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ECBのドラギ総裁による記者会見-議事の”account”

2014年07月04日

はじめに

今回の政策理事会は政策判断という意味では予想通り無風であったが、詳細が決められたTLTROにやや予想外の趣旨が込められていただけでなく、来年1月以降の政策理事会の日程変更と議事の「説明(account)」の公表開始という大きな決定がなされたことで、今回の会見も興味深い内容を含むことになった。早速、これらの内容をみてゆくこととしたい。

TLTRO

前回の政策理事会で新たに導入が決まったTLTROについては、ベースとなる貸出の報告内容も含め、詳細な資料が公表された。そのスキームは、ドラギ総裁自身も複雑と認めるものであったが、追加された点も含めて、そのポイントは次のように整理できる。

(1)参加は個別行だけでなく、複数行のグループ(中小先を想定)でも可とする。(2)初め2回のオペ(本年9月と12月)の合計は、本年4月の貸出残高(住宅を除く個人向けと、非金融法人向け)の7%相当を上限とする。(3)その後6回のオペ(2015年3月から2016年6月まで)の合計は当該期間の貸出増加額の3倍を上限とする、(4)本年4月に先立つ1年間に貸出が減少した先に対しては、貸出増加額のベースを2015年4月にかけて漸減させる。(5)TLTROを利用したのに本年5月から2016年4月に貸出が貸出増加額のベースを下回った先は、2016年9月にTLTROを全額返済させる。(6)すべてのTLTROは2018年9月に終了する(オペは最長4年)。(7)実施時のMRO金利+10bpの固定金利とする。

込み入った内容である(4)について、ドラギ総裁は、自発的に必要なデレバレッジを進めた銀行が不利にならないようにするとの趣旨を説明した。ユーロ圏にはマクロ的なデレバレッジが進捗していない国があるだけに、本オペの導入が構造改革を阻害しないよう配慮したものと理解できる。もっとも、(5)は、ECBが本年5月以降は貸出をとにかく増やすことを求めることを意味するだけに、(4)の考え方と必ずしも整合的ではない。本オペの細目は各国に委ねるという選択肢もあったように思うが、level playing fieldの確保という別な目的からすると難しいということであろうか。

意外だったのは、ドラギ総裁が本オペに1兆ユーロの資金を用意していると述べた点である。ECB自身のデータによれば、本年4月のユーロ圏銀行の貸出残高(上記の条件を満たすもの)は約5兆7千億ユーロであるので、初回2回のオペの上限は(その7%である)3000億ユーロ強と推計できる。従って、その後に銀行貸出が顕著に増加しない限り、ドラギ総裁の想定には届かない。まして、前回の本稿である「復習と予習」で指摘したように、本オペの限界は、実行額が銀行貸出次第であるという意味で、ECBにとってパッシブなスキームである点である。

より以上に注目すべきなのは、ドラギ総裁が、本オペが想定通りに実行された場合に-ECBのモデル分析によれば-インフレや経済成長率を大きく引き上げると述べた点である。筆者はTLTROを貸出支援策と理解したし、スキームはそうなっているが、ドラギ総裁は本オペの「量的側面」も強調しつつ、ディスインフレに対する手段としても打ち出そうとしているように見える。

それは、「包括緩和」のインパクトを強調する意味では大切かもしれないが、市場をミスリードするリスクも無視しえない。例えば、TLTROが貸出支援策としては成果を挙げているのに、実行額が市場の予想を下回った場合に、不適切な批判を招いたり、為替や資産価格が望ましくない方向へ反応するという奇妙な問題を誘発しかねない。ECBとしては、本オペの趣旨について、もう少し明確で首尾一貫した説明が必要であるように思う。

政策理事会の日程変更

今回の声明文の最後の部分に示されたように、政策理事会は、来年1月から政策理事会の開催頻度を6週間(現在は1ヶ月)に拡大するとともに、準備預金の積み期間もこれに併せて6週間とすることを決定した。また、同じく2015年1月を目途に、政策理事会の議事の「説明(account)」を公表するとのコミットを示した。

これらの重要な決定については別途レクが行われたようだが、webcastはなく、現時点で筆者には詳細がわからない。このため、記者会見での質疑から推測できる点を述べておきたい。

議事内容の公表は、ECBの高官が様々な意見を述べていたし、ドラギ総裁も政策理事会で検討していることを認めていただけにサプライズでない。それでも、国際機関という性格も持つECBが政策決定に関する議論を明らかにすることは、日米英の中央銀行とはケタ違いの難しさがある。実際、声明文上でもドラギ総裁のコメントでも、公表するのは「説明(account)」であるとされ、議事要旨(minutes)といった語は避けられているし、ドラギ総裁も発言者名を明らかにするかどうかも含めいくつかの点で検討中と述べるなど、なお調整すべき点が残っているのであろう。

それでも公表の方向を明確にしたことについては、6月の政策決定に至る期間も含め、政策変更に関する市場の期待に対するECBとしての不快さが窺われる。つまり、ドラギ総裁が本日の会見で多用した”self-fulfilling”という語が象徴するように、ECBの立場からみれば、市場が「勝手に」追加緩和を期待し、それが実現しないと失望という反応を示す-結果として、ユーロ高などが進行する-という事態が繰り返されたことを踏まえ、それを抑制することが必要との判断に至ったことが想像される。

こうして、政策理事会の開催頻度の拡大と議事の「説明」の公表は同じ問題意識に基づく面があることが推察される。つまり、前者は、政策理事会の回数を減らすことで”self-fulfilling”な期待を生ずる機会を抑制するとの趣旨であり、後者は政策理事会の議論を組織だった形で明らかにすることで、「勝手な」期待が生ずる余地を少なくするとの趣旨である。実際、ドラギ総裁は、記者の質問に対する回答として、(6週間でなく)6カ月に1回にした方が良かったというジョークも述べていた。

もう一つ技術的な点を付言すれば、議事の「説明」を公表する以上、発言者との内容の確認のプロセスを考えると、現在のような1ヶ月に1回の政策理事会の運営は難しいという面もあろう。

いずれにせよ、ECBによる政策頻度は、事実上FOMCと同様な年8回体制に移行することになる。本日の会見である記者が皮肉をこめて示唆したように、FOMCとのタイミングの関係如何では、(ECBが何もしなくても)FOMCの決定によってユーロ高が抑制される局面も生ずるかもしれない。そう考えると、本日のドラギ総裁会見の開始と同時刻に公表された米国の雇用統計-本来は曜日がずれるが、米国の祝日のため、公表が繰り上げられた-が強い内容であったことが、少なくとも短期的にはドラギ総裁の悩みを軽減したというのも、来年以降の予行演習だったように思えてくる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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