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ECBのドラギ総裁による記者会見-議事要旨の公表

2013年08月02日

はじめに
昨朝のFOMCと同じく、ECBの今回の政策理事会も、景気や物価の見通しの定期的見直しもなく、しかも前回に大きな政策変更を行った直後であっただけに、この間に入手できた経済指標や市場の動きを淡々と評価する場となるはずであった。その肝心の経済指標にも基調的に異なるものはみられず、ドラギ総裁自身が述べたように、センチメントに低位安定の兆しがみられたことが変化といった程度であった訳である。

しかし、会合直前の日になって、理事会メンバーの一部のみならずドラギ総裁自身が議事要旨公表の必要性に言及したことで、今回の会見に出席した記者だけでなく、市場関係者に新たな論点を提示することになった。そこで、本コラムではこの点に焦点を当てつつ、先に導入した(weak fromの)フォワード・ガイダンスの運営に対するインプリケーションも含めながら検討することとしたい。

議事要旨の公表:慎重論
ロイター等の報道によれば、7月30日付けのドイツ国内紙がクーレ理事とアスムセン理事による議事要旨の公表を支持するコメントを掲載した後、同じ新聞が、ドラギ総裁もそうした考えを支持していると報道した模様である。

金融政策決定会合が開始されて以来、議事要旨が定着している我が国の市場関係者にとっては「いまさら」という印象もあろうが、ECBには固有の難しさが存在する。つまり、本日の会見でもドラギ総裁が再三説明したように、ECBの理事会を構成するメンバーは出身国の利害を超えた「コスモポリタン」として、ユーロ圏全体の視点から政策を判断することが求められる。しかし、議事要旨が公表され、日米英のように各メンバーの投票行動が明らかになると、出身国(特に政治家)の圧力にさらされ、上記のように「ユーロ圏のために」判断を下すことができなくなるという懸念がある。

こうした説明には説得力があるだけに、ドラギ総裁も含む理事会メンバーが、同時に議事要旨の導入に支持を示したことは、少なくともユーロ圏の記者や市場関係者にサプライズとなったようだ。

議事要旨の公表:積極論
このような「心変わり」の背景として、ドラギ総裁が記者への回答の中で述べたように、コミュニケーション・ポリシーは不断に改善が必要といった一般論があることは言うまでもない。しかし、上記のような慎重論はECBの発足当初からあり、しかも、この点を巡る環境自体に変化があった訳ではないだけに、「なぜ、今この議論なのか」という疑問に対する答えは別に求める必要があろう。

今回の会見では、多くの記者の質問に対して、ドラギ総裁も詳細な議論は時期尚早と述べたので、残念ながら具体的なヒントが得られた訳ではない。そこで、こうした制約を踏まえつつも、可能性のある原因を並べてみると次のようになる。

第一に直近のケースからの反省である。ドラギ総裁は、前任者ほどでないにせよ、金融政策の先行きに対して前以ってコミットすることを避けてきた。それでも、前回の政策理事会では突如としてこうした「伝統」を自ら覆した訳である。日銀の「QQE」のようにショック療法を企図するならともかく、そうでなければこうした政策判断は透明性を欠くし、政策効果の浸透をむしろ遅らせるかもしれない。そうでなく議事要旨の公表を通じて、政策判断を前広に伝えた方が良いという判断に至ったことが考えられる。

第二にフォワード・ガイダンスの円滑な運営である。前回の政策理事会で決定され導入されたECB版のフォワード・ガイダンスは、今回も全く変わりなく維持され、超低金利政策の解除条件としての経済指標や絶対時間が示されないという意味で「weak form」である。FRBの経緯を見れば、景気回復が思わしくない限り、これから徐々に強いコミットメントへ進むことが考えられ、筆者もその可能性が相応に高いと考える。ただ、域内の中央銀行が条件面でコンセンサスを形成することの難しさはFRBの比ではないし、他ならぬFRB自身が経済指標による条件付けに苦悩し始めたことをみても、ECBが慎重になる可能性も否定できない。

そうなると、weak formのフォワード・ガイダンスを維持しつつ、市場と円滑な対話を維持する上では、(議事要旨には限らないが)コミュニケーション手段を強化しておくことに意味が出てくる。つまり、本日の記者会見でもドラギ総裁が言及したように、現在のようなweak formのフォワード・ガイダンスが効果を発揮するためには、景気や物価に対するECBの「政策反応関数」を、市場関係者が正しく理解することがより強く求められる。議事要旨の公表がこうした点で大いに役に立つことは言うまでもない。

第三に、もしかすると、ECBの理事会メンバーの中には、先にみた慎重論と全く逆の背景により、議事要旨などを通じて個々人の意見や投票行動を自国にアピールしたいという考え方もあるかもしれない。確かに、最初に支持を表明した両理事やドラギ総裁がこうした考え方には組みしないとしても、例えば、危機対策を通じたリスクを取らされている中核国の出身者といった立場に立てば-自国の政治からの独立性と言う点で深刻なリスクを内包するものの-アプリオリに排除するのも適切ではなかろう。

議事要旨とフォワード・ガイダンスの設計
ECBの首脳部がこれだけ明確に議事要旨の導入に支持を与え、かつ今回の記者会見でも、ドラギ総裁が本年秋には執行部による案を検討すると言っている以上、今回は導入に向かう動きが進むのであろう。

それでも、国際機関でもあるECBの議事要旨をどう設計すべきなのかという難問は決してなくならない。例えば、政策判断のための個々のメンバーの意見をいつどこまで明らかにするかは、先にみたようにそれ自体が対応の難しい問題であると同時に、ECBの政策理事会に根強く残る「全会一致」主義をどこまで維持するかという問題にも関わり、一段と複雑である。

一方、何らかの事情で、フォワード・ガイダンスにおける解除条件を経済や物価の指標に紐付けるというように具体的なものに変更しうるのであれば、少なくとも現時点では議事要旨を通じた情報開示を一気に充実させなくても良いという判断の余地も出てくることになる。その場合、参照する指標は、ECBスタッフが従来と同じように四半期ごとに改訂する経済と物価の見通しとなるであろう。

要するに、現在のECBにとって、議事要旨の導入とフォワード・ガイダンスの運営は相互に密接な関連を有する訳であり、ドラギ総裁の述べた「本年秋」には、単に議事要旨の導入に止まらず、政策の枠組みを相応に変化させることも考えられる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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