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ECBのドラギ総裁の記者会見-Determined implementation

2015年03月06日

はじめに

ECBは、前回の政策理事会(1月)に合意した「量的緩和」による公的債務の買入れを3月9日から開始すると発表するとともに、市場が注目していた具体的な買入れ方法も明らかにした。ただ、その内容は、日米の前例に比べるとflexibilityを少なからず含むものであった。いつものように、ドラギ総裁による記者会見での発言も含めて整理しておきたい。

経済見通しの上方修正

「量的緩和」の内容に入る前に、ECBスタッフ見通しの定例改訂の内容に簡単に触れたい。

GDP成長率については、2015年から2016年にかけて1.5%→1.9%というパスを示した。前回(12月)が1.0%→1.5%であったので、今回は上方修正となったが、ドラギ総裁はその要因として、(1)原油安による家計の購買力増加や企業の収益力増加、(2)ユーロ安(による輸出や企業収益の増加)、(3)金融緩和に伴う景気刺激効果、の3点を指摘した。また、リスクバランスは引続き下方の方が大きいとしつつも、その程度は減退したとも述べた。

HICPインフレ率については、2015年から2016年にかけて0.0%→1.5%というパスを示した。前回(12月)は0.7%→1.3%であったので、2015年が大きく下方修正された一方、2016年は上方修正されたことがわかる。ドラギ総裁は、原油価格の大幅下落の影響を2015年に織り込んだ一方、2016年には(こうした効果が消滅していくとともに)景気回復による需給ギャップの改善と金融緩和の効果によってインフレ率の大きな上昇が期待されると説明した。ちなみに、2017年は1.8%と予想しており、ECBによるインフレ目標が概ね満たされることを意味する。

確かに、ユーロ圏の景気指標には、先にドラギ総裁が説明した要因の効果が既に現れている面もあるが、それを勘案しても2016年にかけての経済成長率とインフレ率の双方において、今回の上方修正の幅はやや大きめなものとなった。しかも、昨年は下方修正を繰り返してきたことを考えれば、少なくとも循環的にはtrend break的な内容となったものと理解できる。

「量的緩和」の内容

その上で、今回のポイントであった「量的緩和」の内容は、会見終了後に公表された簡単な資料によると次のように決定された。

(1) 市場流動性への配慮
・債券市場の価格メカニズムを阻害しないよう、市場中立的な買入れを行うため、gradual かつbroad-basedな買入れを行う。また、ESCBとして債券貸付制度を導入していく(ただし、実際の運営は各NCBに委ねる)。

(2) 国債と政府機関債のバランス
・各NCBによるその国の国債と政府機関債の買入れのバランスについては、ECBが”internal guidance”を示すものの、各NCBにある程度のflexibilityが認められる。

(3) 債券不足への対応
・あるNCBが、ECBに対する出資比率をもとに割り当てられた国債や政府機関債の買入れを実施するのに、それらの量が不足しが未達になる場合は、代替的な買入れの実施が展望される。ただし、こうした買入れの対象が国際機関債である場合には、「量的緩和」全体のうち12%を超えないという総枠の中で実施する。

(4) 残存年限別の買入れ額のバランス
・上記(1)と同じく市場中立的な買入れを行う観点から、原則として実際の残高の分布に沿った形で配分する。また、買入れた債券の平均年限には目標を設定しない。

(5) 対象債券の属性
・利回りがマイナスになっている債券でも、預金ファシリティの「付利金利}(現在は-0.2%)を下回らない限りは買入れ対象とする。
・政府機関債については、買入れ適格となる発行体を限定的に列挙する(現時点では、各国内の政府機関がKfWなど7先、国際機関がESMやEIBなど7先:ただし、これは今後も随時見直す)。
-なお、1月の政策理事会の時点で、①原則として投資適格以上の債券に限定、②ESCBとして、発行体当たり33%、個別銘柄当たり25%の買入れ上限を設定、といった点は公表済である。

(6) 買入れ方法
・いわゆるオペ先に加え、(外貨準備等の)資産運用に関する取引先との取引によって買入れる(入札とは言っていない点に注意の要)。また、発行体からの直接引受けは、ESCBの設置根拠であるリスボン条約(123条)に違反するため行わない。

このように、(2)国債と政府機関債のバランスや(3)債券不足への対応の面ではflexibilityが認められたほか、(4)残存年限別の買入れ額のバランスについても、実際のパターンに即して買うとされるなど、市場流動性への影響や実際の買入れ額の確保といった点への配慮が感じられる。

一方で、ECBが各NCBに対して示すinternal guidanceは語義通りであれば非公開であろうし、flexibilityを優先したことの結果として、「量的緩和」の途中段階でECBの意図通りに買入れが進んでいるかどうかを、適切に把握することはやや難しくなったように思う。加えて、(3)債券不足への対応の中で選択肢として挙げられた代替的な買入れも、活用の余地を広げ過ぎると、基本線である「各NCBによるリスク分担」が崩れてしまうだけに、自ずから限界がある点に注意すべきである。

もう一つ注目を集めていたポイントである(5)対象債券の属性については、発行体に関する適格性について具体名で列挙したほか、利回りがマイナスの債券も条件付きで買入れることになった。もはやドイツだけでなく、フランスに次いでスペインやイタリアでも、イールドカーブの下方シフトが顕著になっているだけに、仮にマイナス利回りの債券を買入れ対象から除外すると、総買入れ額の達成が難しくなる点が考慮されたとみられる。

おわりに

ECBによる「量的緩和」がこのように複雑なスキームとなったのは、ECBが市場中立性を意識したことに加えて、域内各国の国債市場の規模が相対的に小さいからである。この点に関しては、ドラギ総裁が「市場は、域内の国債市場の規模が大きすぎる(財政赤字が大きすぎる)と不満を述べていたのに、このスキームを導入する段になると、国債市場の規模が小さすぎると不満を言う」という辛口なコメントを述べたことが印象的であった。

ドラギ総裁が述べたように「量的緩和」はdeterminantに実行する段階にはなったが、意図した量の国債を買入れるだけでも、政策執行の現場と市場には様々な創意工夫が求められる訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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