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BOEのカーニー総裁の記者会見(Inflation Report) - Spectre

2014年11月13日

はじめに

イングランド銀行(BOE)によるInflation Report(IR)は、内需の回復に対する自信を示した一方、来年にかけてのCPIインフレ率見通しを大きく引下げるという組み合わせになった。こうした乖離については、カーニー総裁が「共産党宣言」の一節まで引用して 強調したユーロ圏経済の低迷と、国際商品市況の大幅な下落といった、分かりやすい外的要因のせいにされているが、内需に関する議論や金融政策へのインプリケーションには興味深い論点も含まれていた。

そこで本コラムでは、IRに示されたBOEの見解とカーニー裁による会見での説明をもとにそのインプリケーションを検討しておきたい。

経済見通し

今回のIRで示された見通しを前回(8月)と比較すると、GDP成長率については、2015年が3.0%→2.9%、2016年が2.7%→2.6%と各々ごく僅かに下方修正され、2017年も2.6%としている。より大きな改訂となったのはCPIインフレ率であり、2015年について1.7%→1.4%とした。ただ、その後は、2016年が1.8%のまま不変、2017年は2.0%とした。

まず、比較的強気の景気見通しを維持した背景についてカーニー総裁は、(1)雇用の堅調な増加に加え、国際商品市況の大幅な下落により実質賃金が大きく上昇したことで、実質雇用者所得が増加している、(2)住宅市場の減速に拘わらず、雇用の改善や低金利環境によって消費者センチメントも維持されている、(3)信用環境の緩和や内需の堅調さに支えられ、設備投資も予想以上に強い、といった点を指摘した。

実質賃金に関しては、記者会見のやり取りでも、生産性が改善する限り名目賃金がインフレ率を上回るペースで増加することは可能である点を強調し、一時的な現象でなく、継続性を持つとの理解を示唆した。前回(8月)は、名目賃金に不安定さが残る下で、インフレ率が2%前後で推移すると実質賃金の減少を招くリスクも意識されていただけに、この点はBOEにとって大いに歓迎すべき動きである。同時に、実質賃金の減少が問題視されているわが国にとって示唆を持つ論点でもある。

一方、インフレ率見通しを引き下げたことにつき、カーニー総裁は、(1)国際商品市況が急落した、(2)主たる貿易相手国でのディスインフレを輸入した、(3)過去のポンド高による輸入価格引下げ効果が残存している、(4)国内に残存する余剰な生産能力の影響も受けている、といった点を指摘した。

BOEが(1)や(2)のような海外要因を理由に、2015年にかけてのインフレ率見通しを下方修正したことは、これらの解消にはある程度の時間を要するとの理解を示唆しており、今回の記者会見でもカーニー総裁はこうした趣旨の説明を行った。ちなみにカーニー総裁は、記者の質問に答える形で、ECBが決定した一連の金融緩和措置はこれから本格的に実施されるとしつつも、それらの効果によって、英国からユーロ圏への輸出が顕著に改善したり、英国へのディスインフレの輸入が緩和されることは期待しにくいとして、政策効果に否定的な見方を示したことも注目される。

いずれにせよ、国際商品市況の問題がある程度継続するとの見方は、原油価格の下落を理由にインフレ期待への影響を懸念した黒田総裁と共通する面がある。その一方で、BOEは内需の堅調さに強い自信をもっているため、2016年以降は、これらの海外要因が解消に向かうとともに、内需主導の成長によって国内のインフレ圧力が次第に高まるとみている。こうして、2016年以降のインフレ見通しは、8月時点の見通しに収斂する訳である。

金融政策へのインプリケーション

ご覧のように、今回もIRの発表後はポンドが軟調になり、英国市場の金利も低下気味である。実際、一部の記者は、IRの公表後に市場でBOEがdovishとの理解が広がり、カーニー総裁を含むBOE幹部がその後のコメントや講演などを通じて市場の見方を修正しようと努めるパターンが繰り返されてきたことを批判し、コミュニケーション上の問題を提起した。

ただ、今回について言えば、内需の動向はともかく、先にみたように2016年にかけてのインフレ率見通しを大きく下げた以上、BOE がdovishであるとの理解には一定の合理性がある。加えて、2017年の後半になって、ようやく2%のインフレが実現するとの見通しであることも、dovishとの理解を強めているとみられる。

その上で注意する必要があるのは、BOEは先進国の先陣を切って政策運営の考え方を危機前に近いものへ戻しつつある点である。つまり、本日も記者に批判されたフォワードガイダンスを事実上放棄した後は、フォワードルッキングなテイストを強めている。だからこそ、市場はdovishとの印象を共有しつつも、来年のどこか-BOEによる上記の見通しが正しければ、英国のインフレ率はその時点で1.4%程度しかない訳である-に利上げがあるとの見通しを維持しているのであろう。

実際、IRの最終章(41ページと49ページ)に掲げられたグラフを見ると、政策金利が一定との仮定によるインフレ率見通しのが、 政策金利が市場予想通りに推移するとの仮定によるインフレ率見通しに比べて、少なくとも2016年まで明確に高い。これは、市場が2016年以前の利上げを予想していることを意味する。

その上でより重要なポイントは、FRBによる「正常化」と同じように、利上げに着手した後のペースである。この点は、今回の会見でもカーニー総裁が強調したように、BOEとしてslow and gradualのアプローチをとることを明言している訳であり、この点もまた、市場がdovishとの解釈に傾く理由の一つとなりうる。ただ、同じ本日の記者会見でカーニー総裁が説明した通り、こうしたアプローチはあくまで現時点での金融経済情勢に基づく予想である。別にフォワードガイダンスの例を持ち出すまでもなく、BOEが政策の枠組みを変えることへのflexibilityを留保しようとしていることにも、徐々に注意を向ける必要があろう。

おわりに

カーニー総裁は、今回の記者とのやり取りの中で、ドラギ総裁によるジャクソンホールでの講演内容を支持する形で、ユーロ圏の景気の回復には-sensibleでcalibratedでcoordinatedである必要はあるとしつつも-財政政策の活用が望まれることを明言した。中央銀行総裁が、他国のしかも財政政策について明確に意見を言うことは、金融危機後のnew normalの下でも、やはり普通ではない。カーニー総裁には、時間をかけて回復させてきた英国経済が、ユーロ圏のせいで腰折れしては困るという気持ちが強いのであろうし、その意味では、黒田総裁が追加緩和の理由として掲げた懸念とも通ずる面がある。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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