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ECBのドラギ総裁による記者会見-Early next year

2014年12月05日

はじめに

先月後半のドラギ総裁とコンスタンシオ副総裁による講演によって、市場に残っていた「量的緩和」への懐疑論が後退したことは事実だが、講演内容を見る限り、今回の政策理事会で重要な決定がなされるはずはないというのが普通の味方であった。しかし、経済と物 価の見通しが大幅に下方修正されたことをみると、逆に、なぜ今回ではなかったのかという疑問が湧く面もある。この点も含めて、今 回の記者会見のポイントを検討しておきたい。

経済と物価の見通し

今回公表されたECBスタッフによる経済と物価の見通しは大幅に悪化した。このうちGDP成長率は、今年が0.8%の後、2015年が 1.0%、2016年でも1.5%と、9月時点の見通し(2015年:1.6%、2016年:1.9%)から大きく引き下げられた。つまり、ユーロ圏が潜 在成長率を明確に超えて回復するのは2016年まで先送りされた訳である。声明文によれば、高水準の失業や官民双方のバランスシート調整を主因に内外需とも下方修正されたことを示している。

HICPインフレ率も、今年が0.5%の後、2015年が0.7%、2016年でも1.3%と、ECBの事実上の物価安定目標である2%以下で2%に 近いインフレが2016年になっても遠く達成されないとの見通しとなった。しかも、声明文によれば、本見通しが11月中旬までのデータに基づいており、その後の原油価格の急落を織り込んでいないこともあり、さらにdownside riskが残るとされている。

もちろん、原油価格の下落は、総じて輸入原油に依存するユーロ圏にとって、交易条件を好転させ、企業や家計の実質購買力を増 加させる点で、景気回復をサポートする面もある。しかし、ドラギ総裁は、こうしたプラスも認めた上で、物価に関し、(1)エネルギー価格を直接的に押し下げる、(2)エネルギーを投入する産業の産出価格を間接的に押し下げる-ドラギ総裁は(1)と(2)で2015年のHICPインフレ率を0.4%ポイント減少させたとした-(3)これら全体によりインフレ期待が低下する、の3つの効果を指摘し、インフレ面でのマイナス面をハイライトした。

こうした考え方は、日銀が先に追加緩和に踏み切った際に説明した考え方と概ね同じである。一方で、数年前までHICPインフレ率 が高水準で推移し、インフレ期待も2%近辺でアンカーされていたはずのユーロ圏とそうでない日本との間で、中央銀行の反応関数が同じであるべきかという論点も提起している。

量的緩和のタイミングと内容

いずれにせよ、ここまで見通しを引下げ、ダウンサイド・リスクを指摘した以上、既にECBとしてはマンデートを果たしていないことになる。従って、今回の政策理事会で重要な判断を下さなかったことの方が合理的でないようにも思えてくる。

この点に関し、今回の声明文によれば、ECBは来年初頭(earlynext year)に、(1)既存の緩和の達成度、(2)バランスシートの規模、(3)物価の見通し、の3つについて再評価を行うとした。ここで(3)は、原油価格の下落が中期的に与える影響も考慮するとしている。その上で、長期にわたる低インフレのリスクに対応する必要が生じた場合、政策理事会における既存のコンセンサスに沿って、非伝統的政策の規模や拡大ペース、構成を検討するとした。

こうした方針は先にみたドラギ総裁やコンスタンシオ副総裁の講演内容と整合的である。また、ドラギ総裁は、記者の質問に対し、来年初頭という表現が必ずしも来年1月の政策理事会を意味するわけではないと回答したが、来年からECBの政策理事会(金融政策関連)がFOMCと同じく年8回となることを考えると、実質的には1月か3月なのだと受け止めるのが自然であろう。

記者からは、量的緩和の効果を疑問視する見方も示されたが、ドラギ総裁は、量的緩和が、(1)金融緩和に対するコミットメントの強さを示すことによるシグナリング、(2)金融機関をリスク資産投資に向かわせるポートフォリオ・リバランス、(3)中央銀行のバランスシート拡大が経済主体のインフレ期待を上昇させる、という3つの効果を発揮すると説明しつつ、米英の例で確認されていると指摘した(ちなみに、日本の例は構造問題や財政政策の影響で解釈が難しいとも付言した)。

こうした説明からは、「量的緩和」に関するECBとしての検討がさらに進んだことが示唆される。実際、ドラギ総裁は先の政策理事 会において、ECBとNCBの関係者に対して追加的な政策手段について詳細な検討を行うことを指示していた訳である。今回の記者会見で、ドラギ総裁が「量的緩和」に関する政策理事会での議論が充実していた(rich)であった点を強調したことも、もっともなことと思われる。

それでは、残された論点をどう考えれば良いだろうか。最も重要なのは「量的緩和」の手段である。本日の記者会見では、ドラギ 総裁が金や外債の可能性を明示的に否定した一方、国債だけでなく社債も含めて検討していることも示唆した。しかし、政策理事会ではこの2つだけに焦点が当たっている訳でなく、先月下旬にスタートした証券化商品の買入れや今月11日に第2回目が実施されるTLTROも含めて検討されているとみるべきであろう。

なぜなら、声明文を見る限り、政策理事会として現時点でコンセンサスが存在するのは、今回「予想」から「意向」に格上げされた 2012年初の規模へのECBのバランスシート回復だからである。つまり、その達成のために証券化商品の買入れやTLTROを実施した上で、足りない部分を何で埋めるかが政策理事会の課題であると推測される。だからこそ、景気や物価の見通しを大きく下げても、証券化商品の買入れやTLTRO(第2回)の実績をある程度見極める趣旨で、政策決定を先送りすることが合理的となる。

ただ、証券化商品やTLTROだけが、来年3月にかけて3000億ユーロ以上も償還される3年物LTROを埋め合わせた上で、大きく量的に貢献するのは難しいであろうし、市場では社債買入れだけで約1兆ユーロものECBのバランスシート膨張を達成することへの懐疑的な見方は強い。先にみた「Early net year」の見直しとは、実質的には、国債による「量的緩和」の慎重派に対して他の選択肢を消去していく作業になるように見える。

Conditionality

本日の記者会見では、久し振りに日本のメディアが質問し、個別国の国債を買入れる場合、当該国政府による財政再建を条件にしてはどうかという提案を行った。ドラギ総裁はOMTと「量的緩和」の趣旨は異なるとの説明で交わしたが、この提案にはある種の理論的な合理性が含まれることも事実である。もっとも、実務的には、財政再建ができる国であれば国債発行額もその分少なくなるので、「量的緩和」の目的達成にそぐわないという基本的な矛盾も残ることになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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