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ECBのドラギ総裁による記者会見-slackness

2014年03月07日

はじめに

ECBの政策理事会は金融政策の現状維持を決めた。先月来、ドラギ総裁自身が定例記者会見やG20の際に示唆したように、3月会合は、2013年中の経済指標が出揃うだけでなく、欧州委員会とECBの経済見通しが利用可能になる意味で重要な位置づけを与えられていた訳である。その上で、ECBにとって、これらの情報は景気回復のシナリオに変更を迫るものでなかったので、政策判断も据え置きということであろうが、ここにはいくつかの論点も残る。

いつものように、ドラギ総裁の会見からポイントを整理しておこう。

経済と物価の見通し

今回公表されたECBによるGDP成長率見通しは、2014年から順に+1.2%, +1.5%, +1.8%であり、昨年12月時点に比べても、2014年が0.1%ポイント上方修正されただけの違いであった(2016年は今回初めてカバー)。その意味で、ドラギ総裁が本日の会見で強調したように、ECBとしての景気シナリオに変化はないとの説明ももっともである。

一方、ドラギ総裁は、MNIの記者に対する回答の中で、本日の政策理事会では経済のslacknessに関する議論がなされたという興味深いコメントも行った。その内容は質疑で余り触れられなかったので判然としない。ただ、改めて上記のGDP成長率見通しをみると-本来は国別の分布まで考慮する必要があるが-大まかに言ってGDPギャップは当面縮減しないという推論が得られる。あるいは、ECBがSSMの前提として進めている域内大手銀行への包括的評価の中で、問題意識が先鋭化したのかもしれない。

いずれにせよ、ECBによるHICPインフレ率の見通しは、2014年から順に+1.0%, +1.3%, +1.5%であり、こちらも、昨年12月時点に比べて、2014年が0.1%ポイント下方修正されただけである。ただ、2014年の見通しだけを取り出すと、昨年9月時点では+1.3%であり、改訂の度に下方修正を繰り返してきたことになる。

今回の政策理事会を前に市場に存在した追加緩和への期待は、言うまでもなく、こうしたディスインフレの傾向に注目していた訳であり、足許では、ECBよりも先に発表された欧州委員会の物価見通し(2月時点)も同様に2014年のHICPインフレ率を1%としたことが、こうした期待に力を貸していた面があろう。

ところがドラギ総裁は、冒頭のWSJの記者に対する回答を含め、ユーロ高によるディスインフレの効果も強調していた。つまり、ECBによれば、ユーロがNEERのベースで10%増価した場合、HICPインフレ率を0.4~0.5%押し下げる効果がある。また、2012年以降のディスインフレの大半を為替によって説明しうるとか、日本のデフレ期とは対照的にHICPを構成する財やサービスのうち、実際に価格が下がっているものは多くないとの説明も行った。

この結果、ドラギ総裁によるディスインフレの解釈が分かり難くなった面があるように感じる。為替要因が大きいので多少のディスインフレは懸念しないというのであれば、それとして考え方は理解しやすい。しかし、それでは上にみたslacknessやGDPギャップはどう考えれば良いか、この面での物価の展望にはどう対応すれば良いかという重要な問題が残ってしまう。

追加緩和の手段

一方で、ECBにとって政策手段の面で手詰まり感が出ていることは、前回の本コラムでも触れたとおりである。そうした中で、市場に期待のあった過去のSMPに関する不胎化オペを中止ないし減少する政策対応については、ドラギ総裁は、日本のロイターの記者による質問に対し比較的丁寧な説明を行った。

SMP(Security Market Program)も既に過去の話となりつつあるので、ここで若干補足しておくと、これは前任のトリシェ総裁の時に導入された国債買入れの仕組みである。ECBの公表データによれば、導入直後の2010年の初夏と2011年後半から2012年初頭に集中的に買入れが実施され、ピーク時の残高は2200億ユーロ近い水準になった。

SMPの趣旨は、あくまでも(当時の)問題国の国債を対象に、市場流動性を支えることにあるとされ、従ってECBは、SMPに伴って金融機関に供給した資金を、わざわざ別の手段(入札制の預金ファシリティ)で吸収してきた訳である。読者は、ユーロ圏のどの国がそのようなことを要求したか、容易に想像がつくであろう。その規模は、ECBが保有する国債の償還に伴って徐々に減少してきたが、現在でも約1750億ユーロ程度ある。

従って、ECBがこうした不胎化のオペレーションを止めれば、短期金融市場の資金はそれだけ増えることになる。SMP自体の規模が問題国の国債市場の規模に比べて小さかったせいもあろうが、こうした不胎化の停止による効果も過小評価されていた面があるかもしれない。しかし、本コラムもしばしば触れてきたように、ユーロ圏の銀行がLTROの期前返済を続け、実質的な超過準備が1300億ユーロ程度まで低下したことを考えれば、相応のインパクトも期待できる。

そこで質疑に戻ると、ドラギ総裁もSMPの不胎化の中止が政策理事会にとって処方箋の一つとなっている点を認めた上で、ドラギ総裁は、ECBがSMPとして保有している債券は償還までの期間が比較的短いものが多いため、不胎化を中止しても、量的なインパクトほどには時間的なインパクトの乏しいものになりやすいと指摘した。

しかし、上の検討から明らかなように、この処方箋を実施する上でのもう一つのハードルは、SMPをoutrightの買入れとすることを認めなかった域内の大国の理解を得ることであろう。この点は、ユーロ圏で「QE」の実施が難しいことと理由を共有している。

なお、今回の会見ではその他の処方箋に関する議論はほとんど聞かれず、MNIの記者がクレジット市場の活性化の可能性を質した程度に止まった。市場に追加緩和期待があったことを考えると、その手段に関する議論の欠如も興味深く思える。考えうる選択肢の各々が持つ課題について、以前より適切な理解が共有されていることの表れかもしれない。

おわりに

今回の会見では、比較的多くの記者がウクライナ情勢の影響についても取上げた。特にECBのあるドイツにとって、距離的にも政治的にも重視せざるを得ないのであろう。多くの報道が指摘するように、ウクライナ自体の経済規模は小さく、それ自体がシステミックな意味をもつものではなかろう。ただ、事態が長期化すれば、エネルギー価格なども含めて、影響が広がりを持つリスクもあるというのが、ドラギ総裁の回答であった。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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