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FRBのイエレン議長による議会証言-デュアルマンデート

2014年02月12日

はじめに

本コラム作成の関係もあって開始後約3時間でウェブキャストを見終えることにしたが、少なくともそこまでの質疑の大半が労働市場と金融規制に関するものであったのも、議会という政治の場であることを考えれば当然となろう。特に後者に関しては、民主、共和両党が異なる方向から現在の政策を批判した点で興味深い面があり、機会を改めて検討したいと思う。

その上で、本コラムはいつものように市場の視点から、イエレン議長の議会証言のポイントを整理しておきたい。

金融経済情勢の判断

まず、イエレン議長は冒頭説明(第2パラグラフ)において、FRBがいわゆる「QE3」を開始して以降、約325万人の雇用が創出され、失業率も約1.5%ポイント低下するなど、米国経済がデュアルマンデートの達成に向けて進んでいることを強調した。また、今後2年にわたって景気の緩やかな回復が継続し、雇用と物価がデュアルマンデートを満たす水準へと収束していくとの見通しを確認した(第6パラグラフ)。

続いて、国際金融市場のボラティリティ上昇を注視しているとしつつ、現時点では米国の経済見通しに重大なリスクをもたらすとは考えないというコメントを加えた。FRBがこの問題に注意を払っているというメッセージは、1月のFOMC声明文への批判を考慮したことが推測される一方、現時点で深刻な懸念を有している訳ではなく、政策運営に影響するものではないという理解を示した訳である。

こうした情勢判断に関しては、クレイ議員を皮切りに民主党議員から労働問題が提起された。つまり、年齢や人種によって大きく取り残された層が存在する点や実質賃金の低迷が続いている点への不満が目立った。もちろん、FRBはこれらに直接に対応する手段は有しておらず、イエレン議長もFRBとしては迅速な景気回復を達成することで問題解決に貢献すると繰り返さざるを得なかった。

ただ、クレイ議員とバッカス議員が異なる立場から提起した労働参加率の問題については、イエレン議長も、循環的な面が多いとする立場を維持しつつ、1990年末からの長期的な動きである点も認め、ベビーブーマーの早期退職等による影響を指摘した。なお、若年層の労働参加率も低下している点については、イエレン議長は循環的な要素が強いという解釈を示したのに対し、ミークス議員をはじめとする多くの民主党議員が技術革新や国際分業の影響を含むスキルのミスマッチを強調するという興味深い対照がみられた。

いずれにせよ、労働市場に残された問題を循環的とみるか構造的とみるかが、FRBの今後の政策運営にとって大きなポイントとなることは言うまでもない。また、一部の議員が突いたように、この点に関するFRBないしイエレン議長の解釈には必ずしも一貫していない面も感じられる。

「QE3」の運営

いわゆる「QE3」の運営に関しても、イエレン議長は経済見通しと同様に従来の線を確認した。つまり、冒頭説明(第8パラグラフ)の中で、雇用と物価が長期目標に収束していく限り、今後のFOMCで”measured step”により買入れ額を減らす可能性が高いと述べた。その上で、緩やかな減少は既定のもの(preset course)ではないとし、労働市場と物価の見通しに依存することも付言した。

この点に関して民主党のマロニー議員は、買入れ額減少の停止(pause)や買入れ増加の具体的な条件は何かという興味深いポイントを取上げた。 イエレン議長の回答は、前者については経済見通しの”notable”な変化、後者については経済活動の”significant deterioration”というものであった。

これらは一見すると抽象的であるし、そもそもイエレン議長が具体的な条件に言及するはずはないという意味で、つまらないやり取りと見えるかもしれない。しかし、この回答から少なくとも2つのポイントを推測しうる。第一に、買入れ額の増加は余程のことが起こらないと実現しないことである。その意味では、先にみた”preset course”の議論も一種の非対称性を有している。第二に、買入れ額減少の停止(pause)が行われる場合、経済見通しの改定(年4回)の際となることである。その際のFOMC後には記者会見が行われるので、イエレン議長としても、市場との対話の面でも好都合である。

当然に予想されたことであるが、「QE3」に関しては、共和党のノーガバウアー議員のように、財政赤字のコストを事実上隠ぺいする役割を担っているという批判も散見された。この点でFRBは独立性を失っているという指摘に対して、イエレン議長は議会がFRBに付与したデュアルマンデートの達成のために邁進していると切り返したが、有権者の視点に立てば、ゼロ金利制約の下では資産買入れが次善の策になるという説明を理解することは難しく、従ってこのような批判に共感する面もあるように思える。

政策金利の引上げ

短く言えば、「QE3」の減額は粛々と進めるが、利上げに関しては慎重に行うというのがFRBの考え方であり、この点も今回の冒頭説明(第8パラグラフ)の中で確認された。つまり、失業率が6.5%に達してから十分な時間の後、事実上のゼロ金利を維持する可能性が高いことである。加えて、第2パラグラフでも、労働市場の改善度合いを評価する上では、パート労働等も含めた”stealth unemployment”も考慮する必要があるともコメントしている。

実は米国市場では、少なくとも年初の時点では、このような説明に対する疑念が生じていた。つまり、米国経済の先行きに対する強気な見方が支配的になる中で、FRBによる利上げが前倒しされるのではないかという予想である。FRBとしては、期待が過度に先行して長期金利の上昇が加速する事態は避けたいはずであり、だからこそ上記のメッセージを繰り返している面があろう。

FRBにとって幸いにも、こうした予想は雇用統計を含む経済指標が軟化したことでやや後退したように見えた。ところが、イエレン議長はマロニー議員への回答の中で、この2カ月の雇用統計に失望したとしつつも、天候要因の影響も大きく、今後の幅広い指標をみることが重要であることを説明した。上にみた経済見通しの定例改訂にあたる点も含めて、3月会合の重要性が増している。

おわりに

本コラムで見てきたように、イエレン議長は、厄介な質問も含めて概ねスムーズに対応したし、その点では米国メディアが既に報道しているように無難なスタートという評価が妥当する。ただ、イエレン議長も、議会という政治の場では、労働市場の問題に対して厳しい視線が注がれることを改めて感じたはずである。FRBがデュアルマンデートの下にある以上は逃れることのできない問題ではあるが、労働市場の具体的状況を利上げの条件としたことのコストとベネフィットは、これから確認されることになる訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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