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ECBのドラギ総裁による記者会見-Significant change

2013年11月08日

はじめに

ユーロ圏のHICPインフレ率が急減速したことで、年内の追加緩和に対する期待はここ数日で俄かに盛り上がっていたとしても、ECBが本日の政策理事会で利下げに踏み切ったことは、市場の反応が示唆するように予想外であった。また、そのためもあってか、本日の記者会見では、ポイントが十分にカバーされなかった面もある。

そこで、今回はより広い視点から論点を加えながら、今回の利下げの意味合いについて検討したい。

利下げの根拠:ディスインフレ

ECBが追加利下げを決定したのは、声明文が明記しているように、インフレ圧力が今後も一段と低下し、低インフレが中期的に継続するリスクが高まったと判断したからである。こうした判断が正しければ、利下げを含む追加緩和に踏み切るのは当然のことである。

ここで議論になりうるのは、10月のHICPインフレ率がわずか+0.7%-ただし、日本にとっては十分に高いインフレ率だが-まで減速したとしても、過去の単月のデータで上記のような判断ができるのかという点である。実際、ドラギ総裁も会見の中で認めたように、本日の政策理事会でも、追加緩和の必要性に関しては全会一致であったが、利下げのタイミングに関しては、来月のデータを見てから決断すべきとの意見もあったとみられる。

政策理事会の多数派による判断を正当化するとすれば、ユーロ圏のHICPは9月の時点で+1.1%まで減速していた点を指摘することができる。しかも、その内容は実際に懸念すべきものであった。

まず、国別にみると、ドイツは+1.5%であったのに対し、イタリアは+0.9%、スペインは+0.3%というように問題国でのディスインフレが明確化していた。ちなみに、イタリアもスペインも、初夏以降に急減速が目立った。これらの国では、de-leverageが少なくともマクロ的には進捗していないだけに、ディスインフレが一段と懸念すべき事象であることは、日本人には自明であろう。さらに事態が進んでデフレに転じれば、債務者の実質負担を増加させることで、金融システム問題の解決を難しくするからである。確かに、ドラギ総裁が今日の会見で日本人記者の質問への回答として強調したように、ユーロ圏全体がデフレに陥ることはないとしても、上記の実績をみれば、個別国ベースではデフレの可能性も排除できない。

ユーロ圏のインフレ率には、地域面での問題だけでなく、種別面の問題も浮上している。つまり、この間の減速においては、エネルギー価格の落ち着きによってlevel effectが一巡した影響が大きい一方で、10月のHICPインフレ率を除くエネルギーで見ても+1.1%と、低インフレであることには変わりがない。その背後では、サービスや食料品、工業製品など幅広い価格で上昇率が大きく鈍化したことも確認できるからである。

ドラギ総裁が本日の会見の中で、インフレ率の減速が急速である点だけでなく、広範にみられることを強調していたのも、これらの事実を踏まえてのことと理解できる。

金融政策のコミュニケーション

一方で、本日の会見では、ECBによる金融政策のコミュニケーションを問題視する指摘も聞かれた。

今から振り返ってみると興味深いことに、実は、既に10月の政策理事会後の記者会見では、多くの記者がディスインフレに懸念を示し、ドラギ総裁に追加緩和の可能性を質していた。その意味では、メディアを含む我々にとって今回の利下げがサプライズになったことの方が奇妙で、ECBからみれば、ドラギ総裁が会見で強調したように考え方は一貫しているともいえる。

それでも、今回の利下げに関するコミュニケーションについては、いくつかの課題を指摘することも可能である。

第一に、ディスインフレの背景について、他ならぬECB自身が、エネルギー価格や為替動向といった短期的な要因の影響が大きいことを強調してきた点である。少なくとも10月の記者会見でドラギ総裁がこれらの要素を挙げていた点は、前回の本コラムを読み返すまでもなく明らかである。従って、市場関係者やメディアにとっては、ECBがディスインフレのリスクを一過性と考えているかもしれないと想像したとしても、それは仕方ない面もある。

第二に、ECBと市場の間で、判断材料が必ずしも適切に共有されていない点である。過去のインフレ率については、Eurostatのデータを丁寧にみれば、我々もECBと同様な情報を入手できる。しかし、10月のHICPインフレ率については、本日の時点では、ユーロ圏全体の速報値が公表されただけであり、先にみたような国や種類別のブレイクダウンはわからない。ドラギ総裁が強調した「広範な」動きが継続しているかどうかは、市場やメディアにはわからない訳である。

