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ECBのドラギ総裁による記者会見-Go to Italy

2014年08月08日

はじめに

ユーロ圏の直近の経済指標は、景気がさらに鈍化するとともに、ディスインフレが進行したことを示唆するものであった。しかし、ECBとしては、6月以降に決定したことを粛々と実現する段階にあるだけに、今回の政策理事会では、事前予想通りに金融政策の現状維持を決定した。そうした状況を反映してか、出席した記者の人数も少なめな印象を受けたが、欧州らしく皮肉に満ちた質問もあり、終わってみれば意外に興味深い面もあった。そこで、秋以降の政策に対する展望も含めて、ポイントを検討しておきたい。

景気と物価の動向

今回の政策理事会は、イタリア経済が第2四半期に再びマイナス成長に沈み、ユーロ圏の7月のHICPインフレ率が前年比+0.4%まで減速したことが明らかになった上で開催された。従って、上記のようなECBのロジックはともかく、記者からはユーロ圏経済は本当に大丈夫なのか-ECBの見通しをアンダーパフォームするリスクが高まっているのではないか-という趣旨の質問が数多く提示された。

これに対しドラギ総裁は、様々なリスクを認めつつも、(1)ユーロ圏諸国の財政健全化、(2)企業や家計の実質購買力の上昇、(3)海外景気の持ち直しに伴う輸出の増加、といった要因を背景に、緩やかな(moderate)景気回復は可能との見通しを維持した。また、物価の先行きについても、6月以降に実施した金融緩和の効果も含めて、リスクバランスは中立的との見方を維持した。

その上で、ドラギ総裁は、景気回復が「アンバランス(uneven)」であると認めるとともに、財政や経済構造の改革の進捗度合いが景気回復の格差を生んでいるとのコメントを繰り返した。この点は、成長率の鈍化度合いやディスインフレの進行において、ユーロ圏の主要4カ国(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン)の中で二極化が見られ始めた事実を指しており、その意味で相応の納得感を持っている。実際、ある記者は、ドラギ総裁に対し「(夏休みは、母国の)イタリアに帰省することで、イタリアの景気に貢献した方が良い」と述べ、ドラギ総裁も「帰る予定である」と答える場面もあった。

もっとも短期的には、ドイツのように改革を進めている国でも、直近の鉱工業生産が大きく落ち込んだことが市場の不安を呼んでいる訳である。また、別な記者が正しく指摘し、ドラギ総裁も認めたように、コスト面から競争力を回復しようとすれば、その国は少なくとも一時的には相対的にディスインフレが深刻になることが避けられない面もある。すなわち、構造改革と経済成長率や物価には、長期的にはドラギ総裁の指摘するポジティブな関係が成立しうるであろうし、ECBとしてこうした政策アジェンダを強調しておくことは政治的に重要であろうが、足許の金融政策運営を考える上では「しっくりこない」面も否めない。

銀行貸出と支援策(TLTRO)

今回の記者会見で次に多くの質問がなされたのは、この問題であった。ドラギ総裁は、ECBによる直近の銀行貸出サーベイにおいて、貸出需要にようやく底打ちの兆しが窺われるようになったことや、非金融法人向け貸出残高の前年比伸び率のマイナス幅が若干縮小した(5月:-2.5%→6月:-2.3%)ことを背景に、銀行貸出を取り巻く環境が改善する中、9月中旬に初回のオペを実施するTLTROが所期の効果を発揮することに期待を示した。

もっとも、特に初回のTLTROについては、ECBによるAQRやストレステストの結果公表(10月)の前であるだけに、銀行がその活用に慎重な姿勢で臨むとの見方も市場では強い。ドラギ総裁が会見で言及した4500~8500億ユーロという利用額の目途も、6回分全体を念頭においたものであることに注意すべきであろう。いずれにせよ、市場関係者の見方は、オペへの応札を実際に判断する部署の意向を相応に反映しているとみられる以上、筆者には蓋然性の高いシナリオを示唆しているように思える。

銀行貸出と支援策(証券化商品)

金融仲介の活性化を図る上でもう一つの対策である証券化商品の買入れについては、今回の政策理事会でも検討を急ぐとされたが、具体的な進展はみられなかった。実際、事前の予想でも今回は進捗なしとされていた訳であるが、会見では意外に多くの記者がこの点を取上げた。

なかでも興味深かったのは、数名の記者が、このようなオペレーションを実施するか否か(whether)は決定済であり、いつどのように(when and how)実施するかが残された課題であるという理解で正しいかどうかを質問した点である。

この質問から欧州特有の「婉曲表現」を除くと、「証券化商品の買入れが、単なる「口先介入」で終わることはないと考えて良いのか」ということになる。このように皮肉な質問が多く提示された背景にOMTという直近の前例が存在することは言うまでもないであろう。加えて、ECBの高官の一部が証券化商品の買入れに消極的な意見を表明していることも影響しているかもしれない。

また、ドラギ総裁が会見で期待を込めたように、銀行貸出の安定化が本物であれば、ECBが証券化商品の買入れを実行するインセンティブも低下する。そもそも、証券化商品の買入れは、銀行機能の低下を踏まえて、銀行を迂回しつつ経済活動に必要なクレジットを企業に提供することが目的であり、銀行貸出が正常に拡大するのであれば、それに越したことはない。

証券化市場の活性化に絞れば、別の手段によって目標を達成しうる可能性もある。つまり、ドラギ総裁が示唆したように、各国の監督当局による「サポート」によって、証券化商品の組成や投資に関する監督上の負担を軽減できれば良い訳である。

その上で、筆者は、証券化商品の買入れをOMTのような「口先介入」に止めることのコストも決して小さくないと考える。それは、単に、証券化市場の活性化を通じた金融仲介機能の代替ないし補強を実現できないことに止まるわけではない。つまり、「口先介入」を繰り返す政策当局が市場の信認を維持できるのかという問題である。前回の「金融市場パネル」で柳川さんや細野さんが指摘したように、広範な非伝統的金融政策が活用してきた「コミットメント」という便利なツールを事実上使えなくしてしまうのではないだろうか。それは、まだまだ様々な政策課題と闘う必要のあるECBにとって、決して小さなコストではないように思える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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