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BOEのカーニー総裁の記者会見(Inflation Report)-Tournament

2014年05月15日

はじめに

イングランド銀行(BOE)の金融政策は、2月のInflation reportの際に、米国と同様な失業率の予想外の低下を主因に、詳細なフォワードガイダンスを放棄し、「総合判断」に近いものへシフトした。

これに対して今回のInflation reportでは、経済成長率とインフレ率の見通しはほとんど変えず、slacknessの減少を通じた失業率見通しの若干改善という程度の見直しに止めた。この結果、政策運営に関する考え方も、概ね前回を踏襲している。

もっとも、カーニー総裁の記者会見ではフォワードガイダンスやマクロ・プルーデンスに関して、いくつか興味深い論点が提起されたので、これらを中心に整理しておきたい。

フォワードガイダンス

前回ほど焦点となった訳ではないが、二つの点で注目すべき議論があった。第一に、カーニー総裁が市場が予想する金利のパスは高すぎるとの見方を示唆した点である。実際、今回の経済成長率とインフレ率の見通しについて、市場金利を前提にしたケースと金利不変を前提にしたケースを比べると、2015年2Q(約1年後)では前者で0.8%ポイント、後者も0.5%ポイントもの差が生じている。

この差は、前回と今回の記者会見を見る限り、2月以降の内需が予想比やや弱かったことによるというより、予て論争となっているslacknessに関する見方の違いによる面が強いように思われる。

つまり、市場金利は、失業率が低位な下で景気回復が進めばインフレ圧力が生じ、BOEも早めに利上げに動くという可能性を織り込んでいる。これに対しBOEは、カーニー総裁が言及したように、表面的な失業率は低下したとしても、自営業の雇用や経済的理由でのパート雇用が依然として高いことを踏まえ、隠れたslacknessが大きいとの立場を維持し、景気回復が進んでもこれらの「正常化」が続く分だけインフレ圧力が抑制されるという考えを強調している。

その背景には、記者会見で取上げられたポンド高の抑制だけでなく、本格化しつつある景気回復の最初から長期金利が先走ることを抑制する意図があると考えられる。その意味では、イエレン議長や黒田総裁と同様な性質の課題に直面していることもわかる。

第二に注目すべき議論は、カーニー総裁がフォワードガイダンスの「種類」に関する整理を示した点である。つまり、最後から2番目の質問に対する回答の中で、カーニー総裁は、初期のフォワードガイダンスは利上げを検討し始める最低の条件を示すものであったのに対し、現在のフォワードガイダンスは中期的な政策運営を示すものであると説明した。その上で、前者に対して市場は「高度の安心感(high degree of comfort)」があったと指摘し、つまり後者が市場のボラティリティを抑制する効果には限界があることを示唆した。

確かに細かく見ると、今回のカーニー総裁の冒頭説明では、QEで買入れた国債の売戻しは、少なくとも十分な下げ余地が生ずる水準まで政策金利を引上げるまでは行わないとした点で、2月対比で強化された面もある。しかし、最も重要な政策金利の運営については、上記のようなslacknessに留意しつつ経済情勢如何で決定し、かつ上げるとしてもそのペースは緩やかで、結果として低金利が継続するという基本方針は変えていない(前回はこれらが長文のBoxの中に入っていたため、一見して分かり難い面はあったが)。

前回の本コラムでも検討したように、カーニー総裁が現在のversionと説明するフォワードガイダンスは-イエレン議長のそれも含めて-かつての言葉で言えば「総合判断」と呼ぶべき要素も少なくないだけに、フォワードガイダンスに期待される効果に限界が生じる面はあろうし、「正常化」への慣らし運転と受け止めるべきかもしれない。

マクロ・プルーデンス

実は、今回の会見ではこの点に関する質問の方が多かった。つまり、住宅価格の上昇をどうみるか、また、政策対応をどう考えるかという点である。

質問した記者に、BBCやITVといった総合メディアも含まれていたことを考えると、その背景として、住宅価格がロンドンを中心とする国民の問題となっていることが想像できる。この点に関しカーニー総裁は、BOEとして政策対応を講ずるのは、あくまで金融システムのリスクを抑制するためであり、「FPCは一軒も住宅を建てることはない」と述べて、BOEが住宅価格を住宅政策の面から調整することはない点を確認するとともに、住宅供給の不足は政府の政策課題であることを示唆した。

一方、筆者のような「業者筋」にとって、記者会見での住宅価格に関する質疑については、BOEがこの問題をMPCとFPCあるいはPRAのいずれがprimaryに対応すべきと考えるか、あるいは有効な政策手段として何を挙げるかという意味で興味深く思えた。

カーニー総裁は、住宅価格に対してはFPCがsustainabilityの観点から適切な政策手段を講ずるとした。同時に、Inflation reportというMPCマタ-の記者会見では発言を限定すべきとした上で、MPCとしては、LTVを含む貸出条件を所与とした上で見通しを作成していると説明した。また、FPCは「広範な政策手段(range of tools)」を有していると強調し、その例として、選択的な自己資本の賦課(SCBと思われる)やaffordabilityに対する働きかけ(LTV規制と思われる)を挙げた。その上で、MPCが所管する金利政策は「最終防衛線(last line of defense)」との考え方を確認した。

これらの点に関するカーニー総裁の説明は合理的であるし、MPC, FPC, PRAという三つの政策の枠組みを有する現在のBOEの考え方を明確に示したものと受け止めることができる。

ただし、留意すべき点も浮かび上がる。第一に、広範な政策を担うBOEに対し、国民ないし政治家が過大な要求をする可能性である。カーニー総裁が示唆したように、英国の住宅問題には金融システムや政策金利以外の要素が大きいとしても、記者が示した問題意識は生じうる。第二に、BOEが様々な政策課題をMPC, FPC, PRAに適切に割り当てても、国民や政治家に理解してもらうのは容易でない可能性である。政策対応が上手くいっているうちは、MPC, FPC, PRAのどこが良い仕事をしたかなど関心がないかもしれない。しかし、逆に政策対応が困難を極めた場合、責務を有しない組織が不当な批判を受けたり、BOE全体の信認に影響したりすることもあるかもしれない。

これらの点では、新生BOEにとって、その目的とマンデートを理解してもらうタスクは引続き重要であろう。

おわりに

カーニー総裁は、英国の景気回復をサッカーのワールドカップに例え、予選リーグを突破したに過ぎず、肝心のTournamentはこれからであると述べた。これに対し、ある記者は(前回の英国のケースに例えて)期待は脆くも崩れるリスクもあると応じた。こういうテイストのやり取りは、英国独特の味わいであるように思う。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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