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「正常化」の条件と意味合い-10月FOMCの展望

2014年10月16日

はじめに

少なくとも9月のFOMCの時点では、10月のFOMCは「QE3」の終了を粛々と決め、12月のFOMCに向けて景気回復を確認するという地味な位置づけになると予想されていた訳である。

しかし、国際金融市場が不安定化するとともに、金融先物から推計される来年の利上げ確率が顕著に低下したことで、10月会合におけるFOMCメンバーの議論も淡白なものでは済まされなくなった(ただし、10月会合は経済見通しの定例改訂の時期でないので、イエレン議長の会見は予定されていない)。そこで本コラムでは、10月会合で想定される議論について予習しておくこととする。

情勢判断

FRBが金融政策を運営する上で重視するのが経済見通しであることは言うまでもない。以前に明確なフォワードガイダンスを採用していた際には、デュアルマンデートの構成要素である雇用と物価に特に焦点が当てられていたが、現在ではより幅広い視野を持った総合判断の性格を強めてきた訳である。

少なくとも現時点では、FOMCメンバーの大勢が米国経済の見通しを下方修正する可能性が高まったとは言えないように思う。9月会合の声明文や議事要旨が示すように、もともと米国経済はmoderateな成長パスに乗っていると評価しており、昨日(15日)に公表されたBeige BookのSummaryとも整合的である。国際金融市場が「売り材料」の第一に挙げている「global slowdown」も、欧州や中国の成長鈍化は年初から徐々に進んできたことであり、FOMCとして当然に織り込んでいたはずの事実である。

もちろん、国際金融市場の不安定化が米国の実体経済に影響すれば話は別である。しかし、今回は、世界の投資家がドル資産を買い進め、かつ原油価格も急落しているだけに、米国経済にとっての「weak link」がむしろ覆い隠される方向に事態が進展している(米国の財政収支も予想以上に改善している)。労働市場を中心に様々な後遺症が残るとしても、官民のバランスシートや銀行システムに様々な構造問題を抱えるユーロ圏に比べ、米国のダウンサイド・リスクが相当に抑制されていることは事実である。

「正常化」のロジック

それでは、もともと「相応の成長」しか見込めないにも拘わらず、FOMCが2015年に「正常化」を展望していた理由をどう考えれば良いだろうか。イエレン議長も認めるように、金融危機後の米国の経済成長率は、平均するとわずか2%強に過ぎない。9月会合の議事要旨が示すように、FOMCメンバーは今後も成長率が加速的に高まるとは予想していない訳である。

もっとも直截な解釈は、FOMCのタカ派メンバーが主張してきたインフレのリスクである。これまでの賃金動向や企業の価格決定力を踏まえると反論は容易であるが、潜在成長率の視点を加えることで補強できる。つまり、FOMCが潜在成長率の推計を2%に向かって徐々に引き下げてきた以上、「相応の成長」でも需給ギャップが縮小し、インフレ圧力が高まると考えることは可能である。

しかし、国際金融市場の不安定化は、実はこの点でFOMCに無視しえない影響を与える。つまり、ドルの名目実効レートが年初来で6%強上昇し、かつ原油を含む商品価格が急落した以上、その分だけインフレ圧力は減殺される。もちろん、こうした市況は短期間に大きく変動しうるので、大きなウエイトをかけて政策運営を決めることは適切とは言えない。それでも、少なくともFOMCとしては、インフレ圧力を理由に「正常化」を進めることの説得力というコミュニケーション上の問題を抱えることになる。

この間、FOMCメンバーの一部からは、金融システムにストレスが蓄積していることを理由に、金融政策の「正常化」を進めるべきとの意見が聞かれる。マクロの政策金利を金融システム安定に割り当てるべきかどうかという未決着の議論を措くとしても、今年の英国での住宅価格上昇の沈静化や、昨年5月以降の米国でのクレジット市場の調整が示すように、金利環境の変化が金融システムのストレスを抑制する上で効果を持つこと自体は否定できない。

もっとも、皮肉なことに、今回の国債金融市場の不安定化が株式や為替に止まらず、リスク資産に広く及ぶようであれば、金融システムのストレスも抑制されることになる。つまり、この点を理由に「正常化」を進めるべきとの議論も、先にみたインフレ圧力に基づく議論と同様に説得力の問題を抱えることになる。

こうして、10月のFOMCに関しては、FOMCとして米国経済の先行きを大きく変える可能性は少ないとしても、2015年の「正常化」やそのコミュニケーションで新たな課題に直面する可能性を指摘することができる。これらは、冒頭にみた短期市場での利上げ可能性の低下と整合的に見える。

日本の教訓

それでは、新たな課題に直面したFOMCは、「正常化」に関する戦略を大きく変えるだろうか。筆者には、少なくとも現時点では、そうではないように思える。その理由は、国際金融市場の不安定化も数年前のような危機に発展するリスクは小さく、徐々に収束に向かうはずということだけではない。FOMCには「正常化」を進めるもう一つの重要だが明示しにくい理由が存在するからである。それは、政策金利の点で将来の緩和余地を確保すべきという考え方である。

9月会合の議事要旨やイエレン議長の会見が示すように、FOMCとしては、2015年中に利上げに着手しても、景気回復のモメンタム(あるいは金融危機の後遺症)を考えると、極めて緩やかなペースの利上げしかできないと判断している。その結果、2016年末でも政策金利はせいぜい2%台というのがFOMCメンバーの大勢による「予想」である。金融危機後に始まった現在の「景気回復サイクル」は既に異例な長期になっているだけに、その先で循環的な景気後退が生ずることは当然にありうる話である。

その時に金融緩和策として活用しうる程度にプラスの政策金利でなかったら、「QE4」といった資産買入れに回帰する事態が待っている。仮にFRBが資産買入れの無限ループに陥ることになれば、中央銀行のバランスシートの健全性といった論争の残る問題に止まらず、やがてはドル資産ないし米国市場に対する信認に繋がっていくことも否定できない。

「のりしろ」を確保するために「正常化」を進めるのは、景気回復の弱さといった足許の問題を軽視し、FRBの都合だけに基づく「庭先きれい論」に映るだけに、コミュニケーションの難しさは先にみたインフレ圧力や金融システムのストレスの比ではない。また、こうしたロジックだけに基づいて「正常化」を進めることは適切でなく、景気動向に関する慎重な見極めが求められる。それでも、もしも、中央銀行が果たすべき役割が中長期的な経済安定の維持なのであれば、一方的に批判されるべきロジックでもないように思える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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