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BOEによるフォワードガイダンスの導入

2013年08月08日

はじめに

イングランド銀行(BOE)は本日、8月のInflation Reportと同時に、フォワードガイダンスの導入を発表した。その内容は「時間軸政策」に慣れ親しんだ日本人の眼からみても込み入って、やや分かり難いものになったし、狙いや背景についても必ずしも多くの情報が出回っている訳ではないように見える。

そこでコラムでは、(本当に久しぶりにみた)BOEのInflation Report に関する記者会見での質疑も参照しながら、その経緯や背景、具体的な内容とそのインプリケーションなどを検討することとしよう。

経緯

BOEによるフォワードガイダンスの導入の経緯は、少なくとも今年の3月まで遡ることができる。つまり、イングランド銀行法に基づき、英国では、少なくとも1年に一度、蔵相がインフレ目標の妥当性等を再評価した上で、BOEのMPCに対してRemitを送達している(なお、これは、BOEがインフレ目標を達成できない場合に、総裁が蔵相との間でやり取りするLetterとは異なる)。

そこで、今年3月のRemitでは、オズボーン蔵相が2%のインフレ目標を再確認した上で、(1)他国の例も踏まえつつ、新たな非伝統的政策の必要性を判断すること、(2)インフレ目標に関する中間的な閾値(intermediate threshold)を設けることのメリットを評価することを求めていた。これらは、Remitの別添部分で具体的に敷衍され、より効率的に(経済主体の)期待に影響を与え、政策目的を達成するために、中間的な閾値を含むフォワードガイダンスを導入することが適切か否かを明示的に検討することが求められていた。

後の議論のために付言しておくと、中間的な閾値とは、2%のインフレ目標達成に向かう途上での到達点である。このように書くと、我々日本人は、例えば1%といったインフレ率を想起するかもしれない。しかし、英国の場合は現時点でインフレ目標は上方に破られている(因みに6月のCPI上昇率は2.9%であった)ので、中間的な閾値といった場合、インフレ率が2%に「減速」する前に達成される何らかの条件となる。しかも、後にみるように、その条件はインフレ率自体であるとは限らない。

話を元に戻すと、上記のRemitにおいて、オズボーン蔵相は、MPCが8月のInflation Reportにおいて、これらの要請に対する回答を含むMPCとしてのRemitを示すことを求めていた(もちろん、実際の表現は、英国流の上品で込み入った表現になっている)。このため、ある意味では、Inflation Reportの発表日である本日にBOEがフォワードガイダンスの導入を発表することは十分予想されていたし、実際、新任のカーニー総裁も、7月MPCの直後にこうした可能性をかなりはっきりと述べていた訳である。

ただし、BOEが公表文等で明示しているように、本日公表されたフォワードガイダンスの内容は、実は8/1日に開催されたMPCで決定済であった。言うまでもなく、フォワードガイダンスの導入は金融政策に関する決定であり、その主体がMPCである以上、導入の決定がMPC以外の場で行われることは考えられない。そうであれば、わざわざInflation Reportの公表日である本日まで引っ張らなくても良いようにも思える。オズボーン蔵相の求めに沿ったのかもしれないし、本件の説明には(Inflation Reportの公表時には必ず行われる)記者会見が必要という判断だったかもしれないが、この点は腑に落ちないと感ずる方もおられるのではないだろうか。

内容

BOEが今回採用したフォワードガイダンスは、失業率を軸とするものである。つまり、失業率が7%まで低下するまで、政策金利を現在の0.5%より上げないことをコミットしている。しかも、失業率が7%より高い間は、(1)さらなる資産買入れを行う用意がある、(2)資産の売却は行わず、保有資産の償還分による再投資を行う、こともコミットしている。その上で、これらのコミットメントは、次のような”knock-out”条件が満たされた場合には停止されるとしている。

1) 今後18~24か月の間に、CPIインフレ率が2%のインフレ目標を0.5%ポイント以上上回る可能性が高いとMPCが判断した場合
2) 中期的なインフレ期待が十分な安定を維持しなくなった場合
3) 金融政策のスタンスが、FPCやFCA、PRAが活用可能な広範な政策を以ってしても安定化しえないほどに金融システム安定を脅かすと、FPCが判断した場合

内容の議論に入る前に、若干の説明を加えたい。第一に、BOEは2%のインフレ目標を維持した上で、失業率を軸とする政策の枠組みを導入した。この7%という失業率こそ、Remitで言及されていた中間的閾値に当たる。つまり、インフレ率が2%に減速する前に通過する経済条件である。また、カーニー総裁が記者会見で再三強調したように、これはあくまで閾値であり、失業率が7%を下回れば自動的に利上げという位置づけではない。

第二に、BOEによるコミットメントは、単に現状の緩和政策を維持するだけではない。つまり、失業率が7%を上回る限り、資産買入れを増やす用意があることをコミットしていることに注意すべきである。本稿の読者は、7月にECBが導入したフォワードガイダンスを想起されることであろう。ECBも、現状維持だけでなく緩和強化の可能性をコミットする枠組みを採用した。

第三に、knock-out条件の1)は一時的であり、カーニー総裁も2%というインフレ目標の妥当性は変わらず、BOEの目標はあくまで不変であると説明している。その意味では、FRBが、景気の浮上を優先する間はインフレ目標に上方にallowanceを設けることと、意味合いの面でもallowanceの絶対幅の面でも同じである。

背景・狙い

それでは、BOEがフォワードガイダンスを採用した理由をどう考えれば良いであろうか。この問いに対する形式的な答えは、先にみたように、オズボーン蔵相が新たな非伝統的金融政策-具体的にはフォワードガイダンス-を検討するよう求めたことにある。

しかし、より本質的には、BOEが掲げる三つの狙いに注目すべきであろう。すなわち、第一に、インフレと失業のトレードオフに関するMPCの見方を透明にする、第二に、景気回復期の金融政策に関する不透明性を減少させる、第三に、インフレや金融システムの安定をリスクにさらすことなく、MPCが景気拡大を図る枠組みを提供する、といった点である。これらは、上にみたフォワードガイダンスの内容に照らして自明と言えるであろう。

つまり、カーニー総裁が記者会見でも強調していたように、本日公表されたフォワードガイダンスはBOEの政策運営の考え方を明確化し、透明性の向上を図ったのであって、追加的な金融緩和ではないということになるが、ここには議論の余地もありそうである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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