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ECBのドラギ総裁による記者会見-Array of instruments

2013年12月06日

はじめに

ECBは、先月、HICPインフレ率の急減速に対して迅速な利下げで対応しただけに、今月が現状維持となったこと自体は予想通りであった。しかし、この間にECBの政策理事会メンバーが「非伝統的政策」の必要性を示唆したことに加え、今回ECBが公表した物価見通しが来年にかけて下方修正されただけに、結果的に追加緩和への期待を高めるものになったともいえる。

いつものように、ドラギ総裁の会見からポイントを整理しておこう。

ECBの見通し

今回公表されたECBスタッフによる経済見通しをみると、まず、GDP成長率は、2014年が+1.1%、2015年は+1.5%とされた。2014年について9月時点(+1.0%)からわずかに上方修正されたとしても、2015年になっても1.5%しか成長できないとの見方はやはり厳しい内容であると理解できる。

より厳しいのは物価見通しであり、HICPインフレ率は、2014年が+1.1%、2015年も+1.3%とされた。このうち、2014年については、9月時点(+1.3%)からさらに引き下げられた訳である。それだけでなく、今回の声明文は、今後数カ月のインフレ率が現状(因みに11月の速報は+0.9%)程度で推移するとの見方も示している。

ドラギ総裁は、本日の会見の中で、金融政策の効果が実体経済に現れるまでには時間的なラグがあることを再三強調した。しかし、ECBスタッフによるこれらの中期的な見通しには、先月の追加緩和の効果は当然に織り込まれているはずであることを考えれば、ECBにとってユーロ圏の経済状況は引続き厳しい。

追加緩和

このため、今回の会見では、特定国の政策を巡る問題を除くと、ほとんどの質問者が何らかの形で追加緩和の問題を取上げた。

まず、多くの記者が質したのは、今回の政策理事会で追加緩和に関する議論があったかどうかである。これに対しドラギ総裁は、追加緩和を求める意見は示されなかったとしつつも、追加緩和の多様な手段に関して、各々簡潔に検討を加えたことを明らかにした。

また、多くの記者が非伝統的政策の具体的な発動条件を質したことに対しては、当然ながらドラギ総裁は明言を避けつつも、今回の政策理事会では前回の利下げと現状のフォワードガイダンスが所期の効果を発揮しているとの見方で一致したことを説明した。

ただ、ドラギ総裁も、大規模なLTROの再発動については明確に消極的な考えを示した。つまり、ドラギ総裁は、3年物LTROを実施した当時は、民間銀行の資金繰りに高い不透明性があったため、資金供給が信用収縮の防止に高い効果を発揮したが、現在はこうした状況にはない点を強調した。併せて、これらのLTROは民間銀行による国債保有を実質的にファンディングすることで、結果的に民間銀行の収益を補填したことにも言及し、それを繰り返すことは適切でないとも述べた。

こうした議論に関しては、まず、ECBのコミュニケーションに関する課題を指摘しうる。すなわち、メディアの関心が追加緩和に集中した背景としては、景気見通しの内容が厳しかったことに限らず、先月の利下げ以降に政策理事会メンバーが「量的緩和」や「マイナス金利」の適否について意見を発信してきたことも少なからず影響している。だからこそ、本日の政策理事会における「簡潔な検討」にはギャップを感じた向きも少なくないのではないか。その意味でも-ドラギ総裁はなお検討に時間を要することを確認したが-政策理事会の議事について、何らかのフォーマットで要旨を公表することには少なからぬ意味があるように思われる。

その上で、次の追加緩和の具体的な手段に関しては、本日の記者会見を見る限り、フォワードガイダンスの明確化の蓋然性が高いという印象を受けた。

先にみたように、ドラギ総裁は、フォワードガイダンスが所期の効果を発揮していることについて政策理事会としてのコンセンサスがあることを示唆している。また、別な質問に対する回答の中で、金融緩和の効果が最も良く現れている領域として、EONIAや国債のイールドカーブを挙げ、ここを起点に銀行や非金融企業の資金調達コストを抑制したり、株価を含む資産価格を押し上げている点を強調したが、これらはフォワードガイダンスに期待される効果そのものである。他方で、今回の政策理事会での様々な非伝統的政策手段に関する検討が簡潔なものに止まったことは、「マイナス金利」などの各手段について、容易に問題点や副作用を指摘しうる状況の裏返しであったと理解することもできる。

もちろん、ドラギ総裁は、政策金利が文字通り0になっても、多様な政策手段(array of instruments)が手許に残されている点を市場に対して強調し続けなければならない立場にある。それでも、本稿でも再三みてきたように、実際に活用しうる手段がそう多くないことも事実である。

日本との違い

最後に、かつての日本との違いに関するドラギ総裁の見方に触れておこう。某社の記者(残念ながら日本人ではなかった)が、今後数年にわたって(ユーロ圏としては)低インフレが続くようだと、日本型の景気低迷を招くとの懸念を示したのに対し、ドラギ総裁は、1990年代末ないし2000年代初頭の日本経済と現在のユーロ圏経済には次の4点の違いがあると説明した。

第一に、ECBは迅速かつ果断(decisive)に金融緩和を実施した。第二に、ユーロ圏の大手銀行は、ECBがSSMの導入に先立って実施するAQRの結果を踏まえて、不良資産を含むバランスシート調整を前倒しで実施することが期待される。第三に、ユーロ圏の民間債務は、比較的早いペースで調整されている。第四に、ユーロ圏各国の政府は、金融危機後の早い段階で財政を含む構造改革を進めている。

これらのうちで第二の点については、AQRによって自己資本不足が明らかになった銀行へのback stopの問題も含め、現地でも疑心暗鬼が残っているように感じられる。しかし、残りの3点に関するドラギ総裁の主張は相応に説得力もあり、かつ、それだけ日本の経験を意識していることも示唆される。

実は、この質問者は同時に興味深い問題提起も行った。つまり、当面は低インフレの状態が続いても、インフレ期待は2%近辺で安定しているので、深刻なディスインフレないしデフレにはならないとするECBの主張を取上げ、インフレ期待のように不安定なものに依存して良いのかという疑問を呈したのである。ドラギ総裁は取りあえず足許で安定的であることを強調したが、もしもインフレ期待がアダプティブに形成されるものであり、実際のインフレ率がECBの見通し通りになったとすれば、インフレ期待はどう推移するのだろうか。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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