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イエレン議長の記者会見-Doesn’t mean to be impatient

2015年03月19日

はじめに

FOMCの声明文からは予想の通りに"patient"の語が削除され、6月FOMC会合で利上げが開始される可能性が顕在化したが、このところ神経質な動きをしてきた金融市場はむしろポジティブな反応を示した。その理由も含め、声明文や新たな経済見通しを参照しつつ、イエレン議長の記者会見の内容を整理しておきたい。

経済の現状判断と見通し

今回の声明文のうち、米国経済の現状判断(第1パラグラフ)は、経済成長が幾分か緩やかになった("moderated somewhat")との表現で、若干下方修正された。理由について、声明文では輸出の伸びが弱まったことを指摘したほか、イエレン議長の冒頭説明(第3パラグラフ)では、家計の消費支出の減速と住宅市場の停滞を指摘した。この結果、本年第1四半期については、昨年平均(約2.25%)より低めの成長になるとした。

また、今回改訂した経済見通しにおいても、2015年と2016年のGDP成長率見通しを全体として0.3%ポイント引き下げた。具体的には、前回(2014年12月)と今回のGDP成長率見通しの中心を比較すると、2015年は2.8%→2.5%、2016年は2.75%→2.5%と改訂された。

物価に関しては、声明文での現状判断(第2パラグラフ)は、前回(1月)の場合は「更に低下が見込まれる」と評価したのに対し、今回は「足許の低水準で推移する」として、ダウンサイドリスクについてやや楽観的な見方を示唆した。同時に、声明文と冒頭説明の双方において、原油価格の下落やドル高による"transitory"な影響が収束するに連れて、インフレ率はFRBの目標である2%に向かって上昇するとの見方を維持した。

実際、今回の経済見通しのうちPCEインフレ率をみると、2015年の見通しの中心は、前回(12月)には1.3%であったが今回は0.7%へ大きく下方修正された。しかし、2016年については、1.85%から1.8%へとほとんど変化せず、かつインフレ目標値の近辺になるとの見方が維持されている訳である。

経済と物価の見通しが整合的でないように見える理由としては、まず、FOMCが現在の物価を押し下げている主因を原油安とドル高と理解し、こうした現象ないし影響を引続き"transitory"と判断していることが挙げられる。また、FOMCにとっての長期成長率の推計値-実質的には潜在成長率の推計値-が分布の中心で見て2.15%に過ぎないため、イエレン議長が記者会見で強調したように、下方修正後のGDP成長率であっても、これを上回り続けると主張できるからである。

もう一つ興味深い点は、今回、FOMCが長期失業率の推計値も引き下げたことである(中心値:前回<12月>5.35%→今回5.1%)。その上で、FOMCは2015年から2017年にかけての失業率見通しをほとんどそのままに維持した。もしも、長期失業率の推計値を前回のまま維持したとすると、今回の見通しは米国の労働市場が「超完全雇用」の状態を続けることを意味してしまうだけに、これらの変更は賃金発のインフレ圧力は大きくないという見方との整合性をとるという意味を持っている。

フォワードガイダンス

こうした情勢判断の下で、FOMCは声明文からゼロ金利の維持に関するpatientの語を削除したが、三つの新たな説明を加えた(第3パラグラフ)。つまり、(1)4月FOMCでの利上げの可能性は乏しい("unlikely")と明言しつつ、(2)声明文の変更は利上げ時期が既に決まっていることを意味する訳ではないことを指摘した。

その上で、(3)労働市場の一段の改善を確認するとともに、インフレ率が中期的に2%に回帰することについて相応の確信が持てるよ うになった際に、利上げを開始するのが適当との考え方を示した。さらに、イエレン議長は、こうした考え方を補足する形で(4)"patient"でなくなったからといって、"impatient"に変わった訳ではない、(5)6月会合での利上げ開始が決まっている訳ではないが、その可能性も排除しない、といった点を説明した。

その上で、今回のFOMCは、政策金利の予想パスを大きめに下方修正した。いわゆるdot chartによれば、2015年末の政策金利の予想値(最頻値)は前回(12月)が0.875%であったのに対し、今回は0.675%に低下し、その分布も最頻値の周辺に集中するものへ変化した。同様に、2016年末についても2.125%から1.675%へ大きく引下げるとともに、分布も下方向に移動した。

米国の市場では、政策金利の予想パスが下方にシフトしたことが好感された結果、冒頭にあるようにFOMC声明文の公表後に株価等が顕著にポジティブに反応したということであろう。さらに、FOMCは予てから利上げの判断は"data dependent"であることを強調してきたし、本日の声明文もともにそれを踏襲している上で、米国経済の現状判断や先行き見通しが先にみたように若干下方修正されただけに、利上げ開始時期も若干後ずれするとの理解が市場の好反応に繋がった面もあろう。

ただ、後者に関しては若干の留保も必要である。なぜなら、先にみたように、FOMCは下方修正後のGDP成長率でも、潜在成長率を上回り続けると判断しているからである。これが正しければ、労働を含むslacknessは減少し続けるだけに、イエレン議長が記者会見で強調したように、利上げの開始をフォワードルッキングに行うとすれば、利上げ開始の遅延が正当化されるとは限らない。この点は、イエレン議長が、原油価格の下落とドル高の影響を引続き"transitory"とする下で、新たなフォワードガイダンス(上記の(3))の意味合いを考えれば尚更にそうである。逆に言えば、少なくとも利上げ開始時期に関して、FOMCは、特定のタイミングに期待が集中しないよう、慎重なコミュニケーションを図ったと理解できる。

なお、FOMCによるコミュニケーションの中で、dot chartに関しては、様々な問題点が指摘されてきた。しかし、今回に関して言えば、(1)特に足許のパスについては市場の見方と大きく収斂した、(2)政策金利の長期と2017年末の推計値がかなり接近したことで、今回の利上げサイクルに関する不透明性が減退した、といった点からみて、少なくとも幾分かは問題が解消した面がある。それでも、イエレン議長も記者会見で触れたように、このchartには各FOMCメンバーが想定する確率分布を表現できない点を含む課題が残る。

インフレの復元力

イエレン議長は、利上げ開始-ゼロ金利政策の維持にimpatientになること-の条件として、先にみたようにインフレ率が2%に中期的に回帰することに対する確信を挙げた。翻って、黒田総裁は、先日の記者会見で、同じ条件が再追加緩和にpatientになるために必要であることを示唆した。こうして、日米の金融政策は、本年後半のインフレ率の復元力如何にともに依存することになった訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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