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ECBのドラギ総裁による記者会見-短期金利のコントロール

2013年10月03日

はじめに

今回の政策理事会は、域内持回りの慣行に沿ってフランス銀行(パリ)で開催された。そのためもあってか、出席した記者の関心は域内主要国-特にイタリア-の政治情勢の方に傾斜していた一方、当然ながらドラギ総裁はこうした議論に対応する立場にはない。

そうした制約の下ではあったが、質疑の中には、物価や超過準備の動きのように今後の金融政策運営に深く関連する内容も含まれていたほか、SSMの先行きに関する議論もあった。そこで、いつものようにドラギ総裁の会見でのポイントを整理しておきたい。

物価安定の評価

今回の会見では、上記の事情を反映してドラギ総裁がshort answerでやり過ごした質問が多かったこともあり、実に20人もの記者が質問に立った。そのうち数名が取上げたのが、インフレ率が過度に低下し、ECBが担う物価安定の目的とそぐわないのではないかという懸念である。

実際、9月のユーロ圏のHICPインフレ率は前年比で+1.1%にまで減速した。これは、先月に改訂した2013年見通しの+1.5%を下回っているだけでなく、+2%以下でそれに近いHICPインフレ率を目指すと言うECBのいう物価安定とはかなり異なる状況にある。しかも、ドラギ総裁が冒頭の声明で指摘したように、物価上昇圧力は中長期的にも弱い訳である。

ドラギ総裁も、こうした事実関係を認めた上で、足許のインフレ率には、商品価格の動き、間接税の引上げ、為替動向といった短期的な要因が大きく影響している点を強調した。つまり、以前はインフレ率の押し上げ要因であったこれらの要素も、水準効果が出尽くしたり、動きが反転したことで押し下げ要因として作用している面があるという理解である。その上でドラギ総裁は、経済主体のインフレ期待が安定的に維持されていることも再三指摘し、ディスインフレの懸念に対して否定的な見方を示した。

こうした反論は確かに合理的ではあるが、ドラギ総裁も認めるようにユーロ圏の景気はダウンサイドリスクの方がなお大きいとすれば、総需要と総供給のバランスの面からも押し下げ圧力が続くことになる。その際の「発射台」がここまで下がっていること自体は、ECBとしても決して心地良いことであるようには思えない。

超過準備の減少への対応

以前の本コラムでも取上げたようにLTROの期前返済は着実に続いており、現在の実効的な超過準備は2200億ユーロ程度まで低下しているとの指摘もある。いずれにせよ、本日も数名の記者が取上げたように、2014年の初めには超過準備が2000億ユーロまで低下するとの見方には相応の説得力がある。

そこで問題は、ECBは何らかの措置を取るべきかどうかであるが、この点は「枝問」に分けると考えやすい。

第一に、LTROの期前返済によって超過準備が減少していることをどう理解するかという問いである。本日のドラギ総裁の回答は、債務問題国の銀行による資金調達能力の改善を強調していた。つまり、流動性の逼迫が和らいだので、銀行はECBに資金を返しているので、前向きの動きと理解すべきと示唆していることになる(ただ、銀行による資金需要の低下が、貸出需要の低下にもよるのであれば、それは別の政策課題を示唆する)。もっとも、市場には、銀行がstigmaを意識し、いわば無理して資金を返しているとの見方も根強く残っており、両者の立場が説得的な証拠を提示できていないことで、水掛け論のようになっている面がある。

第二に、超過準備の減少に伴って短期金利の上昇圧力が高まった場合にどう対処するかという問いである。ECBの公式な立場は、声明文が示すように、必要であれば様々な手段を講ずるという柔軟ではあるが中立的なものである。ここで例えば、第一の「枝問」でみたように、超過準備の減少が金融システムの安定化の成果としてポジティブに評価できるならば、金利上昇も併せて受け入れるというオプションも理論的にはありうる。ただ、ユーロ圏の景気動向を考えれば、この状況で短期金利が上昇し始めるのは避けたいという考え方の方が説得的に見える。

そこで、次の課題はどの手段を活用するかということになる。ここには、市場関係者だけでなく、一部のECB高官も言及したLTROの再現というオプションが語られてきた。しかし、会見で2番目の質問がドラギ総裁の回答として引き出したように、今回の政策理事会では利下げというオプションも議論され、しかも意見の対立があったことが明らかになった。

現実には、フォワードガイダンスの下で金利上昇圧力の高まりに直面した場合、ECBはオペ手段-必ずしもLTROである必要はない-を活用して資金を供給し、圧力を低下させるであろう。その意味では、MROのような通常のオペとフォワードガイダンスがあれば十分という考え方もありうる。逆に言えば、利下げが必要であるとか、LTROのような長期資金の供給が望ましいといった意見の背後には、景気が脆弱なので下支えが必要であるとか、金利上昇圧力の背景にある超過準備の減少は、必ずしも金融システムの安定化によるものとは限らない、といったユーロ圏の金融経済に対する慎重な見方が存在する訳である。

SSMの先行き

ECBに域内金融機関の監督機能を集中するSSMに関しては、既に欧州議会を通過し、ECBによる事実上の準備作業は開始されているとされ、来年第3四半期からの実施が見込まれている。

今回の会見では、来年第1四半期に、その前段階として監督対象銀行に対してECBが実施するAQR(資産内容評価)や、EBAとともに実施するストレステストが取上げられた。つまり、問題が明らかになった銀行への対応が各国で揃っていないため、評価が「自己完結的」になるリスクへの懸念が示された訳である。

これに対しドラギ総裁は透明性と厳格さが信認確保の上で重要と述べた一方、各国政府に必要な措置の整備を急ぐよう求めている点を指摘したが、この点に関するECBの立場は強くないことを示唆している。また、記者の質問からは、過去にEBAが各国監督当局を取りまとめる形で実施したストレステストの透明性や厳格さに対する不信感も、残念ながら感じられた。

ドラギ総裁が強調したように、AQRやストレステストの具体的な内容は、今月下旬にECBが公表することになっており、それを見た上での議論でなければフェアでない。もっとも、それらが透明で厳格であったとしても、来年初の段階では、問題銀行に対する各国の対応が整合的でない中で、ECBがSSMの準備を進める蓋然性が相応に存在することになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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