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ECBのドラギ総裁による記者会見-Open-end

2015年01月23日

はじめに

ECBは今回の政策理事会で、ついに日米型の「量的緩和」の実施を決定した。内容や趣旨を中心に、日米のケースと比較しながら、ドラギ総裁による記者会見のポイントを整理したい。

「量的緩和」の内容

今回公表された内容は、(1)カバードボンドや証券化商品の買入れに加えて、ユーロ圏の国債や国際機関債(ユーロ建て)の買入れを行う、(2)これらの資産買入れの総額は毎月600億ユーロとする、(3)2015年3月に開始し、少なくとも2016年9月まで継続するだけでなく、その後も、インフレ率が持続的にインフレ目標に沿ったpathに向けて動くと判断されるまで続ける、というものである。

買入れ額については、昨日の「予測」報道(500億ユーロ)より多い印象を受けるかもしれない。しかし、これはカバードボンドや証券化商品の買入れを含んでおり、昨年秋以降の実績をみると、これらは毎月約100億ユーロ程度なので、国債や国際機関債の買い入れは毎月約500億ユーロということで、概ね「予測」の範囲内となる。

より重要なのは、(3)のように2016年9月以降も継続する可能性を示した点である。この点は、実際のインフレ率が目標をクリアするまでとは言っておらず、フォワードルッキングなexitを示唆している点で、日銀による「QQE」よりも若干弱いコミットメントとも読める。しかし、ECBが実際にどの程度の資産買入れを行うかは、2016年9月以降のユーロ圏のインフレ動向に依存しており、その点ではopen-end的なメッセージになっている点にも注意する必要があろう。

一方、今回追加された国債と国際機関債の買入れには、ユーロ圏固有の条件が付されている。つまり、(4)全体の20%相当分(このうち12%は国際機関債)についてはECBが買入れを行い、万一の場合の損失はいったんECBが負担する、(5)残りの80%相当分は各国中央銀行が各国のリスク負担で国債を買入れる、(6)各国中央銀行による国債買入れ額は、ECBに対する出資比率に沿って振り分ける、というものである。

(4)や(5)といったリスク分担を巡る扱いも、ECBや域内の中央銀行の関係者を含めて様々な意見が報じられてきただけに、それ自体にサプライズはない。いずれにせよ、ドイツを中心とする「量的緩和」への慎重派を説得するためには、ECBがすべての国債をまとめて買入れ、その結果として生じた損失を出資比率に応じて分担するのではドイツの負担が過大になるという懸念を和らげる必要がある。

一方で、「量的緩和」を各国中央銀行による完全な分業によって実施するのでは、ECBによるSingle Monetary Policyという大原則に傷がつく。実際、今回の記者会見でもドラギ総裁は再三にわたってこの点を強調しており、両者の妥協点として複雑な扱いに至ったということである。その上で、今回の国債や国際機関債の買入れに関しても、カバードボンドや証券化商品と同様に投資適格以上に限定する、という歯止めもかけている。

ドラギ総裁は、今回の政策理事会では、「量的緩和」がECBによる金融政策手段として、リスボン条約上問題のない手段であること、およびこのようなリスク分担の双方に関して、全会一致であった点を記者会見で明らかにした。その上で、「量的緩和」を実施に移すのに機が熟しているかどうかについてのみ、少数の反対意見があったことを説明した。「量的緩和」派の勝利ということである。

背景と効果

このように、「量的緩和」の内容自体は、概ね「予測」報道の範囲内であったこともあり、今回の記者会見では、その背景や狙いを改めて問う質問がむしろ目立った。

このうち背景については、今回の声明文で、(1)インフレ率の動向が事前予想より弱いこと、(2)これまでの金融緩和では長期にわたる低インフレのリスクに対応するのに不十分であること、の2点を指摘している。このうち(1)は、原油価格下落による直接の効果は時限的としても、二次的効果が中期的なインフレ期待に影響するリスクに言及しているほか、市場によるインフレ期待(つまりBEI)が歴史的低水準にあることを強調している点が注目される。

つまり、これらの点からは、日米の中央銀行による理解と若干異なる面が窺われる。その理由についてECBは明確な説明を行っていないが、声明文の記述などからみて、結局は、失業や余剰資本といったslacknessが大きく、家計や企業のバランスシート調整の継続によって総需要が弱い下では、原油価格の下落も市場ベースのインフレ期待もともに、中長期のインフレ期待に影響を与えるリスクが高いと理解していることが推測される。

一方、効果に関しては、記者会見でも比較的に厳しい意見が目立った(もっとも、批判的な意見を述べた発言者が、ドイツないし英国の記者というバイアスも感じられた)。具体的には2点であり、第一に「量的緩和」が財政規律の弛緩に繋がることへの懸念、第二に経済へのポジティブな効果が少ないことへの悲観であり、ともに「量的緩和」の先進国にとって慣れ親しんだ議論でもある。

ドラギ総裁は、第一の点に関し、「量的緩和」が財政へのインプリケーションを持つことは避けがたいことを認めつつも、ECBの金融政策手段として物価安定のために行使するものであり、その点には何らの問題もないと強調した。その上で、域内各国が財政健全化を進めることは-ただし、growth friendlyであることは必要-「量的緩和」の効果を最大限発揮する上でも重要と指摘した。

第二の点に関して興味深かったのは、ドラギ総裁が「量的緩和」の波及メカニズムとして、インフレ期待に対するシグナリング効果とポートフォリオ・リバランスの2点だけを挙げたことである。この点に関する「世界標準」の説明の場合、長期金利の抑制も加わる訳であるが、さすがに現在のユーロ圏の場合は、下げ余地の点で言及を避けたのであろうか。また、ドラギ総裁はポートフォリオ・リバランスについて、銀行が貸出に積極化することであると説明したが、これも現在のユーロ圏の現状を反映したコメントである。

おわりに

今回の記者会見の終わり近くに、ECBの広報担当も名前を知らない質問者が為替レートに関する論点を提起した。つまり、(1)ユーロ圏のインフレを目標まで押し上げるには、為替レートがどの程度減価する必要があるか、(2)海外当局の外貨準備における「ユーロ離れ」が生じているように見えるが、これを放置してよいのか、の2点である。

ドラギ総裁は双方の質問に対する回答を避けたし、それは適切なコミュニケーションである。にも拘わらず筆者には、ユーロの国際通貨としての地位を高めるべく長年努力してきたECBが、結果として自らの通貨を大きく減価させる政策を長期にわたって継続するとは思えない。もしかすると、これがユーロ圏の「量的緩和」にとって最終的歯止めかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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