この課題についてより重要な問題は、ECBが本日の政策判断を下した時点で、景気や物価に対してどのような見通しを持っているのか-具体的には9月の見通しからどの程度下方修正したか-も、我々には明らかでない点である。この間、欧州委員会は秋の定例見通しを先頃公表し、来年の経済見通しをさらに引き下げたことが衝撃を与えただけに、ECBもある程度追随することは推測しうるが、次の定例改訂は12月である。実際、本日の会見でもこの点を取上げる質問があり、ドラギ総裁は12月まで待ってほしいと反応せざるを得なかった訳である。

フォワードガイダンス

ECBは今回利下げに踏み切った一方で、フォワードガイダンスについては現状維持のままとした。つまり、長期にわたって(extended period of time)、政策金利を現在の水準ないしそれ以下に維持することをコミットするものである。ECBによるフォワードガイダンスは利下げ方向のオプションを含むという意味で日米のケースと異なるが、これは、ECBの場合は政策金利が文字通りゼロになっている訳でない状況を反映したものである。

また、ドラギ総裁が本日の会見で再三強調したように、今回の利下げはこうしたコミットメントに対して整合的でもある。ただし、こうした柔軟性の裏側として、コミットメントとしての頑健性は多少犠牲になっていることも否めない。この課題は、今日の利下げを経て、政策金利はとうとう25bpまで低下したので、次の利下げをもって解消するはずと考えることもできる。その一方で、ECBには(後でみるように)corridorの運営に関する柔軟性の余地も残るだけに今後も課題として残ることも考えられる。

加えて、ECBのフォワードガイダンスにとって将来の課題となりうる点は条件面の明確化である。追加利下げの余地が益々少なくなったことに加えて、日米のような大規模な資産買入れが難しいことを考えると、追加緩和策としてフォワードガイダンスの強化は重要な選択肢となりうる。その場合、デュアルマンデートの下にあるFRBと違って、インフレ率以外の条件を新たに持ち込むことが現実的でないとすれば、例えば、当面の目途として、HICPインフレ率が安定的にX%を上回る-これは、ECBにとって目標である2%よりも下でも構わず、当面の目途として設定する-まで、現在の政策金利を維持するといったコミットメントが考えられる。

超過準備の減少とその対応

本コラムで再三にわたって取上げてきたように、LTROの期前返済は一時よりペースは落ちたものの続いている。超過準備(狭義)は既に焦点となった2000億ユーロを下回って、1900億ユーロ弱となっている。預金ファシリティの残高を加えた実効的な超過準備も2400億ユーロ程度まで低下している。

この点に関しては、ドラギ総裁は超過準備の量と短期金利には機械的な関係がある訳でない点を今日の会見でも強調した。ドラギ総裁のこうした主張には一定の合理性がある。なぜなら、これら両者の関係は、広い意味での市場機能に大きく左右されるからである。つまり、市場参加者の資金取引が円滑に行われているのであれば、短期金利が上昇し始める臨界点となる超過準備の水準は2000億ユーロよりも相当低くなるし、逆にドラギ総裁が多用するキーワードである"フラグメンテーション"が深刻であれば、超過準備を抱えた銀行も、それを使って他の銀行に与信をしないので、短期金利はもっと早い段階から上昇することになる。

ただ、ECBにとっての難問は、"フラグメンテーション"の度合いをいつも正確に把握することが難しい点である。この点も、かつての金融危機の経験を思い起こせば、日本人には理解し易いかもしれない。実際、今日の会見の中で、ドラギ総裁はユーロ圏のマネーマーケットのフラグメンテーションの改善傾向が3カ月ほど前から停滞しているとの認識を示したが、その根拠は必ずしも明確でなく、いわば多様な情報に基づく「総合判断」であることが示唆された。

そうだとすると、ECBには、短期金利が政策意図に反して上昇しないように、いわば保険的な措置を取っておくインセンティブも生ずる。実は本日の追加利下げには、こうした意味合いが込められている面がある。つまり、政策金利を25bp引き下げ、預金ファシリティ金利(0bpで不変)との金利差を50bpから25bpに縮小することで、短期金利が変動しうるゾーンを狭めるという考え方である。実際、ドラギ総裁も、corridorの(下側の)幅を縮めることが、EONIAのボラティリティ抑制に繋がるとの説明を行っている。

