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ECBのドラギ総裁の記者会見-full implementation

2015年06月04日

はじめに

いまドラギ総裁に聞きたいことを問われれば、大多数の方は「ギリシャ問題への対応方針」と答えるであろう。実際、今回の質問の大半はそうした内容であった。これに対しドラギ総裁は、ブリュッセルで現在進行中の交渉はもちろん、欧州当局側が提示する条件や交渉の成否に関する展望なども含め、具体的なコメントを予想通り回避した。

その意味では市場の期待を裏切った面もあろうが、今回の記者会見は、経済見通しの改定も含めて景気や物価の動向を確認し、市場にくすぶるQEの「見直し」論を牽制するという本来の趣旨の点では、ドラギ総裁の意図通りの内容になったと言える。

経済見通し

今回発表されたECBスタッフによる新たな見通しによれば、今年から来年にかけての実質GDP成長率は1.5%→1.9%、HICPインフレ率は0.3%→1.5%と各々推移することが見込まれている。

これを前回(3月)と比較すると、実質GDP成長率見通しは両年ともに全く同じであり、HICPインフレ率も今年が0.0%との予想だったものが上方修正されたが、来年は全く変わっていない。なお、今年のHICPインフレ率見通しを引き上げた理由について、会見の中では明確な説明はなかったが、来年の見通しを据え置いたことも考え合わせると、原油価格が予想比早めに底打ちしたといった短期的な動きを勘案したものと推察される。

市場では、足許の景気指標が堅調であったことを踏まえ、ECBが見通しを上方修正するとの見方もあっただけに、このような内容には若干の意外感もあろう。しかし、見方を変えれば、今回とほぼ同じ内容であった前回の見通しの方が(本年春時点での景気指標に照らして)強気であったと理解することも可能である。

こうして、ドラギ総裁による景気動向の説明には総じて自信が感じられ、原油安による消費者の実質購買力の増加や企業収益の増加といった一時的な要因だけでなく、QEに伴う市場金利の抑制やユーロ安を通じた効果も含め、内需が期待通りに回復している点を強調した。また、物価に関しても、本年末にかけての原油安の水準効果の剥落だけでなく、GDPギャップの縮小やユーロ安の定着などによって、来年にかけて顕著に加速すると説明した。

その上で、ドラギ総裁は、家計や企業のバランスシート調整の負担や一部国での構造改革の遅延といった中期的な要因が景気回復の加速を妨げている点を確認しただけでなく、短期的には新興国の景気回復の遅延が外需の拡大を予想よりも遅延させている点も指摘するなど、景気回復の現状に決して満足している訳ではないことも示唆した。

QEの見直し論

前回(4月)の政策理事会後の記者会見で-例の「紙つぶて」とともに-筆者を驚かせたQEの早期見直し論については、今回の会見でも数名の記者が言及した。つまり、現在のような景気と物価の回復が続けば、QEを当初予定の来年9月以前に「見直す」のかといった質問から、今回の政策理事会で「正常化」戦略を議論したかといった直接的追求まで、様々な問いが提示された。

もちろん、ドラギ総裁はこれらを明確に否定し、前回の会見と同じく、QEの"full implementation"しか考えていないことを再三強調した。まず、政策目標との関係では、上にみたスタッフ見通しも当然にQEの完遂を前提にしており、それでもHICPインフレ率は2017年にようやく1.8%と目標達成の範囲に達することを考えれば、中途でのQE見直しという議論は生じないはずである。

また、ECBがQEの「見直し」の姿勢を示唆すれば、ユーロ相場と長期金利に上昇圧力を招くことが懸念される。景気回復も入り口にすぎず、インフレ率も目標に程遠い段階で、市場の本格的な反転を招くことは、ECBにとって決して得策でないことは言うまでもないであろう。

なお、記者からは、QEの「見直し」論との関係で、ユーロ圏の長期金利が反転していることへの懸念も示された。ドラギ総裁は、その理由として、景気や物価の見通しの好転といったファンダメンタルな要因だけでなく、金利低下を受けた長期債の発行増加や、QEの運営方法の影響(ドイツの期近債の利回りが上昇し、QEによる買入れ対象に変化した結果、長期債の市場需給が悪化したなど)、さらに市場流動性の低下(およびその悪循環)といった技術的要因が挙げられており、現時点ではどれがドミナントとの判断を下しにくいことを認めた。

その上でドラギ総裁は、ECBによる政策目標はあくまで物価安定であり、これを達成するために、長期金利が多少不安定化してもQEの完遂に拘ることを明言した。加えて、長期金利が絶対値として低位である下では、少しの変動でも大きなボラティリティに繋がりやすことを確認するとともに、市場はより大きなボラティリティに慣れてゆくことが必要であると指摘した。

ギリシャへの政策対応

ドラギ総裁は今回の会見を通じて、ギリシャ問題に関する質問にコメントを回避した。しかし、この問題がECBとギリシャの双方にとって重要であることは言うまでもない。そこで、本コラムではドラギ総裁の立場を代弁することで、ECBにとってのポイントを確認したい。

第一に、ECBはsustainableな内容の合意が成立することを強く期待している。それは、「トロイカ」が既存の支援の凍結部分を解放する合意だけで終わった場合、ギリシャ政府が夏にかけて返済しなければならない金額すら賄えないリスクがあるからである。そうなれば、今後も数カ月ごとに交渉が繰り返され、その度にELAが根雪のように増え続けることになろう。

第二に、ECBはELAに係る担保政策を自ら変更することは回避したいはずである。仮にhaircutを増やせば、ギリシャの金融システムに一段と大きな負担が生じるだけでなく、「トロイカ」による交渉にもネガティブな影響を及ぼす。また、仮にギリシャに対する再度の債務減免が選択肢に上れば、債権者間の衡平の点でも新たな問題を作りかねない。

これらに関するECBにとってのベストシナリオは、sustainableな合意が成立し、ギリシャ経済の回復が展望できるようになる結果、ギリシャの銀行への信認が回復、ELAに係るhaircut(あるいはELA自体)を徐々に減らすことができる状態になるというものである。

しかし、ギリシャと「トロイカ」に残された時間を考えると、ECBの願いを盛り込むことのハードルは極めて高い。ギリシャの銀行における預金流出の加速も踏まえると、文字通り「最後の貸し手」としてのELAにストレスのかかる状況は当面続きそうである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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