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ECBのドラギ総裁による記者会見-Credit easing

2014年09月05日

はじめに

TLTROの初回を9月18日に控え、6月会合で決定した証券化商品の買入れも検討途上であるだけに、筆者も含め、ECBはno actionとの見方が強かった印象がある。それだけに、追加利下げだけでなく、カバードボンドの買入れ再開まで決定したことは、ユーロ相場や長期金利が示すようにサプライズとなった。今回は豊富な論点を含む政策判断であったので、本コラムでは決定内容とその背景、現時点での評価に絞って議論したい。

政策決定の内容と背景

今回の政策理事会では追加利下げが決定され、corridorが全体として10bp引き下げられた。中心をなす「政策金利」(MROの落札利回り)はついに0.05%となり、下限をなす預金ファシリティ-の金利は-0.2%となった。加えて、第3 弾のカバードボンド買入れ(CBPP3)を導入することも決定し、6月に決定している証券化商品の買入れ(ABSPP)とともに内容を詰め、次回(10月)の政策理事会後に発表することも明らかにした。

こうした政策判断の背景についてドラギ総裁は、再三にわたってジャクソンホールでの講演に言及し、インフレ期待が下方にシフトし始めた兆候がみられる点に強い警戒を示した。加えて、その後に発表された景気や物価の指標が冴えない内容であり、低成長と低インフレがさらに長期化するリスクが高まった点も強調した。

記者会見でドラギ総裁が明かしたように、今回の決定は全会一致でないし、次回の政策理事会で内容が固まった後に公表すれば良いはずのCBPP3を今回わざわざ持ち出したことは、ある意味ではドラギ総裁を含む政策理事会の多数派が抱いた危機感の現れであると理解することができる。

これに対し、筆者自身も含む外部の観察者の多くは、本稿の冒頭に述べたような理由でno actionを予想していた訳であり、だからこそサプライズになったと言える。ただ、今回の決定がサプライズになったのには別な理由もある。

第一に、カバードボンドの買入れに関しては、金融危機が深刻であった過去2回についても、各々600億ユーロ、および200億ユーロの活用に止まり、必ずしも大きな成功を収めたとは言えないからである。もちろん、今回のCBPP3では、過去の経験も含めて細部を調整することで、より広い活用を促す可能性も残るが、市場には過去2回の印象が強いのではないか。

第二に、ドラギ総裁自身が6月政策理事会後の記者会見で、政策金利は事実上の下限に達したことを示唆したからである。本日の会見では数名の記者がこの点を取上げたが、ドラギ総裁は、本日の利下げも「技術的調整」と述べるとともに、追加利下げ期待を払拭することでTLTROの利用を促すと言う「技術的な」理由も挙げた。つまり、TLTROの適用金利が実施時の政策金利で固定されることに伴う弊害を抑制しようというものである。

そうしたメカニズムが働きうるとしても、今月実施される初回のTLTROへの応札が限定的になるとすれば、それは前稿でも検討したように、ECBが同時に実施している資産査定(AQR)やストレステストの影響によるものと考えるのが普通であるように見える。

政策決定の評価

そもそもCBPP3やABSPPの内容が固まっていない以上、今回の政策決定を評価するには時期尚早の面もあるが、方針や考え方といったレベルに関しても様々な論点を挙げることができる。まず、これら全体の趣旨や目的をどう理解すればよいだろうか。追加利下げを除き、TLTROを含む3つの政策対応はいずれも銀行貸出の活性化を通じた景気の浮揚を目的としており、ドラギ総裁が会見で認めたように「信用緩和」となる。

その一方で、ドラギ総裁は、ECBのバランスシートの規模を元の方向に戻すことも重要という興味深い指摘を行った。過去の本コラムでも再三議論したように、ECBの資産規模が日米とは異なって減少してきた理由は、民間銀行がECBからの借り入れ(その多くは3年物LTROである)を返済してきたからであるが、ドラギ総裁がこうした指摘を行ったことは、少なくともドラギ総裁が「量的」な政策を意識していることの表れと理解することができる。

この点は、本日の会見で取上げられたように「量的緩和(QE)」の定義は何かという修辞学的なテーマであるよりも、ECBが追加利上げ以外の3つの対応によって目指している目標を不明確にする面があるように思う。

そう考えると、今回の決定内容の別なインプリケーションが浮上してくる。ドラギ総裁は、記者の質問に答える形で、ABSPPの対象として、従来想定されてきた銀行の中小企業向け貸出を裏付けとする証券化商品だけでなく、RMBSを含めることを検討していると説明した。これは筆者にとってサプライズであった。なぜなら、欧州市場の場合、中小企業向け貸出の証券化は全体の規模が大きくないだけでなく、国別に量や内容にばらつきが大きいため、ECBの買入れも「量」の確保は難しいからである。

しかし、RMBSを対象に加えることが本当ならば、話は大きく違ってくる。中小企業向け債権を裏付けとするABSの残高は、本年第2四半期末で1100億ユーロであるのに対し、RMBSは8600億ユーロもある。仮に、TLTROが欧州市場で予想されているように、最終的には4000~5000億ユーロの規模になるとすれば、カバードボンド買入れも含む今回の「信用緩和」を積み上げるだけで、1兆ユーロに近づくことも不可能ではなくなってくる。

そうなると、ECBがピーク時(2012年)の資産規模を回復することまでも視野に入り、もともと「量的緩和」を主張していた人々の想定していた規模感とそう大きな相違がないことになる。

逆に、今回のように民間債務の買入れという内容であっても政策理事会が全会一致で合意できないことは、国債の大量買入れという日米型の「量的緩和」に関しては、少なくとも現時点で合意を形成するまでには距離があることを示唆しているように見える。さらに言えば、日米の「量的緩和」が主目的に掲げた長期金利の抑制についても、皮肉なことに6月から現在に至る間に欧州国債の金利が軒並み低下したことで、ECBが「量的緩和」を行う前に既に達成されつつある面もある。

筆者自身は、景気とインフレの浮上が緩慢なまま推移した場合には、最終的に欧州国債による「量的緩和」へ辿りつく可能性が依然としてあるように思う。ただ、少なくとも現時点では、大規模な「信用緩和」によって結果的に「量的緩和」をも実現する考え方-米国におけるMBS買入れと類似しているが資産の均質性の面で問題も残るように見える-も力を持ってきたようでもある。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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