1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁による記者会見-Thank you for…

ECBのドラギ総裁による記者会見-Thank you for asking

2013年09月06日

はじめに

米欧の中央銀行に対する注目度は昨年とは様変わりになっている。つまり、FRBに関しては、9月のFOMCに先立つ雇用統計(9月6日)から既に緊張モードに入る様子であるのに比べて、ECBへの関心には一服感がある。もちろん、それは欧州金融システムの不安定化に歯止めがかかったことや、短期金利の上昇圧力にフォワードガイダンスの導入で機先を制したことなどによるものであって、ECBにとってむしろ喜ぶべき動きと言える。

そうは言っても、ECB自身が認めるように、景気には依然として下方リスクも大きく、ドラギ総裁が指摘したように、政策理事会には追加利下げ論も残る状況である。このため、本コラムでは、秋以降の政策運営に関連するポイントを中心に、今回のドラギ総裁の記者会見での議論を整理しておきたい。

景気見通し

今回の声明文には、ECBスタッフによる定例の経済見通しが掲載されている。つまりGDPは、2013年が-0.4%、2014年が1.0%とされ、6月見通しに比べ、2013年は0.2%ポイントの上方修正であった一方、2014年は0.1%ポイント下方修正された。この間、HICPインフレ率は、2013年が6月見通しに比べて0.1%ポイント高い1.5%とされた一方、2014年は6月見通しと変わらず1.3%であった。

ECBによるこうした見通しはやや慎重と感じられるかもしれない。実際、第2四半期のGDP成長率は0.3%と、実に7四半期ぶりにプラスに転じたし、声明文が指摘するようにセンチメントに関連する指標には底打ちの兆しがみられる。また、中核にあるドイツの経済は堅調であるし、域内主要国の株価はイタリアを除いて上昇基調を辿り、米国より良いパフォーマンスを示している市場もある。

それでもECBが慎重に見えるのは、足許はともかく先行きに対して確信が持てないということであろう。例えば、ドラギ総裁は、今回の記者会見で、現在の景気回復において内需と外需がバランスしていることを望ましいと指摘したが、声明文が挙げた先行きのリスクの殆どは、国際金融市場のストレスや商品価格の高騰、輸出の伸び悩みなど外的要因であった。つまり、ここには、改善したと言っても金融システムの"fragmentation”などによって内需の力強い回復が望みにくい中で、外需に関わる要因に振り回されやすい構造には大きな変化がない、との見方が示唆されている。

フォワードガイダンスの強化

こうした景気認識もあって、今回の会見では多くの記者がフォワードガイダンスの強化の可能性やその方向性について質問した。まず当然予想される議論として、FRBやBOEのように、インフレ率だけでなく雇用のような実体指標を条件に取り込んではどうかとの指摘があった。これに対しドラギ総裁は、ECBの場合、物価安定のみを目的とする組織であるだけに、他の要素を明示的に持ち込むことは難しい点を強調した。

また、FRBやBOEのように、特定の経済指標に関する定量的条件を設けてはどうかとの指摘もあった。ドラギ総裁は、各国の経済状況により最適な選択は異なるとした上で、定性的な条件が望ましいというのが政策理事会のコンセンサスであると述べるに止まった。そこで理由を推測すると、例えばユーロ圏のunderlyingなインフレ圧力が強いことが関係しているかもしれない。先にみたように、ECBが定量的な条件を設けるとすればインフレ率に関するものとなろうが、商品市況が少し上がっただけで2%のインフレが実現しうる現状をみると、むしろ条件が早期に満たされるとの思惑を呼び、不必要なtighteningを招くリスクが無視しえないかもしれない。

これらの点に比べ、別の記者が提案したように、経済見通しの対象期間を長期化することで、超低金利政策の「時間軸」を実質的に延長することの方が、ECBにとって現実性は高いし、実際にドラギ総裁も相応の関心を示したように見えた。実際は、次回の12月見通しになると、2015年の展望を新たに含むので、その分だけ「時間軸」は機械的に伸びるが、もう少しアドホックではない形で対応することも考えられる。

なお、筆者が個人的に興味があったのは、BOEのように金融システムの安定度合いをフォワードガイダンスの条件に加えることはできないかという指摘である。この点を提示した記者によれば、ユーロ圏では金融システムの機能不全が問題である以上、こうした要素も加味すべきとの考え方であり、それ自体には相応の合理性も認められる。もっとも、ドラギ総裁は、やや一般的な視点から金融システムの安定維持は金融政策でなくマクロ・プルーデンス政策の担当分野であるとした上で、SSMのように別な枠組みの下で政策が整備されていると述べるに止まった。マクロ・プルーデンスの枠組みによって、fragmentationのような問題が果たして改善していくかどうかは興味深いし、究極的にはSSMにおけるECBの実際の役割に関わる点であろう。

なお、金融政策に対する期待のコントロールという点では、先月の政策理事会の際に浮上した「議事要旨」の公表問題も関連している。今回の記者会見でも、この点に関する検討状況を問う質問が見られた。ドラギ総裁の回答は、(1)ECBの場合、政策理事会メンバーが域内国の出身者であるため、独立的な視点を維持する観点から、個々の発言を明かすことは難しい、(2)議事概要(minutes)という語でなく、"accounts(説明物)”という表現を当てている、(3)この秋に政策理事会で決議する、といった内容であり、最終的な決議内容をある程度示唆するものであった。

OMT

今回の記者会見の最後の質問者は日本の記者であった。しかも、ECBによるOMTは昨年夏にアナウンスされて以降、1回も実際に活用されていないのに、金融システム安定に大きく貢献した理由をどう理解すれば良いか、と言う興味深い内容の質問を行った。

ドラギ総裁は、最初は皮肉を込めた質問と理解したためか、斜に構える面もあった。しかし最終的には、強力で信頼感のある枠組みになっている点が大きいと指摘するとともに、強力さの根源は問題国によるユーロ圏からの離脱リスクに的確に対応したこと、信頼感の根源はOMT発動にconditionalityを付加したことに各々基づいていると説明した。

確かに、質問者が示唆したようにOMTをQE3やQQEと並列させて効果を比べることは難しい。OMTは金融システム安定化策である一方、QE3やQQEは金融政策だからである。一方で、ドラギ総裁が、金利を抑制するために国債を大量に買入れる選択肢について、財政ファイナンスの疑義がありECBには難しいと再度指摘した点は、今後の政策を考える上でヒントになりうる。ドラギ総裁がこの質問者に"thank for asking”と述べたように、筆者も この大事な点を提示してくれたことに感謝したい。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています