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ECBのドラギ総裁による記者会見-Preview (again)

2014年05月09日

はじめに

今回もECBは金融政策の現状維持を決めた。その意味では、最近公表された消費者センチメントなどの指標が改善したことに基づく予想の通りであった。しかし、ドラギ総裁は、今回の議論を踏み込んで説明した上で、政策理事会が「次回に対応することで満足している(comfortable with acting next time)」という、いわば追加緩和の予告と受け止められる異例のコメントを行った。

そこで本コラムでは、こうした議論の背景も考慮しながら、今回の会見のポイントを検討する。

低インフレに関する議論

ECBにとって低インフレが最大の懸念であること自体に変わりはないが、今月の新たな展開-いずれもダウンサイド方向-として3点を指摘できる。第一に、4月のユーロ圏HICPが+0.7%と、3月(+0.5%)対比では改善したが、ECBの期待に届かなかったとみられる点である。具体的には、ドラギ総裁が会見で示唆したように、イースター要因に伴うサービス価格の反発が予想比小さかったことによる面が大きいと考えられる。

第二の点は、ユーロ高の進行による物価への影響について、ECBの懸念が強まったとみられる点である。実際、今回の会見では、ユーロ高の影響やECBとしての対応に関する質問が極めて多数に上った。もちろんこれは、フランスのヴァルス首相に代表されるように、最近、政治側からユーロ高への不満が目立つようになったことを反映しているのであろう(しかも、今回の政策理事会はブリュッセルで開催された)。

ただ、ECBが問題にしているのは、ユーロ高に伴うフランスのような国の競争力低下よりも、むしろ、物価に対する下方圧力である。ドラギ総裁は、記者からの多くの質問に対して、ユーロ相場は金融政策の直接目標ではないという従来の立場を確認した一方で、政策理事会としてユーロ高による物価への影響を「深刻に懸念している(seriously concerned)」という強い表現を用いて、問題の所在を明確に示した。

第三の点は、ウクライナ情勢の深刻化がユーロ圏経済に与える影響についても、ECBとして徐々に深刻に受け止め始めているとみられる点である。当然予想されるように(かつブリュッセルという場所柄もあり)、多くの記者がこの問題を取上げた。ドラギ総裁は、政治情勢への言及を避けつつも、ロシアとの経済関係の悪化や「質への逃避」に伴うユーロ高なども含めて、世界経済の中で欧州が最も影響を受けやすいし、かつ不透明性が高い点を説明した。

これらの材料も踏まえて、ECBの声明文は低インフレが当面継続するとの見通しを維持しただけでなく、ドラギ総裁は、質疑応答の中で、政策理事会として(現在の)インフレ見通しには満足せず(dissatisfied)、かつ拘らない(not being resigned)とのコンセンサスが存在すると説明し、ECBスタッフによる次回(6月)の見通し改訂での下方修正を示唆した。

銀行貸出に関する議論

ユーロ圏で銀行貸出の回復がみられないことをECBとして懸念していること自体も、これまでとは変わらない。また、今回の声明文は、4月に公表された銀行貸出サーベイの結果をもとに、銀行の与信姿勢が緩和方向に変化したことを指摘している。もっとも、筆者が3月下旬にユーロ圏の主要国を訪問して専門家と面会した際には、こうしたサーベイの結果にどこまで信認を置けるかという問題を提起する向きが少なからずみられた。欧州では依然として銀行に対する世論が総じて厳しい中で、与信姿勢を厳格化しているという回答をするインセンティブがあるのかという微妙な問題である。

ただ、今回の声明文は、こうした難問に入り込むまでもなく、サーベイの結果が事態を正確に反映していたとしても、歴史的にみて与信姿勢は引き続きタイトであることを認めている。しかも、物価見通しと同様に、民間の借り手に対する銀行貸出のavailabilityに関するデータも6月初に入手しうる点にわざわざ言及し、銀行側の理由によって銀行貸出が不振に陥っていることをより明確に確認したいとの意向を示唆した。

銀行貸出の減少は、ドラギ総裁が今回も認めたように、バランスシート調整に伴う結果という面もあり、長い目で見て不可避、あるいはポジティブな意味合いも有する。しかし、先に述べた筆者の出張の際の印象としては、こうした「悠長な」議論は大きく後退し、健全な借り手が「貸し渋り」に会う事態を回避することを優先すべきとの意見が多かった。この点では、前月以来議論があったように、銀行貸出を裏付け資産とする証券化商品の買入れのような政策が浮上してくる。

貸出の復活を急ぐ意見は、ユーロ圏の景気は底を打ったものの、その回復は緩やかに止まる可能性が高いなかで、景気回復のペースアップが重要となった-低インフレのリスクを軽減する上でも重要である-ことを反映したものと考えられる。

ただ、今回の会見では明示的に触れられなかったが、銀行が貸出に慎重になっている背景として、少なくとも短期的には、ECBによる包括的評価(comprehensive assessment)の影響を無視することはできない。つまり、最終的に終了するとされる本年10月までは、ECBが何らかの銀行貸出の活性化策を打ち出したとしても、効果が減殺される可能性を考えておく必要がある。

Preview

ドラギ総裁は、WSJの記者による質問に答える形で、今回の政策理事会は6月の同会合のpreviewであったと述べた。その上で、(1)景気回復ペースは緩やかでダウンサイドリスクもあるので、低インフレは継続するのではないか、(2)低インフレの要因として、量的には商品価格の調整が大きいが、ユーロ高や内需の弱さをどうみるか、(3)景気の底打ちと与信フローの減少継続とのラグをどう理解するか、といった論点があったことを説明した。そこで、本コラムの冒頭にみた異例のコメントが続いた訳である。

これを、またもドラギ総裁の「口先介入」と受け止める向きもあるかもしれないし、実際にユーロの対ドルレートは、ECBによる金融政策の現状維持を受けて1.40近くまでいったん上昇した後に、このコメントもあって反落している。ただ、本コラムでみたように様々な「新規材料」を示した上でのコメントであるだけにインパクトはあり、ECBの元高官であるパパディア氏が既にtweetしたように、ドラギ総裁は6月会合で何もなしでは済まされない形にしてしまったと受け止めるのが自然なように思える。

筆者にとってこのやり取りが興味深かったもう一つの理由は、ドラギ総裁が政策理事会の論点を丁寧に説明したことが、長らく議論となっている「議事要旨」の公表にとっての布石となる可能性である。この点も、6月会合へのもう一つのpreviewであったかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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