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スイスの中央銀行によるマイナス金利の導入

2014年12月22日

はじめに

12月18日、スイスの中央銀行であるSNBは、当座預金に対するマイナス金利の導入を決めた。国際金融市場は、FOMCによる決定内容の消化に忙しかっただけでなく、SNBによるこうした政策変更自体は予想されていただけに注目度は必ずしも高くなかったが、その背景やスイス経済の状況を考えると、様々なインプリケーションを有している。

先週はFOMCとBOJによる政策対応に追われたため速報性は失われたが、その分だけきちんと内容を検討することとしたい。

決定内容

SNBは、従来はゼロであった当座預金の金利を来年1月22日から-0.25%にすることを決定した。この金利は、国内銀行や外国銀行だけでなく、証券会社や決済機関、保険会社、さらには海外中央銀行や国際機関などに幅広く適用され、除外されるのはスイス政府の機関などに限定される。なお、マイナス金利は当座預金残高全体に賦課される訳ではなく、原則として所要準備の20倍の金額(準備預金適用外の先は個別に決定する金額)は対象から控除される。

同時に、SNBはLibor3カ月物の誘導レンジを、これまでの0~0.25%から、-0.75~0.25%に改訂することも決定した。ちなみにこの誘導レンジはかつては原則として100bpであったが、金融危機の進展に伴い2009年3月から75bp、2011年8月から現在まで25bpに縮小していた訳であり、元に戻す形になる。

しかし、SNBの金融政策について注意しなければならないのは、最も重要な政策変数が金利でない点である。つまり、2011年6月以降は、EUR/CHFレートについて1.2000という防衛線を設け、その維持をprimaryな政策変数としてきた訳である。今回、SNBはこの防衛線を変更していないだけでなく、声明文やジョルダン総裁による説明が明示するように、防衛線を維持するためにマイナス金利を導入するという考え方に立っている訳である。

決定の背景

SNBによる公表資料やジョルダン総裁による「臨時」記者会見での説明は、原油価格の下落の加速によって生じたロシアの金融経済に対する懸念を背景に、flight to qualityとしてのスイスへの資本流入が強まった点を強調している。つまり、この結果として生ずるCHFレートへの上方圧力に対抗し、上記の防衛線を守ることが今回の政策判断の背景とされている。

ただし、多少長い目で見ると、こうした要因がなくてもSNBが「追加緩和」に踏み切る理由が存在していたことは明らかである。つまり、スイスにとって輸出の6割を占めるユーロ圏経済の景気の鈍化が明確化するとともに、ECBが金融緩和を徐々に強化し、既にマイナス金利を導入している下で、CHFレートに対する上方圧力は以前から既に顕著であった。これに対しジョルダン総裁も、既存の政策では上方圧力への対応が困難化してきたことを認めていた。

同時に、原油価格の下落やCHFレートの高止まりにより、スイス経済は既にほぼゼロインフレの状態にあり、SNB自身も2015年にはインフレ率がマイナスで推移するとの見通しを示していた。このためJordan総裁は、少なくも本年秋以降は、政策目的を達成するために、活用しうる政策手段を「躊躇なく(not hesitate)」活用すると明言してきた。実際こうしたフレーズは、12月11日の定例会見の中でも繰り返されている。

これらを踏まえ、市場はどこかのタイミングでSNBが「追加緩和」に踏み切ること自体は十分に予想していたはずであり、冒頭に述べたように今回の政策決定に対する注目度が高くなかったのも、こうした事情を反映した面があろう。

政策変更の検討:ECBとの関係

ただし、市場の注目度が高くなかった理由は、SNBにとっては残念ながらそれだけではない。つまり、効果の点で様々な疑問が示されているからである。イエレン議長が明言したように原油価格の下落がtransitoryなものとなり-これはSNBにとって(あるいは日銀にとっても)幸いなことである-結果としてロシアを含む主要産油国の金融経済に対する懸念が早期に解消されたとしても、特にEUR/CHFレートでみたCHFレートに対する上方圧力は容易に解消しないであろう。

実際、12月18日にSNBがマイナス金利政策を公表した後、Libor3カ月物のレートは直ちに誘導レンジの下限である-0.75%へと下落したが、EUR/CHFレートは、1.2010付近から1.2040付近へとわずかにCHF安方向へ動いたのみに止まり、その付近で週末を迎えたようである。

なぜなら、他ならぬECBがユーロ圏経済のデフレリスクに直面し、一段と金融緩和を強化していくことが明らかだからである。しかも、過去の本コラムでも度々議論したように、ユーロ圏では主要国の長期金利が既に顕著に低下し、銀行貸出の回復が遅延する中で、ECBに残された金融緩和の波及経路はユーロ安である。ECBがEURレートの下落をimplicitではあるが強く意識していることは、バランスシートの規模に対して事実上のコミットメントを行い、「量的緩和」に向かっていることを考えれば明白である。

