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BOEのInflation reportに関する記者会見-”FG2” ?

2014年02月13日

はじめに

イングランド銀行(BOE)の金融政策に関しては、失業率が予想外に低下してthresholdである7%に迫る中で、フォワードガイダンスの見直しがあること自体は広く予想されていた。しかし、今回公表された内容は、フォワードガイダンスの修正と言うより「総合判断」への回帰といった性格も備えるものとなっている。

BOEの政策は、FRBのようにその決定が国際金融市場に大きな影響を与える訳ではないが、BOEが直面したフォワードガイダンスの課題はかなりの点でFRBと共通しており、政策論の点で興味深い内容を有している。また、今回の議論のためには、BOEの従来のフォワードガイダンスの内容を思いだしていただくことが有用なので、導入時点(昨年8月)の本コラムも適宜参照されたい。

フォワードガイダンス: フェーズ2

BOEは、失業率が7%に達した後の金融政策の運営についてInflation Reportの冒頭のBox(8~9ページ)で説明している。具体的には以下の通りである。

・2%のインフレ目標に回帰し、その下で景気や雇用といった政府の経済政策をサポートする
・失業率の急低下にも拘わらず、利上げの前に余剰能力(spare capacity)を吸収する余地がある
・今後2~3年の間に余剰能力を吸収し、かつ目標インフレに近づくための最適な利上げペースは緩やかなものになると予想される
・しかし、現実の政策金利のパスは経済状況に依存する
・経済が正常な生産能力と目標インフレに回帰しても、その際の最適な政策金利は、危機前の平均(5%)より相当に低いとみられる
・少なくとも最初の利上げまでは、QEにより取得した資産を抱える
・金融政策は金融システムのリスクを抑制する役割を持ちうるが、FPCや他の監督当局による多様な政策手段に対して「最終防衛線(last line of defense)」にすぎない

カーニー総裁は、記者会見を通じて、従来のフォワードガイダンスは景気に不透明性があった時点で導入され、所期の効果を挙げたことを強調した。その上で、予想以上に景気回復が進捗したことを踏まえて、新たなフェーズのフォワードガイダンスを導入すると説明した。

確かに、直ちに利上げせず、その後も緩やかな利上げを行い、かつ終着点も従来より相当低い、という内容は、定性的にはフォワードガイダンスと共通する。しかし、内容を素直に見れば、コミットメントの性格が後退し、政策運営の考え方といった位置づけが適切であると思える。実際、記者会見で質問に立った多くの記者はこの点を指摘し、次はいつ変更するかという趣旨の辛口の報道もみられる。

英国人得意の皮肉を措くとすれば、ここでの問題は透明性である。整合性はあるが多くの内容を取り込んだ結果、市場だけでなく企業や家計にとって分かり難いものとなり、従来のフォワードガイダンス(2013年8月8日付け当コラム参照)と同じ性質の問題に陥っている面がある。もしかすると、BOEは上記をフェーズ2のフォワードガイダンスと説明するより、政策運営を「総合判断」に戻すと宣言しつつ、上記の点に留意すると説明した方がすっきりしたかもしれない。

失業率とインフレ圧力

米国の場合、失業率が労働参加率の低下によって実力以上に低下している点は、今朝のイエレン議長の議会証言でも取上げられた通りである。これに対し、英国に関してBOEが昨年来のInflation reportなどで提示してきた仮説は、企業が余剰労働力を抱えこんでいる(labor hoarding)可能性である。筆者自身は、アングロサクソンの国で「日本的」現象が生ずるのだろうかと疑問に思っていたが、BOEは様々な証拠を示しており、中でも興味深いのは、(1)今回の危機では企業の清算件数が過去のパターンに比べて抑制されていたこと、(2)労働生産性の改善が緩慢であること等である。

この点の解釈は、インフレ予想、ひいては金融政策の運営に大きな影響を与える。BOEの言うように企業が余剰労働力を抱えていれば、景気が回復しても賃金上昇圧力、つまりインフレ圧力も抑制される。従って、フォワードガイダンスのPhase2の通り、緩やかなペースの利上げが適切になる。しかし、米国で疑われているように、もしも一種の企業内失業者にスキルなどのミスマッチがあるならば、景気回復に伴って実効上の労働需給が予想以上にひっ迫し、インフレ圧力が早期に表面化するかもしれない。その場合は、緩やかな利上げでは済まないかもしれない。

ここまで来れば明らかなように、実は英国も米国と同じく、労働市場に残された問題が循環的か構造的かが大きなポイントになっている訳である。

余剰能力(spare capacity)

BOEが推計し判断するように、余剰労働力の存在が循環的なものであったとしても、政策運営にとってはもう一つの課題が残る。それは、こうした余剰能力を定量的に正しく推計することである。

今回の記者会見でも、企業や家計が余剰能力の指し示す意味合いを適切に理解しうるかという懸念に加えて、そもそもどのような指標ないしモデルを使って推計しうるか、それは政策判断での活用に耐えうるかといった課題が取り上げられた。

これに対してカーニー総裁は、労働市場のslacknessを見る上では引続き失業率の有用性が高いとした上で、経済全体の余剰能力を推計することが困難なタスクであることを認めた。そして、カーニー総裁は、Inflation reportなどの中でできるだけ多くの関連指標をモニターし、かつBOEとしての試算を示すことを説明した。因みに、今回のInflation reportでは、英国経済に余剰能力がGDP対比で1~1.5%相当であるとの推計を示した(29ページ)。

筆者は、この点でも米国での議論との類似性を感じざるを得ない。つまり、FOMCメンバーは労働参加率の低下等を踏まえて徐々に潜在成長率の推計値を引き下げてきた。しかし、潜在成長率の推計値が高頻度で変わるのも奇妙である。加えて、潜在成長率の低下は、同じ総需要がインフレ圧力を生みやすい反面、BOEがフェーズ2のフォワードガイダンスとして示したように、最適な長期金利は過去の平均よりも相当低いことにもなる。

おわりに

BOEは、フォワードガイダンス改訂の形をとりつつ、失業率の重要度を低下させ、余剰能力という定量的には曖昧な指標を重視する枠組みを採用することで、実質的に金融政策の裁量を拡大したとみることもできる。それは、デュアルマンデートの下にあるFRBに採り得ない選択肢でもある。一方、昨年8月にも触れたように、BOEが精々緩やかな利上げに止まる2~3年間は、英国政権による財政再建の期間でもある。BOEが折角手に入れた裁量を活用するかどうかは今後に試されることになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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