分けるといった戦略も必要になろう。いずれにせよ、ギリシャの商業銀行の流動性の問題は、国民の不安をある程度鎮静化させ、「静かな取り付け」を止めることでしか解決し得ない。ESCBの役割は時間を買うことである。

おわりに

ESCBにはさらに二つ大切な役割が残っている。一つは周辺国の金融システムに対するストレス波及の防止である。既にブルガリアへの対応が報道されているが、直接かつ密接な関係を有するキプロスだけでなく、中東欧の新興国の不安定化を防ぐことに関して、ESCBが提供しうる知見やリソースは少なくない。

もう一つは、ギリシャの銀行システム機能の迅速な回復をサポートすることである。ESCBの中心であるECBは、昨年秋のSSMによって域内の銀行に対する最終的な監督の責務と機能を負っている。ギリシャ経済がsustainableな成長を回復し、上に見た中期的な対応に臨む上では、緊急的な流動性支援だけでなく、ギリシャの銀行システムの迅速な復活も不可欠であることは明らかである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています