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望まれる株式市場の取引時間拡大

2014年03月11日

現在、東京証券取引所(東証)における現物株式の取引時間は、午前9時から11時半までの前場と12時半から午後3時までの後場の合計5時間となっている。これに対して、海外の主要市場をみると、ニューヨーク市場が6.5時間、ロンドン市場が8.5時間、香港市場が5.5時間、シンガポール市場が8時間強など、いずれも東証よりも取引時間が長い。

株式市場の取引時間は、決して長ければ長いほど良いというものではない。世界を見渡しても、現物株式を24時間連続で取引している市場はない。しかし、取引時間が短すぎると、投資家は取引機会を失うし、次々に生まれる新たな情報が株価に直ちには反映されなくなる。また、近年、経済発展の著しいアジア市場と東京市場の連動性が高まっていると言われるが、東証の取引終了(大引け)はシンガポールや香港の現地時間ではまだ午後2時であり、その後の取引時間中(シンガポールは午後5時過ぎまで、香港は午後4時まで)に発生した情報は東証の株価に全く反映されない状況にある。

こうした問題意識から、東証は、取引時間の拡大をかねてから検討課題としてきた。2000年には、当時、私設取引システム(PTS)が検討していた夜間取引市場の開設が検討されたし、2010年には、昼休みの見直しによる取引時間の拡大が検討され、昼休みの30分短縮が実現した。それでも、前述のように、東証の取引時間は国際的にみて短い。そこで、2014年2月、東証は「現物市場の取引時間拡大に向けた研究会」を設置し、制度見直しへ向けた新たな検討を開始したのである。

一口に取引時間の拡大と言っても、その具体的な方法は様々に考えられる。東証の場合、大まかに言えば、(1)取引開始時間を繰り上げる、(2)昼休みを廃止または短縮する、(3)取引終了時間を繰り下げる、という三つの選択肢がある。更に、取引開始時間の繰り上げと繰り下げについては、朝の取引開始(寄り付き)や当日の大引けの時間を変更するという方法と現行の通常取引時間は維持したままで、取引開始前や終了後に、新たな取引セッションを設けるという方法の二通りが考えられる。

第一の取引開始時間の繰り上げには、シンガポール市場で行われているようなプレオープン・セッションを設ける方法と現在9時の寄り付きの時間を繰り上げる方法が考えられる。いずれについても、想定される効果としては、日本時間の午前5時(夏時間の場合)ないし6時に通常取引が終了するニューヨーク証券取引所(NYSE)の市場やシカゴ市場における日経平均先物取引等との連動性を高めるといったことが考えられる。東京市場よりも早く取引を開始するシドニーの外国為替市場における円ドル・レートの動きを株価に反映させるといった効果もあり得る。

しかし、取引開始時間の繰り上げには問題点も多い。仮に取引開始をNYSEの取引終了にほぼ合わせるとすれば、寄り付きを午前6時にするといったことになるが、その場合、取引所や証券会社の役職員は早朝出勤を余儀なくされ、生活環境が激変する。しかも、投資運用会社など機関投資家が同様の対応を講じるとは限らないし、日本よりも時間が遅いアジアの機関投資家は早朝の取引に積極的に参加はしないだろう。国内の個人投資家についても、株式取引のために早起きする層は限られるだろう。東証市場の構造的な特徴の一つは、寄り付きの流動性が高いことだが、取引開始時間を繰り上げたりプレオープン・セッションを設けたりすれば、結果として、寄り付きの流動性が分散してしまい、価格形成の効率性を損なうことすら懸念される。

取引時間拡大へ向けての第二の選択肢は、現在11時半~12時半の1時間となっている昼休みを短縮ないしは廃止である。この効果としては、同時間帯に取引が行われている香港やシンガポールなどアジア市場の動きを即時に反映できることに加えて、サラリーマン投資家が、職務専念義務違反に問われかねないといった心配をせずに、休憩時間を利用して取引に参加できるといったことが考えられる。

しかし、昼休みの見直しは、前述の2010年に行われた検討で議論し尽くされた感がある。この時は、昼休みの廃止も検討されたが、(1)東証の市場では朝の寄り付き、前場の引け、後場の寄り付き、大引けと、日に4回行われる板寄せの流動性がその間のザラ場取引よりも高い傾向がみられ、昼休みを廃止すれば板寄せの回数が半減するので市場の流動性を低下させる、(2)昼休みには立会外取引システムを通じたブロック取引やバスケット取引が行われており、廃止されればそうした取引を実施するタイミングが失われる、(3)上場企業が昼休みに情報開示を行うことが少なくないが、取引が続いている中で開示を行うことになれば、市場の混乱を引き起こす懸念もある、といった指摘がなされ、最終的に昼休みの時間短縮が決まったのである。従って、昼休みの廃止は望ましい選択肢とは言えず、かと言って、1時間の昼休みを30分にするだけでは、大きな効果は望みにくいだろう。

第三の選択肢は、取引終了時間の繰り下げである。これは、しばしば「夜間取引」の導入として論じられるが、例えば午後7時、8時から11時、12時にかけての取引を念頭に置いた本格的な夜間取引と午後3時の大引けを数時間程度繰り下げる「イブニング・セッション」とでも呼ぶべき取引とでは、その意義や問題点が大きく異なる。

前者の夜間取引は、会社勤めのサラリーマン投資家の取引ニーズに応えるといった観点から、一部のインターネット証券会社が、その導入を強く求めている。しかし、こうした取引に対する「ニーズ」が真に存在するかどうかは大いに疑問であり、むしろ導入による弊害が強く懸念される。その理由は次の通りである。