ただ、こうした政策意図が着実に実現するためには、EONIAがcorridorの下側のゾーンで推移するように-つまり、EONIAの事実上の上限が政策金利になるような市場調節を併せて行うことが必要となる。この点では、本日の政策理事会で決定されたMROの固定金利での全額割当ての期間延長といった措置だけでは不十分な面がある。また、だからこそ、市場では超長期のLTROの再現に対する期待が根強く存在する面がある。

LTROの期前返済の背景と対策

最後に、LTROの期前返済の背景と対策について、より広い視点から検討しておきたい。

前回の本コラムでも触れたように、ドラギ総裁は、LTROの返済が進んでいることをポジティブに評価してきた。つまり、問題国の銀行による資金調達能力が改善してきた結果、流動性の逼迫に対する懸念が和らいだので、銀行はECBに借りた資金を返しているという理解である。これに対して、市場には、銀行がstigmaを意識し、いわば無理して資金を返しているとの見方も根強く残っており、両者の立場が説得的な証拠を提示できていないことで、水掛け論になっていた訳である。

実は、ユーロ圏の銀行がECBに資金を返している理由については、これらの両論と整合的な事実として、貸出残高の減少が加速していることが注目される。この点は、今回の声明文が指摘しているように、ECBとしても、M3伸び率の急速な鈍化の背景として注視している。ただ、各国別のデータをみると、問題国だけでなく、ドイツやフランスでも企業向けを中心に貸出の減少が顕現化するなど、内容はマクロが示唆するより懸念すべき状況になっている。

この結果、ユ-ロ圏の銀行が見せている対応として、ECBに対する借入の返済だけでなく、昨年央以降、社債の発行残高を顕著に落としていることも注目される。しかも、このような動きも、問題国の銀行だけでなく、ドイツやフランスも含めて、主要国殆どにみられる傾向である。

これらの事実を整合的に理解する仮説として、ユーロ圏の銀行は総じて貸出の減少に直面し、余剰資金で資本市場とECBから借りた資金を返していると考えることができる。おそらく、社債は資金コストが高いだけでなく、規制の面でも預金等に比べて不利な調達手段である。一方、ECBからの借り入れは、名目的なコストは低いが、先にみたstigmaも勘案すれば、いわば心理的なコストは高いかもしれない。このように、各銀行は、一種のpecking orderに沿って資金を返していると理解することができそうである。

もし、この仮説に幾分かでも真実があれば、銀行がLTROを返している事象は、金融システムが安定化してきた証拠というよりも、景気の悪化、あるいは銀行機能の低迷による貸出の減少の結果に過ぎないことになる。さらに、この点のもう一つのインプリケーションは、LTROの返済が資金需要の減退による限り、単にECBがLTROを再現しても、前回のように大量の資金供給に成功するとは限らないことである。

これは、短期金利の上昇抑制との関係では厄介な事態である。つまり、今や超過準備の減少といったいわば技術的な問題だけでなく、物価や景気といった実体経済の観点からも、金利の抑制が一段と重要となっている状況で-しかも、単純な政策金利の引き下げ余地は25bpしか残っていない状況で-ECBが短期の市場金利を適切に誘導できるかどうかという問題になってきたからである。

筆者が9月末に欧州を訪問した際に、市場の実務家からは、固定金利の長期オペを実行することがECBにとって一つの打開策になりうるのではないかという指摘も聞かれた。銀行は総じて見れば資金需要が乏しくなっているが、通常のLTROのように将来の政策金利による変動金利ではなく、固定金利で長期に資金を供給すれば、それなりの需要が期待でき、超過準備の減少に歯止めがかかることに期待するものである。

終わりに

今回の声明文が示唆するように、ユーロ圏経済で低インフレが中期的に続くリスクが高まっているのであれば、今後も追加緩和の可能性は相応に残ることになるし、残された政策金利が25bpであることを考えると、いずれは非伝統的金融政策と呼ばれる手段のバリエーションが検討の俎上に上ることになる。

ドラギ総裁が、9月の欧州議会で金利上昇圧力を抑制するためにはいかなる手段も発動すると示唆したことが早くも現実のものとなりつつあるとすれば、我々もECBの政策理事会に対して再び以前のような注意を払わなければならないかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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