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日銀による「量的・質的金融緩和」の公式評価

2015年05月07日

はじめに

日銀は5月1日、「「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証」と称するレポートを公表した。注目を集めた前日のMPMの直後、かつ連休直前というタイミングで公表されただけに、今のところ大きな反応は見られないが、政策運営を展望する上でのヒントを含む重要なレポートである。そこで本コラムではその内容を検討することとしたい。

レポートの趣旨

内容の検討に入る前に本レポートの趣旨を確認したい。まず、QQEの評価を行うこと自体の合理性は理解しやすい。物価目標の達成目途であった2年間を経過したし、4月末のMPMに向けて再「追加緩和」の必要性を巡って、市場を含む外部では様々な議論がなされたからである。本レポートをワーキング・ペーパーのような理論的媒体とせず、読みやすい日銀レビューとしたことは、「公式見解」の幅広い主体との共有を目指す姿勢が感じられる。

一方、時事通信の窪園氏が既に指摘されたように、本レポートの「著者」が企画局であり、特定のスタッフ、あるいは政策委員会でないことにも注意する必要がある。つまり、これは日銀執行部による現時点での「公式見解」を示すものと受け止める必要がある。

海外の中央銀行、例えばFRBがこのような趣旨のコミュニケーションを行う場合、議長が、スタッフによる実証研究の成果を多数引用しながら講演することになろう。実際、日銀による本レポートも多くの実証分析がベースになっていることが窺われる。あるいは、4月のMPMの直後に公表したことを考えれば、展望レポートの一部として示すというオプションもあったはずである。

にも拘わらず、本レポートがこのような形態を採った理由は興味深い。筆者のような外部の立場からは、総裁が自ら語らなかった理由は伺い知れない。ただ、「追加緩和」以降のMPMの結果からは、少なくとも、政策委員会として本レポートの内容にコンセンサスを形成することが必ずしも容易でなかったことは想像できる。

QQEの波及メカニズム

本レポートの前半ではQQEの波及メカニズムを説明しており、その内容は-いったんインフレ期待を動かし始めた後は-「伝統的」なものである。

つまり、本レポートによれば、国債の買入れによる名目金利の引下げが、動き出したインフレ期待とともに実質金利を低下させ、そのことが実体経済を刺激する。結果として、マクロの需給ギャップが改善することで、実際のインフレ率が上昇するとともに、インフレ期待が(適応的に)さらに上昇するというものである。

もちろん、本レポートも、最初にインフレ期待を動かす上では、日銀による物価目標達成に向けた強力なコミットメントが必要であることは指摘している。その一方で、金融市場の好ましい反応や「ポートフォリオ・リバランス効果」については、上記のような実体経済の好転の結果として位置付けられている。

このように、QQEが「伝統的」な波及メカニズムを通じて実体経済に与える影響が強調される一方、市場を通じた効果のウエイトが相対的に低いことは興味深い。考えられる理由として、市場の反応が実体経済に(期待されたほどの)効果を与えていない現実がある。具体的には、株価上昇による消費の資産効果や、円安に伴う企業収益の増加による企業の設備投資への寄与などである。この点については、かねて、政治の側から再「追加緩和」に慎重な考えが示されたこととの関連を思い起こす向きもあろう。

また、QQEが本当に「伝統的」な波及メカニズムに大きく依存するのであれば、政策効果はまだこれから発現することになる。なぜなら、金利を通じて効果を発揮する「普通の」金融政策が効果を発揮するにはかなり長い時間的なラグがある-だからこそ、普通はフォワードルッキングな運営が必要になる-からである。しかも、黒田総裁が先の講演で指摘したようにインフレ期待の形成に適応的な要素が強いのであれば、少なくともその意味では実質金利に対する押し下げ効果が今後も強まっていくからである。

政策効果に関する実証結果

本レポートの後半では、QQEの定量的な効果について二段階で議論している。

第一段階は実質金利に対する効果である。容易に想像されるように、問題は、直接的に観察することのできないインフレ期待への効果をどのように推計するかである。このため、本レポートは4つの方法(サーベイ結果、フィリップス曲線の推計、均衡利子率の推計、タームストラクチャーの推計の各々に基づく方法)を検証し、概ね整合的な結果を得たとしている。つまり、QQEは実質長期金利に対して80bp程度の引き下げ効果を持ったというものである(このうち名目長期金利は30bpで、インフレ期待は50bp)。

米国では、最近のフィッシャー副議長による講演の参考資料に整理されているように、毎回の「QE」による名目長期金利への影響について、20~50bpの効果を推計する実証研究が多いとみられる。従って、本レポートが示す推計はなぜか整合的になっている。

その上で、第二段階は実体経済に与えた効果である。本レポートは、日銀が構築し運営してきたマクロモデル(Q-JEM)に基づく推計を行っているが、ここで再び、金融市場の反応が興味深い意味合いを持つことになった。

つまり、上にみた実質長期金利の低下だけでは、GDPギャップの1.1%の圧縮とCPIインフレ率の0.6%ppの改善という推計結果になり、実際の動き(各々2%の圧縮と1.0%ppの改善)を過小推計するというのである。しかも、株価や為替の実際の動きを加えて推計すると、今度はGDPギャップの3%もの圧縮やCPIインフレ率の1%ppの改善という過大推計に繋がるとしている。

本レポートが指摘するように、この間の株価や為替はQQEのみによって動いた訳ではない。しかし、いずれにしてもこの推計結果は、少なくともこの間の日本経済にとって、金融市場の動向が無視し得ない影響を持ったことを明確に示すものとなっている。

おわりに

本レポートをbackwardな視点からみれば、例えば、ハイパワード・マネーを2倍あるいはそれ以上にしたこと自体の評価が見られない点に失望する向きもあろう。

それでも、日銀がQQEの波及メカニズムと定量的な効果をこのように示したことは、「再追加緩和」の適否やタイミングだけでなく、その後の「正常化」まで含めて展望する上で、crucialな要素とは何かという点に関するヒントとなっている。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : 異次元緩和

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