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日銀の黒田総裁による記者会見-Recovery on track

2013年07月12日

はじめに

大方の予想通り、日銀は、4月に公表した経済・物価の見通しをほとんどそのまま据え置いた。また、先月の会合時点に比べると、国債利回りのボラティリティも相当低下しただけに、政策対応を議論する必要性も乏しかった。こうした点からみて、今回のMPMの結果が直ちに大きな関心を呼ぶことはないであろう。それでも、経済・物価の見通しの中間評価の内容を含め、今後の政策運営に関連するポイントをいくつか挙げることができる。

日本経済の「回復」

今回の記者会見では、日銀が経済活動の現状を「回復」と表現したことが、2010年以来の久しぶりのことである点を取上げる記者が多かった。黒田総裁も、質疑の中で、今回MPMメンバーが「回復」という用語を使用することに合意した理由として、ミクロ的には区々な動きもあるものの、日本経済全体としては自律的な改善の動きが確認できたことを指摘している。

より具体的には、つい先頃公表された6月短観の結果が、こうした判断を後押しする上で重要な役割を果たしたものとみられる。特に業況判断において、企業経営者のセンチメントに改善の兆しが確認されたことや、本年度の設備投資計画も、取りあえず現時点では良いスタートを切った点などが焦点となったのであろう。

このように、企業部門の経済活動に力強さが増してくることは、日銀にとってとりわけ心強いはずである。なぜなら、「量的・質的金融緩和」の導入から最近に至るまでは、個人の消費と企業の設備投資との間に区々な反応が現れていたからである。そこでもしも、企業が家計による経済活動の拡大に加わることになれば、日銀としても、景気の回復がより盤石であると判断することができる。

その一方で、日銀も過度に楽観的になっている訳でもないようだ。MPMメンバーは、今回の「回復」が依然として緩やかであると表現している。また、黒田総裁も、記者会見の中で海外経済に大きな不透明性が残ることを認めている。すなわち、日銀は上にみたように景気の緩やかな拡大をメインシナリオに維持しつつも、tail riskも意識しているということであろう。もしも日銀が追加緩和を余儀なくされる事態に陥ると、政策手段や政策運営の戦略の面で極めて難しい状況に直面することは、既に本コラムで指摘した通りである。我々日本人としては、海外の当局が誤りなく政策を運営してくれるよう、日銀とともに祈る他にないかもしれない。

インフレ期待

今回の記者会見のもう一つの焦点は、インフレ期待の変化をどのように評価するかという点であった。これは、黒田総裁による「量的・質的金融緩和」の下で、インフレ期待を生み出すことに主眼が置かれていた以上、自然な成り行きと言える。つまり、インフレ期待の状況に基づいて、「量的・質的金融緩和」のパフォーマンスを評価することができるという理解である。

それでも、以前の本コラムで検討したように、インフレ期待の推移を追うことには技術的なハードルが存在する。少なくとも現時点では、景気や物価の動向が区々であるだけに、消費者と企業経営者とのインフレ期待は相応に乖離しているのであろう。また、「量的・質的金融緩和」に対して比較的早くかつ大きく反応した個人のインフレ期待も、奇妙なことに、ここへ来て低下の動きを見せている(株価との強い相関を見せている)。

金融市場におけるインフレ期待の推計には、一段と難しい面がある。例えば、日本の物価連動債の市場はBEIを推計するのに十分な市場流動性を有するとは信じられていない。黒田総裁もインフレ期待の推計に相応しいデリバティブの市場も、少なくとも現時点では十分な市場流動性を持っているとは言えないと述べている。このように金融市場のインフレ期待が適切に推計しにくい点は、日本にとって大きな問題である。なぜなら、一部の市場関係者こそが「量的・質的金融緩和」に強く懐疑的であるからである。

多少飛躍して考えると、日銀にとっては、むしろインフレ期待の測定に関するdetailにあまり深入りしないようにする方が良いかもしれない。マクロ経済指標としてのインフレ期待はGDPギャップに即して動くと考えることができれば、日銀としては、経済成長の動向自体により強い注意を向けておくこともできる。

これらの議論は「量的・質的金融緩和」の戦略に対する意味合いを持ちうる。黒田総裁が最初に強調したように、日銀としては、「量的・質的金融緩和」の導入自体によってインフレ期待に影響を及ぼすことを企図していた。しかし、それはあくまで導入時のことであり、いわば第2段階に入れば、インフレ期待は総需要と総供給により強い影響を受けるとみられる。こうした考え方の方が、インフレ期待の劇的な改善はないとしても、当初懐疑的であった市場関係者も含めて支持されやすいのではないだろうか。

Forward guidance

ECBやBOEの政策措置を踏まえて、日銀もforward guidanceを採用すべきという指摘がある。しかし、実際は日銀も既にforward guidanceを採用しており、2%のインフレ目標が安定的に達成されるまでは「量的・質的金融緩和」を継続することを約束している。

議論がやや混乱気味になった理由の一つは、記者会見で質問者が指摘したように、日銀による現在のforward guidanceは政策金利でなく、資金供給量についてのものである点かもしれない。もちろん、通常の金融環境の下では、大量の超過準備を生むような資金供給の約束は、政策金利をゼロに維持するという約束とほとんど同じ効果を発揮するはずである。

その上で、短中期金利のボラティリティに対する効果の面では違いが生ずることもあるかもしれない。政策金利に関するforward guidanceが中短期金利の安定化に資することは、日銀による最初の「時間軸政策」によって確認されている。これに対し、資金供給量に関するforward guidanceの場合は、この間の国債利回りのボラティリティを念頭に置けば、その効果はなお検証すべき点が残されているかもしれない。

このような検討に基づくインプリケーションの一つとして、政策金利に関するforward guidanceをマクロ金融安定策として活用することも考えられる。例えば、FRBが、政策金利に関するforward guidanceを行いながら、いわゆるQE3を減衰させていくとすれば、それは典型的な事例と言えるかもしれない。すなわち、金利上昇自体はある程度仕方ないとしても、それに伴う不必要なボラティリティは避けようと言うことである。我々の金融システムに照らしてみれば、短中期の国債金利が何らかの理由で不安定化した場合にこそ試すことができるかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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