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ECBによるComprehensive assessmentの結果

2014年10月27日

はじめに

ECBが公表したComprehensive Assessment(CA)の結果は、対象130行のうち25行に資本不足のリスクがあるとし、ほとんどが中小行であっただけでなく、多くは事前に名前の挙がっていた先であった。資本不足の見込み額が250億ユーロに止まったことも含め、これらの結果はユーロ圏の金融システムに対する見方を大きく変えるものではない。それでも、ECBが各国当局や民間専門家と共同で進めたこの取組みは様々な意味合いを有する。本コラムでは、マクロの視点からそのいくつかを検討しておきたい。

シナリオの妥当性

従来のEBAによるストレステストについて大きな課題とされたのがシナリオの「厳しさ」であった。このため、今回は世界経済の深刻な減速といった要素に加え、数年前に生じたようなソブリンリスクに関する強いストレスが織り込まれている。実際、本日の会見でもコンスタンシオ副総裁は、adverse caseの下でCET1でみて約4%ポイントの影響(加重平均)が生ずるほどのインパクトであることを強調した。実際、今回は以前に比べてシナリオの妥当性に関する批判が抑制されていた印象がある。

それでも、今回の記者会見では、数名の記者がデフレの可能性を織り込んでいないことを批判した。adverse caseでもインフレ率は現実に実現した値に過ぎないというものである。これに対しコンスタンシオ総裁は、(1)ストレスシナリオは予測ではなく、金融システムの頑健性をチェックする仮説である、(2)長期金利は現実と全く逆のシナリオを適用するなど、他の面で十分「厳しい」シナリオである、といった点を挙げ、批判は妥当しないと答えた。

デフレは景気低迷の結果として生ずる以上、景気に関して十分に「厳しい」シナリオを適用すれば、デフレを直接に仮定しなくてもストレステストの目的を達することができる。ただ、ECB自身が常に指摘するように企業や家計のバランスシート調整が遅延している下では、デフレが実質債務負担を増やす二次的効果も無視し得ないように思う。ECBはあまり考えたくないシナリオかもしれないが、次の機会における課題になろう。

不良債権の推計

従来のストレステストに関して指摘されていたもう一つの大きな課題が不良債権の推計であった。つまり、従来は各国当局主導で実施されてきただけに、不良債権の定義が不統一であるという疑念が根強く、結果を各国間で相互に比較したり集計したりできるかどうかという問題を提起していた訳である。

今回のCAでは、ストレステストに加えてAQR(資産査定)を行うとともに、ECBが各国当局と調整しながら不良債権の定義の標準化に注力したとされる。この結果、コンスタンシオ副総裁が強調したように、不良債権は各銀行が当初に報告したより1360億ユーロも増加した。これは増加後の総額(8790億ユーロ)の約15%に相当する。また、今回の報告書によれば(Figure 35)、正常債権から不良債権に変更された比率に相応の差があることをみても、ECBの取り組みには意味があり、かつ成果を挙げたことものと推察される。

ただ、不良債権の推計に関しては、担保評価の標準化も、結果の比較や集計の可能性にとって重要であり、かつ難しい課題であるように思う。実際、同じ報告書の(Figure 35)によると、本年初から9月末までに担保の評価額は5%以上も減少しているように、ユーロ圏では資産デフレのリスクとそのばらつきが当面は残るとみられる。それだけに、ECBは、AQRを通じて得た情報やノウハウを活用しつつ、イノベーションを進めていくことが求められる。

銀行貸出への影響

今回の記者会見で質問が集中したのは、CAを行ったことで銀行貸出が増加するかという点である。これには、コンスタンシオ副総裁が、冒頭説明で、CAによってほとんどの銀行の自己資本の頑健性が確認されたので、供給面の制約によって貸出が抑制されることはない、と強調したことが影響している面もある。ただ、それがなくても、ユーロ圏の現状を考えれば誰もが取上げたくなる点である。

コンスタンシオ副総裁は、ECBが、貸出減少の理由を供給者である銀行よりも、企業や家計といった需要者に求めている-景気低迷やバランスシート調整によると理解する-ことを明確に指摘した。その理由として、政策金利の引下げなどを通じて金融環境の緩和に努めているのに貸出が減少していることや、ほとんどの銀行にとって資金調達は制約になっていない点を挙げた。

CAによる銀行貸出への影響については、いくつか異なる視点から議論できる。第一に、CAの実施中は銀行貸出に対して抑制的に作用したことが推測される。コンスタンシオ副総裁が冒頭説明で使用した資料(7ページ)は、昨年7月~本年8月にCAの参加銀行が2000億ユーロ相当の「準備」を行ったことを示している。中には株式発行(600億ユーロ)やCoCosの発行(320億ユーロ)も含まれるが、こうした過程では、直接的な資産圧縮を進めただけでなく、資産増加を伴う貸出に慎重になったことが容易に想像しうる。ECBがこの間に実施した貸出活性化策は、自ら招いた逆風の下でのことであった訳である。

第二に、供給側の制約がbindingである場合は、CAの終了-かつ自己資本不足が少ない形-が銀行貸出にプラスに働くが、需要側の制約が大きい場合はそうではない。この点は上にみたコンスタンシオ副総裁の議論から明らかである。つまり、2011~12年のようにユーロ圏の銀行に対する信認が失われ、市場からの資金調達が困難な局面では、CAのようなプロセスを通じて信認を回復することが貸出の顕著な回復に繋がる。しかし、ユーロ圏の金融経済問題の焦点は、既に次の段階に移行していたということである。

ECBの得たもの

上記のように参加銀行が大規模な「準備」を行ったことを踏まえると、2013年末の時点でCAをそのまま実施すれば、「落第」する銀行数も資本不足の総額も相応に大きかったはずである。つまり、ECBによる今回のCAは、「落第」先を摘発するより、むしろ課題を抱える先と資産内容や自己資本の運営について議論し、適切な方向付けを行う性格が強かったと理解することができる。

こうした対話のプロセスや枠組みが、AQRを通じて得られた情報やノウハウとともに、11月初から始まるSSMの円滑な運営にとって重要な意味を持つことは十分に想像できる。同時に、上記のように、銀行貸出の活性化という金融政策の課題を克服する上でも、CAの実施が有用な知見を与えることになる。

金融経済情勢を考えると、ECBを取巻く環境は引続き厳しいが、組織内外の数千人もの専門家を動員して実施したこのプロセスが、ECBに少なからぬ資産をもたらすことは確かなようである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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