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ECBのドラギi総裁による記者会見-Whole business japanization

2014年10月03日

はじめに

今回の政策理事会の焦点は、6月以来予告されていた資産買入れ策の具体的内容であった。しかし、実際に公表された内容には依然として未定の点が含まれていたことに加え、9月の会見以降に市場で台頭した「量」的な期待に対して不明確な内容に止まったことは否めない。そこで本コラムでは、これらの背景も検討しながら、ユーロ圏の金融経済情勢とECBの政策の方向性をみておく。

ECBによる情勢判断

今回の声明文やドラギ総裁の会見での説明からみて、ECBによる情勢判断は9月時点と大きく変わっていない。つまり、景気は2015年にかけて回復していくが、そのペースが極めて緩慢であるだけでなく、労働市場を中心とするslacknessの多さや、銀行貸出の低迷、経済全体のバランスシート調整、地政学問題によるセンチメントの悪化等のためダウンサイドリスクが大きいというものである。

この結果、既にユーロ圏全体で前年比+0.3%(8月)まで減速したインフレ率も、少なくとも当面の間は低位に推移すると見込んでいる。もちろん、足許の減速には原油を中心とする商品価格の下落が寄与している面も大きいが、質疑応答でドラギ総裁が強調したように、コアインフレ率が低迷していることも事実であり、かつインフレ期待に影響しやすいという意味でも、ECBとして懸念していることが窺われる。

資産買入れ策の内容

こうした環境の下で、ECBの政策理事会は、予告していた資産買入れ策の内容を公表した。本件に関して声明文と別に公表された資料によれば、ECBは、金融政策の波及を強化するとともに、与信活動をサポートすることをこの政策の目的として掲げており、その意味で日米が実施してきた「信用緩和」と同じ発想が感じられる。

対象債券に関しては、ABSとカバードボンドともにBBB-格までとされ、このうちABSはシニア部分に加えて、保証付を条件にメザニン部分も対象となった。もっとも、ABSやカバードボンドの参照債権は、基本的にECBがオペの担保として適格性を認めている範囲に限定された。また、ABSとカバードボンドともに、1銘柄当りの買入れ額の上限は発行残高の70%とされた。買入れの開始時期は、カバードボンドは今月下旬とされた一方、ABSは本年第4四半期、つまり今月から12月の間のどこかとされ、両者とも少なくとも2年間は買入れを続けることが表明された。

これらの内容は、例えば、メザニン部分も保証付であれば買入れるといった重要な点を含め、直前に市場が予想していたものと概ね一致していたように見える。加えて、ABSとカバードボンドの双方とも、裏付け資産の信用度をオペ担保の適格性と揃えることにした以上、これらの買入れを通じてECBが新たに行うリスクテイクも限定的と考えられる。

特に後者の点は、9月の記者会見でドラギ総裁が示唆したように、資産買入れの実施自体が全会一致の決定でなかった点と併せて考えると興味深い。おそらく、慎重論を説得する上でも、ECBが大胆にリスクを取るスキームを採用することは、少なくとも現時点では難しかったのであろう。

資産買入れ策の評価

前回の本コラムでは、資産買入れ策の細部が未定という下で暫定的な評価を試みたが、上記の公表内容を踏まえ、またドラギ総裁の説明を聞いた後でも、主要な結論は概ね維持できそうに思える。つまり、今回の会見でも数名の記者が指摘し、ドラギ総裁も事実上認めたように、そもそも資金需要が弱い限り、こうした信用緩和策の効果には自ずから限界がある。今日の会見では、日本の関係者がかねて慣れ親しんだ「紐を押す(pushing on a string)」という表現を欧州の記者が使ったこと自体は印象的であったが、筆者が先月中旬に欧州を訪問した際にも、こうした冷静な見方が広く共有されているように感じた。

ただし、今回のECBによる信用緩和策を評価する上では、本来の目的である銀行貸出の活性化という「質」的な側面だけでなく、資金供給規模という「量」的な側面もカバーする必要がある。その最大の理由は、ドラギ総裁がかねてから「量」的な側面も強調してきたからである。

実際、今回の声明文も、これらの資産買入れが既に開始されたTLTROとも併せて、ECBのバランスシートの規模に「相当な(sizeable)インパクト」を与えると強調している(第3パラグラフ)。加えて、質疑応答でも、ドラギ総裁はECBの総資産規模をピーク(2012年6月:約3兆ドル)の方向に戻すことが期待されるといった発言を行ったほか、前回の本コラムでも議論したように、ABSの 「母集団」が1兆ユーロを超えることも付言し、一連の信用緩和策の「量」的な意味合いを強調した。

しかし、この点に関しても、筆者の欧州での面談の結果を総じて見れば、慎重な見方が多かった印象がある。その理由は、先にみた貸出需要の弱さだけでなく、長期金利の一段の低下に伴って、銀行や機関投資家が比較的利回りの取れるABSやカバードボンドを(ECBに売却するよりも)保有し続ける指向が強まる可能性であった。この現象も、日本の関係者には「既視感」があろう。

発言の上では「量」を強調したいドラギ総裁も、当然にこうした制約を理解しているのであろう。だからこそ、今回のABSとカバードボンドの買入れは、買入れ総額の目途が示されていないという奇妙な枠組みになったのであろうし、会見の中で記者が買入れ総額や1兆ユーロに達するまでの時間的目途を質したのに対して、ドラギ総裁が明言を避けざるを得なかったのであろう。

Policy mix

景気後退やディスインフレを止めるためにECBに何ができるかを考えた場合、長期金利には(国によってばらつきもあるが)総じて 下げ余地が乏しく、銀行貸出のトランスミッションも当面は動き難いということであれば、為替を通じたルートに依存せざるを得ない とも言える。実際、今回の声明文もFRBの金利正常化がユーロ安を通じてメリットをもたらすことへの期待が現れている。

それでも、日本の例が示すように、為替の減価だけでディスインフレを断ち切るには相当なインパクトが必要となるだけに、もう一 つの現実的選択肢としてpolicy mixが浮上する。実際、今回の声明文の最後のパラグラフでは、金融政策以外の貢献が重要とした上で、財政に関しても、各国に新たなSGPを遵守するよう求めつつも、制度の柔軟性を活用し、経済成長にfriendlyな財政政策の組合わせを実現すべきと主張している。来年度に向けたドイツのスタンスをみるまでもなく、その実現は容易でないかもしれないが、少なくとも、日本の関係者にとって、ここでもまた「既視感」のある議論が展開されていることだけは確かである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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