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FRBのバーナンキ議長による記者会見-ゲームのルール

2013年09月19日

はじめに

大方の予想(筆者自身を含む)に反して、今回のFOMCはいわゆる「QE3」の現状維持を決定しただけでなく、ゼロ金利政策に関するフォワードガイダンスについても不変のまま維持した。しかも、FOMCメンバーによるGDP成長率見通しや利上げの予想パスの面で、前回(6月)と比べて慎重さの目立つ判断が示されている。

本コラムでは、こうした判断の背景とともに、今後の政策運営や市場への影響に関して検討することとしたい。

「QE3」継続の背景

バーナンキ議長が会見で再三強調した点を引用するまでもなく、FRBによる政策判断が米国経済の動向に依存することは言うまでもない。従って、「QE3」の見直しに踏み込まなかったということは、FOMCとして景気情勢に自信が持てないことの現れと言える。

その上で、会見での冒頭説明や質疑応答の内容を踏まえると、具体的には次の点がポイントになったと考えられる。つまり、(1)労働市場は改善しているものの、その度合いが十分ではないという判断、(2)財政政策の影響に不透明性があるとの懸念、(3)金融環境がタイトになったことの影響への心配である。

このうち(1)の点は、バーナンキ議長が会見で確認したように、失業率は低下し、雇用者数も相応に増加しているが、労働参加率や賃金率等の面で問題が残ることを指している。また、(2)の点は、財政支出のsequesterによって経済成長がマイナスの影響を受け続けることに加えて、バーナンキ議長が質疑応答で示唆したように、連邦債務上限の見直しを巡る政治的な混乱とその影響も意識されているとみられる。一方、(3)の点に関しては必ずしも詳細な説明がなされたとは言えないが、今回の声明文が示唆するように、この間の長期金利の上昇が住宅市場を含む実体経済に悪影響を与えるリスクを指していると理解できる。

これらの点はFOMCメンバーだけが理解していた訳ではなく、もちろん民間のエコノミストも市場関係者も既に熟知していた内容であって、皮肉なことに、これらの材料は我々にとっても至極もっともな内容となっている。おそらくだからこそ、今回の会見では記者の間から政策判断の妥当性自体に疑問を投げかける質問がほとんど見られず、むしろ静かな印象を与えるものとなったのであろう。

「QE3」運営の課題

しかし、我々自身も妥当であると思う判断をFRBと共有していたにも拘わらず、なぜ「QE3」の見直しを予想したのかという理由にこそ、今回の政策判断に関する問題が潜んでいるようにみえる。

その最も大きな理由は、FRBは「QE3」を失業率を軸に運営していると理解した点にあった。こうした理解は、バーナンキ議長が「QE3」の運営をデュアルマンデーとと関係づけてきただけでなく、労働市場のsubstantialな改善が「QE3」見直しの前提という説明を再三にわたって行ってきたことに基づく。その上に、ゼロ金利政策に関するフォワードガイダンスでは失業率との明確な紐付けがなされただけでなく、6月の記者会見の際には、「QE3」が終了する頃の失業率が7%程度になるとの見通しまで示した訳である。

つまり、我々も失業率だけが労働市場の指標ではないし、特に現在の局面では様々な歪みを含むことは承知の上で、FRBの政策運営における「ゲームのルール」として受け入れていた訳である。それが今回の政策判断において崩れた点の意味合いは決して小さくない。多くの記者が指摘したように、今後の「QE3」の見直しの軸が不明確になっただけでなく、ゼロ金利政策に関するフォワードガイダンスに対する信認にも少なからず影響することが考えられる。

前節でみた(2)の点、つまり財政の不透明性については、FRBと我々との間で受け止め方の深刻さに差異があったということかもしれない。一般に、中央銀行にとって、財政の不透明性を金融緩和の理由として明示的に認めることは言うまでもなく避けたいはずである。また、米国のようにそれが政治的な対立に基づく場合には尚更にそうである。それだけに、バーナンキ議長が会見で再三にわたってこの点に言及したことは、FRBによる認識の深刻さを示唆しているように見える。そもそも、「QE3」に関しては、昨年末に懸念された「fiscal cliff」への「保険」という理解も存在するだけに、「QE3」には財政の問題が付きまとう運命かもしれない。

最後の(3)も微妙な問題を含んでいる。5月に「QE3」の見直しに関する議論が本格化して以降、確かに長期金利は上昇し、株価は不安定化したという意味で金融環境はタイト化した。しかし、足許では「織込み済」との声も聞かれ、景気指標が好転すると株価が下落するという「tapering恐怖症」のような状況からも脱しつつあった訳である。そうした局面で(3)を理由に現状維持してしまうと、(1)の問題と同じく今後の軸を不透明にするだけでなく、FRBが景気に確信を持って「QE3」の見直しを本当に開始した場合の資産価格の「均衡値」の居所をわかりにくくすることも考えられる。

ゼロ金利解除への意味合い

FOMCメンバーによる今回の見通し改訂に関しては、冒頭に触れたGDP成長率とともに、政策金利の予想パスにも注目すべきであろう。つまり、今回初めて公表された2016年末の政策金利見通しは-かなりのばらつきはあるものの-2%付近に重心が置かれた形になっている。これを2015年末の予想-75bp付近に重心がある-と併せて考えると、FOMCメンバーは、少なくとも2016年までは年間に1%程度の利上げペースを想定していることが示唆される。

これは、FOMCが景気や物価の見通しを改訂する年4回の会合ごとに25bpの利上げを行うことに相当する訳である。つまり、かつてのグリーンスパン議長が行った「measured pace」の利上げ(毎回のFOMCで25bp利上げ)よりはるかに緩やかな、「super measured pace」であって、ゼロ金利解除後の利上げは早いという一部の見方とは大きく異なる。そして、このような理解が浸透した場合の第一義的な影響としては、米国金利のイールドカーブの今後の展開に対するものが想定される。

FOMCメンバーの多くがこのように慎重な利上げペースを予想する背景に関しては、少なくとも現時点では直接的な証拠に乏しい。ただ、バーナンキ議長が会見で触れたように、金融危機後の景気回復は脆弱になりやすいという予てからの自身の主張とは整合的であるし、その意味では、少なくともイールドカーブの中短期部分を寝かせておきたいと考えることには合理性もある。

結局のところ、金融危機後の景気回復は脆弱になりやすいというバーナンキ議長の主張こそが、「正常化」の第一歩としての「QE3」の見直しも、途中で後戻りするといった事態に陥らないよう、慎重に景気を見極めたいというスタンスに繋がっていると理解すべきかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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