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ECBのドラギ総裁の記者会見-Premature

2015年04月16日

はじめに

今回のドラギ総裁の記者会見は、議論の内容よりも会見中に女性アクティビストが壇上に登って騒ぐというincidentによって記憶に残ることになろう(動画も既に配信されている)。新本館落成記念式典の際も、アクティビストの騒ぎによって多くのイベントが中止になったことを考えれば、ECBのセキュリティ管理には改善の余地があろう。しかし、こうした事態が続く背景には、欧州固有の問題も関係している。その点は最後で触れるとして、まずは、会見の内容を検討したい。

景気判断

今回の景気判断を一言で表現すれば、cautiously optimisticとなる。特にoptimisticであったのは当面の景気であり、3月に大きく上方修正した経済見通しと整合的であった。

つまり、ドラギ総裁は、景気拡大の背景として、(1)原油安による家計の購買力増加や企業の収益力増加、(2)ユーロ安(による輸出や企業収益の増加)、(3)金利低下、を前回同様に指摘した。リスクバランスも均衡方向へ変化しつつあると指摘した。インフレ率についても、当面は極めて低位ないしマイナスになるが、総需要の増加やユーロ安の影響のpass through、原油価格下落に伴う水準効果の減衰によって、年後半から再び上昇し始め、2016年~17年にかけて2%のインフレに近づいてゆくとの見方を維持した。

その上で、若干の慎重さが窺われたのは、ユーロ圏の長期の成長力である。ドラギ総裁は、ユーロ圏の主要国で潜在成長率の低迷や長期失業が構造化している点に再三言及し、これらの問題は金融政策では対処し得ないため、生産性の改善や労働市場の改革につながる構造改革の重要性を強調した(この意味では、特別に招待された学生代表(ECB主催コンテストの優勝者とみられる)が若年雇用の問題の深刻さを訴えたことはrelevantであった)。

「量的緩和」の暫定評価

ECBは前回の政策理事会で決定した「量的緩和」を3月9日から実行したので、現時点で1ヶ月が経過したに過ぎない。このため、効果にせよ副作用にせよ、評価を下すには時期尚早と考えるのが普通であろう。しかし、特に欧州系のメディアや市場関係者からは、「量的緩和」に関する評価が既に多数発信されており、幸いにも効果の面では好意的な評価が多い。

早い段階での評価が目立つ理由としては、「量的緩和」のような非伝統的政策は、少なくとも最初は市場の反応を通じて効果を波及するという理解が広く共有されていることが考えられる。このため、initial reactionをみれば、その後の大体のことは予想できるという見方に繋がっているのであろう。

しかし、私個人にとって驚きであり、しかも心強いことにドラギ総裁も今回の会見で"quite surprised"と認めたのは、「量的緩和」を2016年9月まで続ける必要はなく、それ以前のどこかでexitすべきという主張が早くも散見され始めたことである。実際、今回の会見の中でも数名の記者がこの点を取上げた。

厳密に言えば、こうした早期exit論は二つの異なる理由に基づいている可能性がある。第一に、ECBによる「量的緩和」が欧州国債の市場規模や市場流動性の問題のために、比較的早い段階から限界に達するという懸念である。この点は、今回の記者会見に始まった話ではなく、「量的緩和」のスキームに関する様々な思惑があった昨年後半から繰返し指摘されてきた点である。

これに対し、ドラギ総裁は、(1)現時点で深刻な問題を認識していないし、まだ1ヶ月しかたっていないタイミングの議論としてはprematureである、(2)将来、仮にこうした問題が生じても、ECBによる「量的緩和」の持つ様々な柔軟性を活用することで克服できる、という説明を繰り返した。

もう一つは、ECBの「量的緩和」が早い段階から強力な効果を発揮しているという「理解」である。実際、家計や企業のセンチメントはここへ来て改善が目立ち始め、また、消費のような内需にも動意がみられ始めている。それでも、「量的緩和」の決断前には、欧州内でもその効果(あるいはcostとbenefitのバランス)に関して様々な議論があったことを考えると、ドラギ総裁にとっても、このようにoptimisticな解釈は想定外であったのだろう。

しかし、ECBも「量的緩和」に対する高い信認の現れなどといって喜んでばかりはいられない。なぜなら、早期のexit観測が広がると、為替も長期金利もユーロ圏経済に必要な低位安定を維持し得なくなるからである。このため、本来であれば「量的緩和」の効果を強調したいはずのドラギ総裁も、今回の記者会見では慎重な発言をするなど、やや奇妙な展開となった。

つまり、ドラギ総裁は、GDP成長率の緩やかな回復にしても、銀行貸出条件の緩和の動き(今回のBLSに結果が現れている)にしても、「量的緩和」の開始以前からみられた動きであることを適切に認め、過度の楽観論にくぎを刺した。その上で、(1)ECBは、「量的緩和」を少なくとも2016年9月までフルに実施することを意図(intend)している、(2)中期的なインフレ目標の達成は、「量的緩和」の完全な遂行を前提としている、の二点を強調し、早期exitに関する議論はprematureであるとの否定的な見方を示した。

これらを理解した上でも、欧州で「量的緩和」への楽観論が目立つことは興味深い。例えば、ドラギ総裁が本日も認めたように、欧州の「量的緩和」には長い「予告期間」があり、その間にユーロ安や長期金利の低下が相当進んだことを考えれば、現時点の景気回復も、「量的緩和」の累積効果と捉えることもできるし、そうであれば、exitに対する見方も本質的に変わりうる。あるいはもっと単純に言って、日米のように経験を積んだ経済や市場でないだけに、「はじめての量的緩和」には過大評価のバイアスがかかるのかもしれない。実際、FRBによるQEについては、米国内でもDiminishing returnとの分析結果が支持されている。

おわりに

今回騒ぎを起こしたアクティビストの主張は、現時点で判明していない。ただ、新館落成記念の際にデモ隊が主張したことは、以前の"occupy○○○○"の主張とは異なる。つまり後者は、金融機関が金融危機の主因に関わった上に、政府に救済されたことへの不満を訴えるものであったが、前者は域内の問題国に対してECBが構造改革の断行といった「痛みを伴う」処置を求め続けていることへの不満を訴えるものであった。

それは、「量的緩和」が循環的な意味で効果を持つかどうかに拘わらず、欧州の多くの国が構造問題を抱えていることの結果であり、だからこそ今回の会見でも、ドラギ総裁が「量的緩和」ユーフォリアに陥ることなく構造改革を続けるよう求め続けた訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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