第一に、純然たる夜間取引市場には、日本株を取引する機関投資家(外国人を含め)の積極的な参加が望めない。それは、機関投資家と言っても、所詮は東京やシンガポールに居住するファンドマネジャーやトレーダーといった人間であり、人間は夜になると仕事を終えて家で休息するのが普通だからである。確かに、インターネット証券会社が主張するように、サラリーマン投資家は夜間取引を歓迎するかも知れないが、一部の個人投資家しか参加しない市場では、投資判断が一方に偏って株価が乱高下したり、十分な売買注文数が集まらず流動性が低下し、取引コストが大きくなることが懸念される。

第二に、前述のように、東証の取引時間拡大に期待される効果の一つは、アジア市場の情報の取り込みである。しかし、夜間取引ということになると、例えば午後7時から取引を開始するとしても、シンガポールや香港では午後6時であり、既に取引時間が終了している。取引時間帯の重なる時間には取引を休んでおいて、先方が閉まると取引を始めるというのでは、連動性が高まっているという市場の変化に対応することはできない。

第三に、インターネット証券会社が行ったアンケート調査によって把握されたとされる夜間取引に対する投資家の「ニーズ」は、本当に予想される取引の実態を踏まえたものと言えるのか疑問が多い。

確かに、アンケート調査で「夜間取引市場があれば取引してみたいと思いますか?」という問いに対して「はい」と答える投資家は多いだろう。筆者自身、興味があるかと問われればないわけではない。しかし、それはあくまで、日中の市場と同様の高度な流動性や効率的な価格形成を暗黙の前提としたものではないだろうか。例えば、質問の仕方を変えて、「夜間取引では十分な流動性が確保されず、発注から長時間約定が成立しなかったり、企業業績や経済の実態を十分に反映しない価格形成が行われたりすることも予想されますが、そういう市場においても、あなたは自らの判断で価格形成を主導すべく積極的に指値注文を出して売買を行いたいと思いますか?」という問いだとすれば、「はい」と答える個人投資家がどれほどいるだろうか。実際、過去にはインターネット証券会社が経営する複数のPTSで夜間取引が行われていたが、そのほとんどは取引量が増えないため停止されてしまった。

百歩譲って、アンケートの集計結果が、個人投資家の真摯な気持ちを的確に反映しているとしても、そもそもそうしたアンケートに回答する投資家の多くは、信用取引を通じて頻繁に売買を繰り返すといった投資行動をとる人達ではないだろうか。そうした投資家が市場の流動性供給に貢献していることは間違いないが、国を挙げて中長期的な観点に立つ投資家を育成すべきといった議論が行われている今日、短期売買を狙う投資家の「ニーズ」を優先すべきとは思われない。また、投資家にとっての利便性向上という点に着目するのであれば、夜間に価格変動する市場が必要なわけではなく、既に「対面型」の会社も少なからず行っていることだが、各証券会社が夜間に売買注文を受け付け、翌朝の寄り付きで処理すれば良いだけである。

午後8時とか10時といった純然たる夜間に現物株式の取引を行っている市場は世界に一つもない。それは夜間取引が一部の投資家しか参加しない非効率で公正性を欠く市場を形成する懸念があるからだ。東証においても、取引終了時間を繰り下げるために夜間取引を行うことは適切ではない。

むしろ、検討すべきは、午後3時半ないしは4時から午後5時ないし6時くらいまでの取引を想定するイブニング・セッションの導入である。これによって、従来指摘されてきた東証市場の取引時間の短さからくる問題点の多くは解決される可能性がある。

第一に、短い取引時間によって機会を失っている投資家に取引機会を提供するとともに、アジア市場で発生する情報をリアルタイムで日本の株価に反映させることが可能となる。また、例えば、午後6時まで取引を行えば、全体の取引時間は8時間弱(午後3時にいったん終値を確定してからセッションを開始するまでの休み時間の長さによって正確な時間は異なってくる)となって欧米市場に比べても遜色のない長さとなるし、取引終了時間はシンガポールとほぼ同時になる。

第二に、多様な投資家の取引参加が期待できる。まず、夜間取引とは異なり、多くの機関投資家の取引参加が見込める。シンガポール等から発注する投資家が積極的に取引すれば、国内に拠点を置く機関投資家も、現在の実務慣行を少し変えて取引に参加するだろう。また、午後5時半とか6時になれば、日中の取引が難しいとされるサラリーマン投資家も一定程度は取引に参加できるだろうし、日中に積極的に取引しているデイトレーダー的個人投資家は、当然イブニング・セッションにも積極的に参加するだろう。

第三に、午後3時の大引け後に決算発表などを行い、一定のインターバルを置いてイブニング・セッションを開始すれば、決算情報が適時に株価に反映されないという批判にも応えることができる。

イブニング・セッション導入に向けての課題は、取引所や証券会社の人員の対応、システムの変更といった点になるが、午後7時や8時にスタートする夜間取引に比べれば、そのための費用は、はるかに小さなもので足りるはずだ。導入によって期待される効果の大きさを考えれば、市場参加者の理解も得やすいだろう。

一部では、東証の研究会における検討は、「夜間取引ありき」だといった見方もなされているようである。しかし、公正で秩序ある株式市場の運営という高度に公益性のある社会的使命を担う取引所が、そんな偏頗な検討をするはずはない。市場の活性化と東京の金融センター機能の強化につながる取引時間拡大へ向けた建設的な議論に期待したい。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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