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9月FOMCに向けて-議事要旨とイエレン議長講演の示唆するもの

2014年08月25日

はじめに

先週は、7月FOMCの議事要旨公表とイエレン議長の講演という二つのイベントが続いた。イエレン議長は10月で「QE3」を終了するとかねて公言している以上、3週間後に迫ったFOMCは「その先」にとって極めて重要な節目となり、これらのイベントはそこに向けた布石と位置付けられる。

本コラムではこれらの二つのイベントからFRBの基本スタンスを探ることとし、「正常化」の戦略は後日の続編で検討することとしたい。

7月FOMCの議事要旨

7月FOMCに関する議事要旨の内容は、既に広く報道されている通りである。特に注目されるのは、FOMCメンバーの大勢が足許の労働市場の改善ペースが予想以上に加速している点を認めたことであろう。だからこそ、FOMCメンバーの多くが、「金融緩和の解除を、現在予想されているよりも早く始めることが適当となることがありうる」と発言し(8ページ・左段・第3パラグラフ)、メディアと市場がここに反応した訳である。

ただし、こうした理解は「見出し」としては適切かもしれないが、FOMCの議論を理解する上では、議事要旨の全般に目を向ける必要があろう。実際、焦点となった個所も、「(米国経済が)FOMCの目標に向かって予想以上に早く収斂した場合は」という条件が付されており、従って、中央銀行の政策判断として当たり前のことを言っているに過ぎない面がある。

さらに言えば、FOMCメンバーの多くは、肝心の労働市場の現状についても、上にみたように足許の改善が顕著であると評価する一方で、失業率が示唆するほどには労働資源のutilizationが高まっておらず、正常と言える状況には程遠いことを認めている(例えば、8ページ・右段・第2パラグラフ)。

結果として、FOMCメンバーの多くは、初回の利上げのタイミングに関する考え方が、経済活動や労働市場、インフレの動向に関するより多くの情報に依存するという、ごく普通の意見を表明している訳である。実際、議事要旨の公表当日の米国市場の反応が、公表直後とその後で反転した面が強かったことは、「見出し」と全体のメッセージとの相違を反映した面があるように思える。

イエレン議長の講演

これを受けてのイエレン議長の講演であるが、公表テキストを一見する限り、FRBによるこれまでの議論を大きく変えるものにはなっていない。実際、今回のジャクソンホール・コンファレンスのテーマに沿って、講演の大半(4ページ~11ページ)は大量の実証研究を参照しながら労働市場の分析を議論しており、金融政策に関する直接的な議論は限定的であるだけでなく、上記の議事要旨と同じく「state contingent」という基本線を再度繰り返している。

ただし、労働市場の専門家であるイエレン議長の分析自体は興味深いし、それらが政策判断の要素をなすことは確かなので、以下で整理しておきたい。まず、イエレン議長は労働市場のslacknessの推計がそもそも困難であることに加えて、Great Recession以降は、様々な構造要因-労働人口の高齢化、調整メカニズムの変化、スキルからみた需給の2極化など-のために一段と難しくなっていることを強調した。

その上でイエレン議長は、まず労働参加率を取上げ、2000年代初頭から下落し始めたことを認めた上で、2008年以降の下落が、①早期退職、②スキル不足、③学歴、④その他(就職の断念等)の4つの要因によると整理した。このうち就職の断念によるものは、雇用状況の改善に伴い解消するとしたほか、残りの三つについても、構造的要因の影響もあるものの、就職の可能性に対する展望といった循環的要因の影響も大きいとの実証分析が蓄積されつつある点を指摘した。

次に、イエレン議長は「経済的要因によるパート就業者」を取上げ、過去の景気回復に比べて極めて高水準に達し、しかも失業率を表面的に押し下げている点を指摘した。その上でイエレン議長は、この問題がスキルのミスマッチといった構造的要因による面があることを認めつつも、労働市場の改善に伴って徐々に解消していくとの見方を示した。

イエレン議長は、雇用のフローの指標にも目を向け、例えば未充足求人の増加について、企業が依然として慎重であるという循環的要因とスキルのミスマッチという構造的要因の双方を挙げつつも、自発的離職が低迷していることも併せて、循環的要因の影響を推測する分析が増えていると述べた。

最後に賃金に関しては、名目上昇率が2%程度で推移し、加速の兆しがみられないことや生産性上昇率を下回っている点を認めた。もっとも、だからといって賃金発のインフレが生じないと結論付けるのは早計と指摘し、その理由として、①Great Recessionの間は下方硬直性のために調整できなかった賃金の調整が、労働市場の回復してきた今になって生じている可能性(”pent-up wage deflation”)、②労働分配率の調整によって賃金が抑制されている可能性、③スキルのミスマッチによってマクロの労働需給と実効上の労働需給が乖離している可能性、の三つを挙げた。つまり、①や②は、現在観測される賃金上昇率が低くても、将来の急速な上昇のリスクを内包している可能性、また③は、労働市場の一部のボトルネックが、マクロの失業率が示唆する以上の賃金上昇を招く可能性、に各々言及している。

9月会合へのインプリケーション

興味深いことに、イエレン議長の講演に関して、先週末の米国市場ではFOMC議事概要の公表直後と同様な反応がみられた。その理由をどう考えれば良いだろうか。

本コラムで見たように、イエレン議長は、米国の労働市場が直面する問題が構造的要因によると同時に、循環的な要因の影響も大きいとの見方を強調した。こうした主張は、少なくともこれまでは、「だからこそ金融緩和の継続が重要」との意味合いを持った訳である。しかし、FOMCの議事要旨とイエレン議長の講演がともに指摘したように、足許での労働市場の改善が予想以上に早いとすれば、今や、「だからこそ金融緩和の早めの見直しが重要」という意味合いに変化することになる。

さらに言えば、イエレン議長の上記のような議論は、今後の賃金ないしその波及結果としてのインフレには、下方のリスクだけでなく上方のリスクがあるとの認識を示唆している。このように中立的なリスク分布も新たなメッセージと受け止めることができる。

いずれにせよ、FRBは「state contingent」という基本的な枠組みを維持し、かつ労働市場の循環的要素の強調という見方を維持しながら、政策金利に関する「正常化」を静かに、しかしより明確に示唆し始めたように見える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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