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日銀の黒田総裁による記者会見-消費税率の引上げ

2013年08月09日

はじめに

日銀は、昨日の金融政策決定会合(MPM)で「量的・質的金融緩和」の継続を決定した。また、声明文においては、海外経済の先行きと国内のインフレ期待に対する評価を若干引き上げた。これらは概ね予想通りの内容であったが、昨日の記者会見における議論は決して退屈なものとはならなかった。そこで、本コラムでは、議論の焦点となった問題について検討することとしよう。

財政の健全化

今回の記者会見では、極めて多くの質問が様々な角度からこの問題を取上げた。まず、数名の記者が、消費税率の引上げが日銀によるインフレ目標の達成にとって障害となるかどうかを質問した。実は、消費税率の引上げがインフレ期待を煽るようであれば、皮肉なことにインフレ目標の達成をむしろ促進することも考えられる。しかし、おそらく質問者は、景気への悪影響を通じてインフレ目標の達成が難しくなるリスクを意識したのであろう。

この点に関する黒田総裁の回答は明快であった。つまり、MPMメンバーは7月に経済見通しを改訂する際には、消費税率の2段階引上げが予定通り進められることを織り込んでいた訳である。その上で、黒田総裁が強調したように、MPMメンバーの見通しによれば、2014年度と2015年度のGDP成長率は我が国の潜在成長率を上回るとされている。こうして、日銀は、消費税率が予定通り引上げられても、インフレ目標が達成されると予想しているのである。

それよりも少し厄介な質問として、一部の記者は、消費税率引上げが遅延すると、「量的・質的金融緩和」の運営に支障が生ずるかどうかを質問した。ここでも実は、消費税率の遅延によって経済成長の鈍化が回避されれば、むしろ「量的・質的金融緩和」の運営は楽になることも考えられる。しかし、おそらく質問者は、市場の懸念を通じた副作用を意識したのであろう。

実際、このような質問が提示された背景には、消費税率を予定通り引上げることへの慎重論が急速に台頭した結果、安倍首相が様々なオプションを検討するよう指示したことが影響しているのであろう。慎重論は、折角見られ始めたデフレ脱却の兆しをつぶしたくないのであろうし、予定通りの遂行を支持する議論は、中長期的な財政危機の回避を重視しているとみられる。なお、報道によれば、検討されるオプションには、小刻みで連続的な引上げが含まれ、インフレ期待への影響と言う意味でも興味深い。

元の質問に戻ると、黒田総裁は、財政政策がどのようになろうが、日銀はインフレ目標の達成のために「量的・質的金融緩和」を粛々と続けると回答した。これは政治的に正しい答えであるが、日銀は実際のところ、消費税率の引上げを暗黙のうちに示唆している。なぜなら、MPMメンバーによる2013年度の経済見通しは強気であり、これに基づけば、本年第2四半期のGDP改訂値に基づいて消費税率引上げが最終的に決断されることになるからである。

黒田総裁は、関連質問に対して、日銀と政府による共同声明-「量的・質的金融緩和」の導入時に確認されたもの-には、政府が財政健全化に長期的な視点から取組むというコミットメントが既に含まれることに注意を喚起した。

最後に黒田総裁は、市場に財政規律の喪失やfiscal dominanceへの懸念が広がった場合、長期金利が上昇する可能性にも言及した。つまり、「量的・質的金融緩和」によって長期金利を抑制しようとする政策意図が、こうした金利の上昇によって損なわれるリスクがあることも認めた訳である。

インフレ期待

本コラムの読者にしつこいと言われそうだが、日銀にはインフレ期待を正しく捕捉し、それをフォローすることが求められている。このため、数名の記者がインフレ期待の捕捉に関する質問を行った。

技術的には、日銀ですら、BEIを活用することには難しい面があることを認めている。なぜなら、BEIを抽出する元になる物価連動国債の市場には、市場流動性に著しい問題があるからである。また、より一般的には、長年の低インフレないしデフレに我々があまりにも適合したために、BEI以外のサーベイ調査の結果についても、当面は解釈が難しくなっている可能性もある。

だからと言って、日銀はインフレ期待の捕捉やフォローをあきらめることは許されない。インフレ目標の達成という目的のために「量的・質的金融緩和」を実施している以上、その成否に関する評価はインフレ期待の動向に大きく依存するからである。

その上で興味深いことに、日銀は今回の声明文でインフレ期待の若干の上昇を示唆している。このため、ある記者はその根拠を具体的に示すよう求めた。これに対する黒田総裁の回答は必ずしも明確ではなかった。つまり、7月の展望レポートに盛り込まれたようなサーベイ調査を、全体的かつ基調的に評価したことの結果であると説明したのである。

長い目で見ると、「量的・質的金融緩和」の運営の透明性を向上させ、政策効果を最大限発揮しうるようにするためには、日本の文脈の中で「真」のインフレ期待との相関が高い指標を、数を絞り込んだ形で活用するといった対応が考えられる。

海外の景気

昨日の記者会見の残りの時間は、主として外需の見通しを巡る議論に費やされた。確かに、多くの記者は日銀が示した内需に関するやや強気の見通しにも納得しているように見える。それでも、一部の記者は外需の先行きに対する懸念を表明した。

この点に関する最も大きな心配は、海外経済の回復が引き続き捗々しくないことである。黒田総裁も、ユーロ圏諸国や新興国の景気回復が遅延していることを事実上認めたが、その上で、MPMメンバーのコンセンサスとして、これらの諸国も緩やかに回復するし、米国の回復も底堅いという見方を再度強調している。

これらに関連する質問として、仮に輸出が減速した場合に、内需の好循環にも悪影響が生ずるかを問う向きもみられた。これに対して黒田総裁は、足許の輸出が増加している点を指摘したが、円安による企業収益の増加も併せて重要なポイントであろう。つまり、企業収益の増加が例えば賃金の増加に繋がれば、消費者マインドの好転に貢献しうる訳である。その上で、黒田総裁も認めたように、企業収益の増加が国内での設備投資に繋がるかどうかについて判断を下すことには、時期尚早という面がある。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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