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ECBのドラギ総裁による記者会見-検討指示

2014年11月07日

はじめに

今回の政策理事会を巡っては、経済情勢に大きな変化がみられない中で、一部の報道もあり、ドラギ総裁による政策運営のスタイルに対する批判やこれに伴う政策決定の困難化といったマネジメント点に注目が集まっていた。これに対しECBは、対外的にはこの問題を深刻化させることなくコンセンサスを重視する方向で対応しつつ、先行きの政策運営に関する重要なメッセージを出すことに成功したように見える。

声明文の2つのポイント

今回の声明文は、挨拶部分を除いた最初の4つのパラグラフに2つの重要ポイントが明示されている。

第一に、この間に決定した3つの対策(TLTRO、カバードボンド買入れ、ABS買入れ)を2016年6月まで続けることで、ECBの総資産規模は2012年初のピークに戻ると期待されることである。

ご覧のように、これは9月の記者会見でドラギ総裁が言及した内容と同じであり、その意味では新規性はない。しかし、先の報道によれば、ドラギ総裁が政策理事会の同意を得ずに対外的に言及したことが、理事会の一部メンバーによる反発の原因になったとされている。さらに、内容面でより重要なことは、量的な目標による政策運営に関して根深い対立が存在したことを示唆している。

これらを踏まえると、ECBの資産規模について声明文が明記したことの意味は大きい。なぜなら、声明文は政策理事会メンバー全員が署名したものであり、従って、政策理事会として総資産規模(つまり資金供給量)を軸とした政策運営に事実上合意したことを意味するからである。確かに、声明文はECBの将来の資産規模について目標を掲げた訳ではないが、例えば、FRBが「QE3」の運営で多用した「期待される」という語の意味合いを思い起こせば、中立的な「期待」とは異なることが理解されよう。

第二に、低インフレが継続するリスクに対応する上で、今後必要な措置をタイムリーに準備しうるよう、ECBのスタッフとEurosystemの各種の委員会に検討指示を下したことである。後者が何を指すかは、記者会見でも取り上げられなかったため明確ではないが、EurosystemはECBと域内NCBからなるユーロ圏の中央銀行全体をさす言葉であるだけに、実質的にはECBとNCBの双方に検討を指示したと理解できる。

読者の中には「検討指示」を懐かしく思い起こす向きもあろうが、いずれにせよ、この点も上の報道に関わりを持つ。つまり、報道の指摘した通りドラギ総裁による独断専行的なマネジメントに問題があったのであれば、ECBだけでなくNCBを含んだ「全員参加型」の議論によって次の一手を考えることは意味のある修正である。

より重要なことは次の一手が示唆する内容である。第一点目のポイントで見たように、ECBが注力しているTLTRO、カバードボンド買入れ、ABS買入れの3本柱は、銀行機能の回復を含め、広い意味で信用緩和と呼ばれる政策である。従って、これらを実行しても低インフレの継続のリスクが高まった場合には、信用緩和と異なる方向の対策が容易に想起される。この点を第一点目のポイント-政策理事会では量を軸とする政策にコンセンサスが形成されたこと-を組み合わせると一つの方向性が浮かび上がる。

実際、本日の記者会見後にユーロ相場が軟調になっていることは、これら2つのポイントの全体が発するメッセージとして、次の一手は量的緩和の性格を有するものであり、かつ、そこに至るコンセンサス形成のハードルが下がったものと市場が受け止めていることを示している。

量的緩和への道

だからと言って12月会合で直ちに量的緩和が実現すると決め込むのは早計かもしれない。ドラギ総裁が説明したように、検討指示にはアプリオリな期限は設定されていないし、「必要に応じてタイムリーに準備する」という位置づけにある点で、日銀における検討指示-検討結果の実施は事前に決まっていた印象を受ける-ほどには前傾化していないようにも見える。

この点に関して興味深いのは、ドラギ総裁が認めたように、今回の政策理事会では相当な時間をかけて日米英の政策を検討したことである。ドラギ総裁は、日米英の金融政策-量的緩和を念頭に置いている-について、(1)数倍といったオーダーで資産規模を増やしている、(2)米英では資本市場が発達している、(3)財政赤字が大きい(従って、国債の発行残高も大きい)、(4)米英は、長期金利が相応に高いうちに開始した、といった共通点を有すると整理した。その上で、ユーロ圏にとって必要な政策効果を得るための手段が同じであるとは限らないと指摘し、日米英の共通点がユーロ圏には必ずしも該当しないとの理解を示唆した。

もっとも、政策判断の大前提となる経済や物価の展望は引続き厳しい。実際、ドラギ総裁も、12月に定例見直しを行うECB自身の経済見通しの方向性が、欧州委員会が今般公表した内容と整合的であると説明し、かなりの下方修正を示唆した。ちなみに、欧州委員会の見通しによれば、ユーロ圏が潜在成長率を明確に上回るのは2016年であり、本年末で2.8%と推計される需給ギャップの縮小にはなお時間を要するため、ドラギ総裁の懸念する低インフレの継続は、もはやメインシナリオと言うべき状況にある。

これに対し、信用緩和という政策手段は効果の発揮に時間を要する面があるだけでなく、本稿でも再三見てきたように、銀行借入の需要やクレジット資産に対するリスクアピタイトなど、ECBが直接にはコントロールし得ない要素に依存する面がある。その意味では、ECBが総資産に事実上の「量的目標」を設定しても、undershootするリスクが相応に存在することを意味する。

記者の質問に対してドラギ総裁が、国債買入れも物価安定のために活用する限りはマネタイゼーションでないし、ECBに条約上与えられたマンデートの範囲内であることを強調したのも-政策理事会メンバーの一部から再び反発を受ける恐れはあるが-量的緩和に対して少なくとも柔軟性ないし機動性を確保しておくべきとの判断によるものであろう。

さようならユーロタワー

ECBのスタッフが記者会見の最後に説明したように、12月の記者会見からはようやく完成した「新館」に場所を移して行われる。因みに、当初は全員が「新館」に移る予定であったが、SSM等に伴う人員数の急増のために、金融監督や経済統計の関係者はユーロタワーに残るようだ。

ECBのwebsiteによれば、「新館」はマイン川に隣接した眺望の良い場所に立地する高層の建物のようだ。果たして、そこでの第1回の会見は内容面でも歴史的なものとなるのであろうか。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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