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ECBのドラギ総裁による記者会見-strongly and firmly

2014年01月10日

はじめに

今回の政策理事会は、市場のセンチメントが改善を続ける一方で、物価や雇用に代表される実体経済に目立った改善がみられないという興味深い対照の下で開催された。その点では、ECBがフォワードガイダンスを微妙に強化し、ドラギ総裁が会見で先行きに対して慎重な姿勢を維持したことは、会見後のユーロ相場の動きが示唆するように、結果的に市場の見方に再考を促す意味を持ったようにみえる。

いつものように、ドラギ総裁の会見からポイントを整理しておこう。

フォワードガイダンス

今回の声明文をみると、景気と物価の先行きに対する見方やリスク要因は12月時点と殆ど変っていない。また、政策理事会の前日に発表されたHICPインフレ率(特にコア)が一段と減速した点についても、ドラギ総裁は、ドイツのサービス価格指数の算定変更に伴う一時的な要因による面もあると説明した。

しかし、今回の声明文においては、政策理事会として、(1)必要な限り金融緩和を続けることを「強く強調する(”strongly emphasizes”)」、(2)政策金利を長期にわたり、現在またはそれ以下の水準に維持することを「強く繰り返す(”firmly reiterate”)」、という2つの括弧内の語によってフォワードガイダンスを微妙に強めた。

この点は、単なる言い回しの問題とみえるかもしれないが、実際に記者が趣旨を質したのに対し、ドラギ総裁は強調する意図を込めた表現であると説明した。つまり、極めて微妙な変化ではあるし、日米におけるフォワードガイダンスのような条件面での明確性は引続き欠くものの、政策理事会として微妙に追加緩和的な判断がなされたものと理解できる。

その背景が良く示されたのは、別な記者が、アイルランドの市場調達への復帰もあり、市場や政治家が欧州危機の終焉を指摘し始めたことへの見解を求めたのに対する回答である。つまり、ドラギ総裁は、実体経済はまだダウンサイドに脆弱であり、「勝利宣言するには時期尚早(”premature to declare victory”)」と明言した。

その一方で、数名の記者が今回の政策理事会による政策判断は全会一致であったかどうかを質したのに対し、最近はある程度明確な回答をすることが多くなったドラギ総裁が一貫して明言を避けた点も注目される。つまり、上記のような微妙な追加緩和的表現は、意見の相違の中での産物であったことが考えられる。

追加緩和

政策理事会としては、今回の声明文でも低インフレ状況が継続するとの見方を維持していただけに、比較的多くの記者が本格的な意味での追加緩和について質問したことは当然であった。

まず、追加緩和が行われるケースに関してドラギ総裁は、(1)短期金融市場が政策意図に反してタイト化し、金利上昇圧力が生ずること、(2)中長期のインフレ見通しが悪化すること、の2つを念頭に置いているという、かなり踏み込んだ回答を行った。

その一方で、政策手段のオプションに関しては、ドラギ総裁は、ECBの設置根拠となる条約で認められた手段はすべて活用しうるという一般論に終始した。この点は、例えば12月の政策理事会後の会見(具体的な手段を結果的に列挙することになった)を想起すれば分かるように、これまでの説明振りから後退した印象を与えたかもしれない。

ただし、今回の会見にはもう一つのヒントがあった。つまり、ドラギ総裁は、今回の政策理事会では上記の2つのケースに即して、様々な政策手段を検討した点も説明したからである。

ドラギ総裁によるこれらの説明を組み合わせると、我々にも政策理事会の議論をある程度推測することが可能となる。つまり、上記の(1)のような短期金融市場のタイト化のケース-これは、年末を終えて、銀行による3年物LTROの返済が再び活発化しているだけに、ある程度の蓋然性を有する-に対しては、十分な資金を供給することが肝要であるだけに、資金供給オペ的な手段が浮かび上がって来る。

これに対し、(2)のようなディスインフレ(ないしデフレ)のケースに対しては、実体経済の活性化が肝要であるだけに、金利(例えば、フォワードガイダンスの本格的な強化)ないし資金量(オペの他、資産買入れも含む)のいずれかの手段が念頭に置かれていることが考えられる。

銀行の包括的評価

このほか、比較的多くの記者が取上げたのが、ECBによる域内主要銀行に対する包括的評価(comprehensive assessment)である。これは、いわゆる「銀行同盟」の第一弾として、ECBが今年11月から単一監督制度(SSM)を開始するのに先立ち、昨年11月から約1年かけて実施されているものであり、(1)流動性やレバレッジのリスクに関する評価、(2)資産内容の評価(AQR)、(3)ストレステスト、の3つから成る。

まず指摘されたのは、ユーロ圏の銀行貸出が前年比でマイナスを続けている(11月の非金融法人向け貸出は-3.1%)だけに、包括的評価を実施すると、主要銀行による与信の抑制にむしろ拍車をかけるリスクである。この点に関するドラギ総裁の回答は明確であり、短期的にはそうしたリスクもあるものの、包括的評価の完了する今年の11月にはよりロバストな銀行システムが出現し、積極的な貸出を行いうるようになる点を強調した。

もっとも、その前提として、AQRまたはストレステストで自己資本不足が明らかになったとしても、ユーロ圏ないしEUとしてのback stopが存在しないとの指摘に対する回答には苦しい面もあった。つまり、ドラギ総裁は、関係国政府は適切な対応を取ることをコミットしており、ECBとしてはそれを信頼するというものである。

実際、欧州理事会は、昨年11月に包括的評価を議論した際、対象となる銀行の自己資本不足は、第一に市場で調達されるべきとした上で、次に各国の制度が発動されるべきことで合意した。それでも不足する場合は、ユーロ圏レベルでの手段を必要に応じて活用することとされた訳である。

ただ、ECBが単一監督当局となる以前には特にESMの発動にも制約があり、現時点でそれ以外に具体的な資金はないだけに、資本増強の役割は市場と各国政府が事実上分担することになろう。足許のようにセンチメントが良好であればまだしも、そうでなければ、仮に各国が制度を整えていたとしても、財政が脆弱な国では金融システムと財政の悪循環が再び意識されるリスクも残る。

本日のドラギ総裁による「premature」という発言は、実体経済だけでなく金融システムも念頭に置いたものであったのだろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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