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ECBのドラギ総裁による記者会見-包括緩和(ユーロ版)

2014年06月06日

はじめに

ドラギ総裁が5月の記者会見で「追加緩和予告」を行ったことで、市場では具体的な選択肢を巡る議論が行われてきた。しかし、今回の決定内容はそのほとんどをカバーするだけでなく、様々な波及メカニズムによる効果が想定されている点で「包括的」と言える。

ECBによる政策判断の背景については、本コラムでも繰返し議論してきたし、景気とインフレ率を巡る厳しい情勢は今回発表されたECBの見通しが示すように不変である。従って、本コラムでは、今回決定された多様な内容の解説と検討に特化したい。

政策金利の引き下げ

議論を整理するためには、ドラギ総裁の説明に沿って、決定内容を三つのグループに分けることが有用である。

第一グループは利下げである(実施は6月11日)。具体的には、(1)Deposit facilityの金利とMROの応札金利を各々10bpずつ下げる、(2)MLFの金利を35bp下げるというものである。要するに、1)Deposit facilityの金利とMLFの金利によって形成されるcorridorについて、これまでは75bpであったものを50bpに圧縮するとともに、2)MROの金利との関係も、これまでは上下非対称(25bpと50bp)であったものを対称にする(25bp)ずつにする訳である。

上記の(1)に伴い、Deposit facilityの金利はマイナス(-10bp)になる(MROの応札金利は15bp, MLFの金利は40bpになった)。この点は近年の例(スウェーデンとデンマーク)からみて、ユーロ高の抑制に効くのであろう。また、ECBの事務方が別途公表した資料によれば、マイナス金利は、厳格な意味でDeposit facilityだけに適用される訳ではなく、超過準備部分を含めて、ECBの当座預金に広範に適用されることになっている。その点で、かねて指摘されていたleakageの問題にも対応するものとなっている。

もっとも、ドラギ総裁は、今回の記者会見の中で政策金利の引き下げ全体は景気刺激によるディスインフレの抑制を狙ったものであると説明している。また、今後についてもcorridorの技術的調整はあるうるが、事実上の下限に到達したとの見方も示している。

マイナス金利の出現は確かにセンセーショナルであるし、大きな金融市場で適用された例に乏しいので、市場で議論されてきた効果と副作用が実際にどのように出現するのか、個人的にも興味深いが、例えば、今後も景気後退とディスインフレに歯止めがかからない状況でもさらに強化される手段であるかどうかは不透明であるようにも感じられる。

銀行貸出の活性化ないし代替策

第二グループは、銀行貸出の減少への対策である。具体的には、ECBが、民間銀行に対して、ユーロ圏の非金融法人と家計向け(住宅貸出を除外)の貸出額をベースに、新たな長期資金供給オペを行うものである。資金供給の目的を限定したLTROという意味で、Targetedという修飾語が付加され、TLTROと命名された。

オペの当初の対象額は本年4月末の貸出残高の7%とされ、各民間銀行は、9月と12月に実施予定のオペの合計でこの金額まで資金供給を受けることができる。また、2015年3月から2016年6月まで四半期ごとに実施されるオペの場合、こうした上限額は、本年4月末以降の貸出増加額(ただし各銀行についての所定のベンチマーク対比で計算)の3倍に設定される。

すべてのTLTROは2018年9月に償還されるので、このオペは最長4年となる。適用金利は、3年物LTROなどとは異なり、実施時のMRO金利(プラス10bp)で固定されるメリットが付与された。一方、実施後24カ月からは、ECBに返済するオプションが生ずる。

記者会見では、BOEによるFFLとの類似性を指摘する質問があり、ドラギ総裁も海外の先例を参考にしたことを認めたが、我々から見れば、日銀による一連の貸出支援策と極めて良く似たスキームであることがわかる。その上で、ECBは証券化や債権売却、償却などを行っても、オペの対象額からは除外しないといった対応を講ずることで、民間銀行のイニシアティブによるクレジット市場の活性化や保有資産の健全化を妨げないように配慮したことも注目される。

その効果については外部環境如何という面もあろう。つまり、FFLの場合も、BOEが認めているように、量的に貸出を伸ばしたというより、民間銀行の収益を下支えした面が強かったようである。また、日銀の貸出支援についても、むしろ本領を発揮したのは国内外の貸出環境が好転してからという面がある。その意味では、TLTROをsingle outして評価するのでなく、ドラギ総裁も示唆したように銀行の健全性強化に向けた監督対応と補完的な形で見ていくべきであろう。

第二グループのもう一つの柱は、ECBによるABSの直接買入れについて準備作業を急ぐというものである。上記のTLTROが銀行による貸出を促進することを目的としているのに対し、ABSの買入れは、直接的には、銀行貸出をいわばバイパスして、ECB自身が非金融法人に直接に与信することになる。

ただ、ユーロ圏の証券化市場は国ごとに状況が区々であるだけでなく、総計しても、米国のような規模や流動性を有する市場という訳ではない。この点で、ECBによるABS買入れは、少なくとも暗黙のうちに市場の発展を促進する目的も有することになろうし、その意味で日銀によるかつての証券化商品買入れと類似する面もあろう。準備に相応の時間を要するのは事実であろうし、具体案が決定した後に評価するのがフェアであろう。

フォワードガイダンスの強化など

第三グループとしては、MROやLTROの全額割当てを2016年12月まで延長することである。金融危機の際には流動性リスクの抑制が趣旨であったが、ドラギ総裁が説明したようにフォワードガイダンスの強化と位置付けられるようになった。

なお、声明文には、SMPの不胎化中止が地味に加えられている。以前の本コラムで議論したように、超過準備の急減への対策として注目を浴びてきたが、上記の利下げに加え、TLTROの導入やABS買入れの展望もあって、「量的」な意味は薄れた。ただ、この点に関して興味深いのは、記者会見でのドラギ総裁の説明であり、実施当初はインフレ懸念があったので不胎化をしてきたが、今や懸念がなくなったので中止すると述べた。他にも、重要な理由があったはずと思っておられる読者も多いであろう。

「量的」な面でもう一つ指摘したい。包括的な対策でECBが市場に供給する額は、TLTROによる4000億ユーロ(上限)とSMPの不胎化中止分約1600億ユーロが決まっており、ABS買入れの内容に依存する。ただ、市場規模をみると、ABS買入れがTLTROと同額に達するかどうかは不透明であり、従って、バズーカと呼ばれた1兆ユーロのオペには及ばないようにみえる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利

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