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トヨタ自動車による種類株式の発行

2015年05月12日

日本を代表する企業であるトヨタ自動車が、従来にない種類株式を発行する。来る6月に開催される定時株主総会における定款変更を経た上で、普通株式と同じ議決権を有するが、発行後概ね5年間は原則として売却できないという優先株式「AA型種類株式」を7月以降、5年間にわたってシリーズ化して発行するというのである。

取引所市場に上場される一般的な株式は、普通株式である。株式数に応じた議決権を有し、利益配当や会社解散時の残余財産分配を受ける権利を伴う。その普通株式とは異なる権利を有する株式が種類株式である。かつては、株主間の平等を徹底するといった観点から種類株式の発行は厳しく制限され、利益配当や残余財産分配について普通株式よりも優先される一方で議決権を有しない無議決権優先株式を除けば、上場企業が種類株式を発行することはほとんどなかった。

しかし、2000年代以降、会社経営の自由度を高める方向での会社法や取引所規則の改正が進められたことで、種類株式の多様化が進んでいる。具体例としては、2001年6月のソニーによるトラッキング・ストック(子会社業績連動株式)の発行、2004年11月の国際石油開発(現国際石油開発帝石)による黄金株(拒否権付株式)の発行、2007年10月の伊藤園による無議決権株式の発行、2014年3月の普通株式の10倍に相当する議決権を有する種類株式を発行しているサイバーダインによる株式新規公開(IPO)などが知られている。また、経営陣による上場企業の買収(MBO)に際して、株式公開買付(TOB)に応じなかった株主の保有する普通株式を全部取得条項付株式に転換して会社が全部取得するという実務も定着している。

今回、トヨタ自動車が発行する種類株式は、従来の一般的な優先株式とは異なり、普通株式と同じ議決権を有する。他方、譲渡に際して取締役会の承認を必要とするという譲渡制限が付され、発行後概ね5年間は原則として売却できない。5年経過後は、毎年一定の時期に会社に対して発行価格と同じ値段で買い取るよう取得請求したり、普通株式に転換したりすることが可能となる。

発行価格と同じ値段での取得請求が可能ということは、種類株式を購入する投資家からみれば、発行会社であるトヨタ自動車による元本保証が付されているとみることもできる。このため、「AA型種類株式」は、発行時の普通株式の株価の120%に相当する価格で発行されることになる。それだけのプレミアムを負担し、5年間は換金できないというデメリットを甘受する代償として、発行価格での買い取りが保証されるのである。また、今回の種類株式は予め約束された配当が支払われる仕組みとなっているが、その配当利回りは、当初は0.5%と現時点での同社普通株式の配当利回りよりもかなり低い水準に設定されている。

トヨタ自動車が、このような種類株式を発行する最大の狙いは、長期的な観点から同社の株式に投資する個人投資家を増やすことである。改めて言うまでもなく、同社は世界トップの自動車メーカーである。自動車は、自家用、業務用を問わず、人間が運転するものだから、同社製品のユーザーは、ある意味では全て個人である。それだけ個人に近い企業であるはずなのに、同社の株式に占める個人の保有比率は約12.5%(2014年3月末)と、市場全体の20%程度に比べてかなり低い水準にとどまっている。

日本の個人投資家の中には、頻繁に売買を繰り返すデイトレーダーもみられるが、一方で、同じ銘柄を長期間保有し、投資先企業の成長によるキャピタル・ゲインや毎年の配当、株主優待などを楽しみにするという投資家も少なくない。そうした長期投資を前提とする投資家層、しかもトヨタ製の自動車を愛用するとか同社の経営姿勢や理念に共感するといった「ファン」を株主に取り込むことが、今回の新たな種類株式発行の主要な目的だと言ってよいだろう。

株式発行で調達する資金は、次世代技術の研究開発やインフラ投資に充てられるが、そうした投資が同社の業績向上に寄与するには時間がかかる。自らの投資の成果が花開くのをじっくり待つことのできる長期投資家は、単に金銭的なリターンを期待するだけでない同社のファンである。トヨタ自動車が、今回の種類株式を同社の前身である豊田自動織機製作所自動車部が1936年に発売した最初の量産乗用車「AA型乗用車」にちなんで「AA型種類株式」と命名したことにも、会社のファンを株主にしたいという同社の意気込みがうかがわれる。

それだけに、一つ残念に思われるのは、「AA型種類株式」が、取引所市場に上場されない非上場株式とされ、従って、個人投資家による株式等の中長期的保有を促すための施策として注目されているNISA(少額投資非課税制度)の対象とはならないという事実である。

これは、東京証券取引所の現行規則では、譲渡制限の付された株式の上場が認められていないためである。取引所市場を有価証券の流通の場としてのみ捉えれば、譲渡制限という形で流通性が大きく制約される株式を上場することはあり得ないのが当然と受け止められるのかも知れない。しかし、現実には、法的には自由な流通が可能とされ、上場もされていても流動性が低いという証券は存在するし、他方で、海外の一部の取引所における投資ファンドの上場などの例にもみられるように、上場に伴う様々な制度的取扱いの対象とされるために、形式的に上場が行われることもある。また、やや古い情報だが、スイス市場では譲渡制限付株式が上場取引されるという例があったことも報告されている。

もちろん、NISAの適用対象とするためだけに、いわば便宜上、上場を認めるという考え方には抵抗を感じる関係者も多いかも知れない。他方で、NISAのそもそもの政策目的、つまりリスク性のある金融商品への中長期的な投資を促すという観点からすれば、「AA型種類株式」のように、5年以上の長期投資が大前提とされ、少なくともトヨタ自動車の倒産リスクを引き受けなければならないという商品は、NISAの対象として大いに適合的なものと言える。今後、NISAをめぐる制度改正が行われる場合には、「上場企業の発行する非上場証券」といった形で、こうしたものが適用対象に取り込まれることを期待したいものである。

これまで日本市場では、種類株式の利用は活発とは言えなかったが、欧米市場では上場企業による多様な種類株式の発行例がみられる。今回、トヨタ自動車という日本を代表する企業が、新たな種類株式の活用に踏み切ったことは、日本市場における種類株式の多様化に弾みをつけることとなるかも知れない。「AA型種類株式」のような仕組みが、個人株主の拡大という資本政策上の課題への唯一の対応策というわけでは決してないが、今後、多くの上場企業が、自らの置かれた環境や自社の経営状況・財務状況を踏まえつつ、資本政策を深く検討していくことで、日本の株式市場が全体として質的に向上していくことが期待される。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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