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ECBの「包括緩和」に関する復習と予習

2014年07月01日

はじめに

ECBが6月初の政策理事会で包括的な金融緩和を決定したにも拘わらず、市場には早くも追加緩和を巡る議論がみられるし、私自身も「QE」の可能性に関する質問を受けることが少なくない。実際、その後の経済指標も必ずしも芳しくないだけでなく、隠れた焦点であった為替も、EUR/USDでみると政策決定当時の水準に戻っているだけに、こうした議論も仕方ない面もある。

しかし、政策効果は対象によって現れ方に違いがあるだけでなく、「盛り沢山」であった前回の決定内容に関しては、検討が行き届いていない面も残っているように感じる。そこで本稿では、前回の政策理事会の復習と今週木曜日(7月3日)に迫った次回への予習の意味を込めて、ユーロ版の「包括緩和」の内容を再検討したい。

マイナス金利

ECBが当座預金に対してマイナス金利を適用したことについては、まず、民間銀行に貸出を迫ることが目的であるという説明がmisleadingである点を確認しておきたい。

こうした線の説明は、民間銀行がECB当座預金を「原資に」貸出を行うと述べている。これが、日銀の場合も含めて一般に事実と反することは、銀行から資金を借りたことがある方には容易に理解しうる。銀行貸出は、実務的には、借入人名義の銀行預金に資金が振り込まれ、銀行に貸出債権が生ずることである。もちろん、この結果として、当該銀行は増やした預金に見合う準備預金を中央銀行の当座預金として積み増さなくてはならない。しかし、今やECBだけでなく日銀もFRBも多くの超過準備を供給しているので、超過準備のごく一部が準備預金に変わるだけのことである。

逆に言えば、民間銀行が銀行貸出を行っても、それ自体はECBの当座預金残高に影響を及ぼさない。ECBの当座預金残高は、民間銀行が当座預金を銀行券として引き出すか、域内国政府が歳出を賄うために当座預金を使うか、という以外は、ECBが資金吸収オペを行わない限りは減少しない。

もちろん、個別の銀行がECBに保有する当座預金は、決済に伴って増減する。上の例で借入人が取引先企業に支払を行い、その取引銀行が借入人の取引銀行と異なる場合、銀行間決済をECBの当座預金で行えば、双方の民間銀行のECB当座預金の残高は増減する。しかし、ECB全体としてみれば、当座預金の一部の「持ち手」が変わるだけで、総量が変化しないことは明らかである。

かねて指摘してきたように、マイナス金利は銀行貸出にむしろマイナス方向の効果を持ちうる。それは、マイナス金利が銀行の収益を下げるからである。銀行収益の減少は、リスクテイクに抑制的な効果を持つことが多い(「一か八か」という選択は、規制や監督が強化された下では出現しにくいはず)。その量的なインパクトは、現在の-10bpというマイナス幅や債務危機当時に比べた当座預金の減少を考えると、そこまで深刻ではないかもしれないが、銀行貸出に対する効果の方向自体はネガティブと考えられる。

これに対し、マイナス金利は為替の増価に抑制方向の効果を持つことが期待される。つまり、ユーロ圏が相手国との金利差を拡大することができる点が効果の源泉である(UIPを信じれば内外金利差にも意味がなくなるが、現実はUIPに対して好意的ではない)。あるいは、ユーロ圏に資本を流入する取引を行おうとすると、どこかでECB当座預金を増やすことを伴う点を考えれば、ユーロ圏への資本流入のコストを直接的に増加させると理解することもできる。前回の本稿で述べたように、ECBのケースに先立つスウェーデンやデンマークの例で、いずれも自国通貨高の抑制が念頭にあったことは決して偶然ではない。

ただ、為替に対する効果も金利差が源泉であるとすれば、結局はマイナス幅の大きさに依存することになる。この点では、ドラギ総裁が既に前回の会見でマイナス幅の一層の拡大に消極的な姿勢を示した点に注意すべきである。おそらくこれは、先に見た副作用とのバランスを意識した考え方によるものであろう。また、為替はそもそも相手のある話であり、例えば米国景気の先行きに対する悲観論が台頭すれば、イールドカーブの全体に亘って米欧金利差が影響を受け、ユーロ高方向の圧力が生ずるだけに、マイナス金利によるユーロ高阻止には自ずから限界があることも否定できない。

もしも、ユーロ高が本当に深刻ならば、別な政策手段を考えることが必要となろうし、その意味では、(実現性はともかくとして)ここへ来て為替介入の待望論がみられることは興味深い。もっとも、日英米の経験を踏まえると、多少なりとも効果の期待できる政策手段は別なところにあるように見える。

TLTRO

TLTROの目的が、額面通りに、民間銀行による銀行の活性化にあることに異論はないであろう。このスキームは、前回の本稿で指摘したように、BOEによるFLS以上に、日銀の貸出支援策に類似しているだけに我々にとって考えやすい面が多い。

まず、TLTROが貸出支援策やFLSと共通に持つ特徴として、中央銀行としてパッシブなスキームである点を指摘しておきたい。つまり、スキームが活用されるかどうかは、民間銀行が貸出を増やしてくれるかどうかによる。もちろん、いずれのスキームにも貸出増加に対するインセンティブ-貸出を増やす程、低コストの資金ないし担保を借りられる-が埋め込まれている。しかし、それを活用するかどうかは、あくまでも民間銀行の判断である。

この結果、スキームが本領を発揮するのは、景気が好転する展望が高まってからということになりやすい。貸出支援策やFLSの実績をみても、こうしたスキームは、銀行貸出が立ちあがった際のboosterとしては有効であるとしても、低迷傾向を逆転させる効果には限界がある。さらに言えば、FLSが住宅貸付を適用除外にした例が示すように、いったん民間銀行が貸出を積極化する段になると、こうしたスキームには貸出を過熱させるリスクが直ちに生ずる面もある。その意味では、いずれの方向でも実効性を確保することが難しい政策ということもできる。

TLTROについては、政策のsequencingも重要なポイントである。筆者が前回欧州を訪問した際(本年3月)に論点となったのは、銀行貸出の活性化策を取る場合に、ECBがSSMとの関係で進めているAQRやストレステストとの関係をどう考えるかという点であった。筆者は、AQRやストレステストで健全性に信認を得た銀行が貸出に取り組んで行く際に、ECBを含む政策当局による貸出活性化策がboosterとして機能する姿を想定した。逆に言えば、それまでに貸出活性化を図っても、ブレーキとアクセルを同時に踏むことになると考えた訳である(実際には、同様な問題はユーロ圏でない欧州の国で顕現化した)。

ECBが、こうした問題を十分理解した上で、敢えてこのタイミングでTLTROを導入したことは、銀行貸出の減少を深刻に見ていることの表れと受け止めるのが普通である。しかし、別な解釈として、AQRやストレステストの結果が芳しくなかった銀行による貸し渋りに備えるものであるという解釈も成り立つかもしれない。そう考えると、TLTROの初回のオペレーションが9月という生臭いタイミングであることも気になってくるし、ブレーキとアクセルを同時に踏むという批判もrelevantではなくなるかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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