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ECBのドラギ総裁による記者会見-Unanimous Commitment

2014年04月04日

はじめに

ECBの政策理事会は金融政策の現状維持を決めた。しかし、声明文や記者会見の内容からみて、市場が予想していたように「無風」ではなく、政策の先行きに関する重要な議論があったと推察される。 早速、今回のポイントを検討することとしよう。

低インフレを巡る議論

低インフレの問題は、昨年の晩秋から再三にわたって取り上げられてきたが、本年3月のユーロ圏HICPが+0.5%まで減速したことで、一段と注目度を増していた訳である。

今回の声明文は、この点に関して、エネルギー価格の下落は減速したものの、食品を含む全般的な価格の下落が背景にある点を説明している(第6パラグラフ)。また、ドラギ総裁は、WSJの記者を含む複数の質問に対する回答を通じて、金融政策の判断にとっては、こうした動きが中期的なインフレ見通しに影響を与えるかどうかを見極めることが重要である点を確認した。

その上で、ドラギ総裁は、(1)(消費が活発化する)イースターが前年より遅いため、サービス価格が不安定化していること、(2)昨年のエネルギー価格上昇の水準効果に不透明性があること、などのために、上記のような見極めが難しくなっていると説明した。また、声明文には、インフレの先行きのリスクは上下方向にバランスしているとしつつも、地政学的要因と並んで、為替相場による影響を注視するという文も加わった(第7パラグラフ)。

一方、ドラギ総裁は、ユーロ圏が日本のように深刻なデフレに陥るリスクは少ないとしつつも、低インフレの継続自体が様々な問題をもたらすと指摘した。すなわち、(1)現在は安定しているインフレ期待もいずれは低下する、(2)ユーロ圏に残るマクロ的不均衡を相対価格の変化で調整する余地が乏しくなる-つまり、相対価格を下げるために、名目でデフレにする必要が出てくる、(3)政府や家計の抱える負債の実質価値が減少せず、バランスシート調整を難しくする、(4)インフレ率の計測誤差(上方バイアス)を考慮すると、実際にはデフレに陥る、といったリスクがあると指摘した。

なお、低インフレを巡る議論の中では、記者から、コアに注目すれば事態は深刻でない(3月は+0.8%)との指摘もあったが、ドラギ総裁は、ECBとしてはパススルーを正しく表す点も含めて、コアよりも総合の方に注目すべきとの立場を維持していることを説明した。これは、ドラギ総裁が示唆したようにECBの設立以来の論点であるが、インフレ期待との相関が大きいのであれば正当化しうる。

いずれにせよ、これらの議論を総合すると、ECBのインフレに対する見方は、今回の政策理事会が「無風」という市場予想の背後にあった暗黙の仮定に比べて、やや厳しいものであったように感じられる。この点は、次に見る政策手段に関する議論へと繋がる。

非伝統的な政策手段へのコミットメント

今回の声明文で決定的に重要な箇所は、「長期の低インフレのリスクに効果的に対応するために、政策理事会は、(ECBの)マンデートの範囲内で、非伝統的な政策手段も活用することを全会一致でコミットする」という文である(第3パラグラフの最後)。実際、冒頭に質問したFTの記者がこの文を取上げたのに対し、ドラギ総裁は、今回のkey sentenceであると明確に回答した。

このため、記者の質問の多くがその内容に関するものとなり、しかも-先月来のECB高官の発言を意識したものであろうが-「QE」の可能性やその内容を問う質問が集中した。

ドラギ総裁は、上記のFTの記者に対する回答の中で、FRB型の大量の資産買入れもここでの非伝統的手段の中に含まれることを明言し、かつ今回の政策理事会で十分な議論を行ったと説明した。もっとも、その後のやり取りの中では、米国と欧州の金融システムの違いによる波及メカニズムの相違の可能性も強調した。

つまり、ドラギ総裁は、米国のように大きな資本市場を有する金融システムでは、大量の資産買入れを行えば幅広い資産価格に影響を及ぼすことができ、その結果、経済活動に大きな効果を発揮することが期待できるとした。これに対し、欧州のように銀行中心の金融システムでは、最終的に経済活動に効果を発揮するには、銀行を通じた影響を及ぼすためにどうすればよいかを考える必要がある点を指摘した。

従って、ドラギ総裁は、ユーロ圏にとって銀行機能の健全化が大切である点を確認するとともに、これまでに主要銀行が自己資本や引当の充実、資産売却などを進めてきた点を評価しつつも、現在、ECBが実施しているComprehensive Assessmentがcrucialであることを強調した。

また、記者会見の最後には、ユーロ圏での「QE」に(財政ファイナンスの)懸念があるなら、社債買入れを組合わせるべきとの質問もあったが、ドラギ総裁は、市場規模が十分でない点を指摘して消極的な考えを示唆した。一方、金融危機前の米国のように複雑なスキームでない、シンプルな構造のABSの活性化には意味がある点を指摘し、証券化商品に一律に厳格化した規制の見直しをBOEともに働きかけるといった興味深い発言もあった。

なお、その他の非伝統的手段に関しては、ドラギ総裁は記者の質問への回答として、(1)SMPの不胎化の中止は、超過準備が約1000億ユーロまで低下したため、今回の政策理事会でも十分議論したが、フォワードガイダンスの効果もあり、金利上昇圧力がまだ抑制されていると判断されたこと、(2)LTRO型の大規模なオペも、今回の政策理事会で多少議論したが、流動性リスクへの対応が主目的であると考えられること、のために、いずれも見送られたことを説明した。

これらの議論からは、政策理事会として、必要に応じて非伝統的手段を使用することにコンセンサスが得られただけでなく、ユーロ圏の問題を念頭に、金融システムの特性を踏まえて具体的な手段を選択する面でも議論が進展したことが推察される。これを、WSJの記者が言うように、低インフレのリスクと政策対応の可能性を指摘しつつ、金融緩和を見送るという「口先介入」と批判することも可能であろうが、自国の経済を反映して大きく異なる意見が存在するであろう政策理事会としては意味のある前進であり、次の大きな決断に繋がるステップとなった可能性は少なくない。

おわりに

低インフレの長期化を防ぐ上で「QE」は魅力的であろうが、ドラギ総裁が強調する金融システムの特性を考えると、銀行貸出の活性化をもたらす手段にも展望があるように見える。一方、超過準備の一段の減少が短期金利上昇のリスクを高めた場合は、SMPの不胎化のような技術的対応も意味を持つ。これらが今日の会見から得られた示唆である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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