さらに言えば、SNBがマイナス金利の実際の導入日を2015年1月22日としたことは-SNB自身は金融機関など影響を受ける主体に対して1ヶ月以上の通知期間が必要なためとの説明を行っているが-、当日が「ちょうど」ECBの次回の政策理事会に当たり、かつドラギ総裁が予告したECBによる政策の抜本的見直し-「量的緩和」を含む-が実施される最も早いタイミングであることを考えれば、大変興味深い事実である。

政策変更の検討:政策手段について

ECBとの関係を措くとしても、SNBによる政策には様々な制約が生じている。第一に、マイナス金利の導入自体は一つの選択肢として意味があったとしても、今後の強化には限界があるとみられる。

つまり、ECBのケースで議論されたように、スイスの場合にも、マイナス金利が銀行の収益を圧迫し、与信に対してネガティブな意味合いをもつことは事実であろう。確かに、ユーロ圏のように銀行貸出に大きなストレスがある訳ではなく、その意味では影響も小さい面があろうが、例えばCHFレートに上方圧力がかかり続けた場合にも、政策金利のマイナス幅を拡大していくことは、こうしたコストの面で難しいはずである。スイス経済は、ユーロ圏経済よりも状況が良いと言っても、SNB自身が懸念するように減速するリスクがあるだけに、銀行の与信機能の維持に関する配慮は重要である。

第二に、「無制限介入」についても制約が残る。既にみたように、現在のSNBにとってのprimaryな政策変数はEUR/CHFレートの1.2000という防衛線である。また、その達成のための主要な政策手段はあくまでも「無制限介入」であり、今回導入するマイナス金利も含め、金利政策は補助的な位置づけに過ぎない。この点は、今回のSNBによる声明文やジョルダン総裁の記者会見での説明が、マイナス金利の導入に拘わらず、「無制限介入」には一切変更がない点を強調していることからも明らかである。

その有効性に関しては、ある程度はSNBにfriendlyな主張をすることも不可能ではない。円売り介入の際に広く理解されたように、自国通貨安のための介入は自国通貨さえあれば良く、外貨の保有ないし調達には制約されない。スイスのように中央銀行が直接に為替介入を行う場合は尚更、自国通貨の「調達」に対する制約はほとんど考えなくても良いという意味で、「無制限介入」を完遂しうる技術的な条件は良好である。市場がこれを理解すれば、「無制限介入」への信認が生ずることになる。

また、EUR/CHFの市場規模はUSD/JPYの約1/5に過ぎない(2013年のBISサーベイによる)ことを考えれば、通貨当局として介入によるレートへの影響度合いに相対的に自信が持てるかもしれない。この点は、2011年6月にSNBがEUR/CHFレートに防衛線を設定した際に、円高に悩まされていた当時の日本で同様な「ペッグ政策」が取れないかという議論が行われた際に、否定的な意見が言及していたポイントである。

しかし、SNBによる「無制限介入」に関しては、このように多少の見込みもある効果の面よりも、sustainabilityの面での限界が重要であろう。つまり、2011年6月から現在に至る3年半の間、為替介入が断続的に繰り返された結果、SNBのバランスシートは約2倍に拡大しただけでなく、その約9割を外貨準備が占める状況になっている。このため、CHF高になる度に外貨準備から巨額の評価損が生じ、SNB自身が赤字に転落したことも決して稀ではなかった。

SNBにとっては幸いにも否決されたが、SNBに対して総資産の20%相当の金保有を義務付ける法案が相応の支持を集め、最終的に11月末の国民投票にまで発展したことも考えると、「無制限介入」の継続には様々な観点から制約が生ずると思われる。もちろんSNBとしても、「無制限介入」をここまで長く続けること自体が想定外であったのだろうし、2011年6月の時点からみれば予想外の問題に直面しつつあるとみられる。

おわりに

SNBにおける損失の発生は、中央銀行論が予て想定した副作用-スイス経済やスイスフランに対する信認の喪失-を生じた訳ではない。その一方で、政治家を含む中央銀行のstake holderによる反発や懸念を招き、中央銀行が決定した金融政策の実行に対して制約を課しうること-つまり「独立性」に関わる問題を生じうることを示している。この点は、外貨準備と自国の国債というアセットクラスの違いがあるとしても、「量的緩和」の実施によってバランスシートを巨大化させ、将来に亘って評価損のリスクを抱える主要国の中央銀行にとって、貴重な知見を提供している。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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