1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁による記者会見-uncertainties

ECBのドラギ総裁による記者会見-uncertainties

2014年02月07日

はじめに

1月のユーロ圏HICPインフレ率が再び+0.7%に減速しただけに、市場には昨年11月のパターンを期待する向きもみられたが、今回の政策理事会は現状維持を決断した。それでも、今回の記者会見でのドラギ総裁の説明は、国際金融市場の状況を含む不透明性を強調した面があっただけに、市場には、経済見通しの定例見直しが実施される次回の政策理事会が政策変更の節目になるという理解が台頭するものと思われる。

いつものように、ドラギ総裁の会見からポイントを整理しておこう。

ディスインフレの評価

多くの記者がこの点を取上げたが、ドラギ総裁のメッセージは、Bloombergの記者への回答に集約されていたように見える。

まず、ドラギ総裁は、かつての日本とは異なり「デフレ」ではない点を再度強調した。つまり、「デフレ」は、物価の下落が(1)ある程度継続する、(2)広範な価格に共通する、(3)自己実現的な過程を辿る、といった特徴を有する場合であり、現在のユーロ圏は物価が下落していないだけでなく、これらの特徴を満たしていないと強調した。

また、ディスインフレはアジア危機後やリーマンショック後にも生じており、債務危機をようやく脱却した欧州に同じ現象が生ずるのも自然との解釈を示唆した。具体的には、総需要の面で家計や企業の支出が慎重化することに加え、総供給の面でバランスシート調整の影響が残る点を指摘した。そして、前者の証拠として、VATの引上げが行われた国でも価格転嫁が十分進まない点、後者の証拠として、経済プログラムが実施された国(ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン)でディスインフレが顕著である点を指摘した。

続いて、WSJの記者が、追加緩和のタイミングとして経済見通しの定例改訂が行われる3月の可能性を質したのに対し、ドラギ総裁は、3月の政策理事会が重要なものとなることを明確に認めた。

つまり、3月の政策理事会は、(1)2013年第4四半期のGDPが明らかになり、景気回復の持続性が検証できる、(2)経済見通しが初めて2016年をカバーする、(3)信用の状況が歪みのない形で確認できる、(4)新興国市場の不安定化が一時的かどうかがわかる、といった点で、より正確な情勢判断が可能となる点を強調した。

このうち、(3)は前回も触れたように、ユーロ圏の主要銀行が包括的評価(Comprehensive Assessment)-なかでもAQR部分-への対応を意識し、昨年末にかけて”window dressing”を行ったため、結果として信用の伸びが一段と抑制された可能性に関する議論であり、ECBとして、そうした影響が年末ほどには深刻でなくなると期待していることが窺われる。

いずれにせよドラギ総裁は、ECBがディスインフレを現に放置しているのは問題という記者の指摘に対し、11月利下げの効果はラグを持って発現すると説明しつつも、ディスインフレも継続すればデフレに進むリスクが高まるだけでなく、バランスシート調整のコストを上昇させる意味で心配すべきであると回答した。それだけに、上記の議論と組み合わせると、3月になってもディスインフレの改善に展望が開けないようであれば追加緩和を考える、と言っているのに近いような印象を受ける。

追加緩和の手段

一方で、ECBにとっては、政策手段の選択面で手詰まり感が出ていることは言うまでもない。ある記者が株式買入れを議論したかどうか質しに対し、ドラギ総裁とコンスタンシオ副総裁がともに笑ったことも、ある意味ではこうした状況を象徴している面がある。

その上で今回興味深かったのは、比較的多くの記者が、日米英のような「QE」、つまり大規模な国債買入れの可能性を繰返し取上げた点である。

背景の一つは、ドラギ総裁が、先般のダボス会議で、財政ファイナンスは条約上認められていない点を強調したことにあるようだ。これは新しい話ではないし、日米英の中央銀行総裁でも、財政ファイナンス(に伴う財政規律の喪失)を避けると発言するのは当然であろう。ただ、ユーロ圏の場合、ディスインフレが生ずる一方で、民間銀行によるLTROの期前返済が再加速し、超過準備が減り続ける状況にあり、それだけに、有効な資金供給手段は何かという課題が引続き強く意識されている訳である。

ドラギ総裁は、質疑の前半では上記の線にそった想定問答的な回答を続けたが、終盤のFTの記者による流通市場からの国債買入れは条約違反なのかという質問に対し、これを明確に否定した。

もちろん、国債買入れが条約上は可能と言っても、客観的にみてECBが「QE」に踏み切るには技術的なハードルが高く、デフレのリスクが差し迫るといった深刻な事態でない限り考えにくい。ただ、ドラギ総裁としては、上記のダボス会議でのコメントに関する報道の修正も含め、プロアクティブな姿勢を再び強調しておく必要を感じていたのかもしれない。

新興国市場の不安定化

先月の国際金融市場の動きを思えば、残りの質問の多くがこの点を取上げたことも当然であろう。ポイントは、(1)原因をどう理解するか、(2)何らかの対応はありうるか、の2点に整理できる。

(1)については、ドラギ総裁は慎重な見方を維持し、先に見たように、もう少し情報を収集して判断したいとの意向を示した。この点は、実体経済を巻き込む事態-つまり「危機」-に発展するかどうか判断するには材料不足という面に加え、前回のFOMC声明文に対する批判を眺め、国際金融市場を適切にモニターしていることを強調する狙いもあったかもしれない。

(2)については、今月開催されるG20財務相・中央銀行総裁会議での「協調行動」に対する期待を込めた質問もみられた。これに対しドラギ総裁は、各国の中央銀行は異なる金融経済の下で自らのマンデートを果たすことが望ましい協調であり、それらを曲げて「標準化」するのは望ましくないとの立場を強調した。つまり、ECBが、少なくとも現時点ではシステミックな問題と認識していない点も併せて示唆した訳であり、市場が不安定化した下でのコミュニケーションとしての工夫が感じられた。

おわりに

ドラギ総裁は、デフレの定義を巡る説明の中で、かつての日本では6割の財やサービスの価格が下落したという興味深いエピソードを披露した。この点は、黒田総裁が広範な財やサービスの価格が上昇に転じたことを指摘しつつ、インフレの「改善」を強調している点と対照的になっている。もしかすると、様々な国際会議での日本の物価に関する説明が、海外中央銀行の政策を巡る議論に相応の影響を与えているということかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