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ECBのドラギ総裁による記者会見-金融政策にできること

2013年06月07日

はじめに

前回の記者会見でドラギ総裁が示唆したABS市場の育成策-中小企業向け貸付の活性化に向け、EIBと協力して買入れを行うとされていたもの-に対する期待は早い段階で後退していた。しかも、ESCBスタッフによるGDP成長率見通しが悪化し、先行きも外需頼みの状況が確認されただけに、今回の記者会見は、問題国の記者からフラストレーションが示されるなど良い雰囲気ではなかったように見えた。気の重い展開だが、本コラムはいつも通りポイントを検討したい。

経済の見通し

ESCBスタッフによるGDP成長率の見通しは、本年が-0.6%、来年が1.1%と、本年3月時点(レンジの中央値:本年が-0.5%、来年が1.0%)に比べると、本年がわずかに下方修正され、来年がわずかに上方修正された。その理由についてドラギ総裁は、今回の声明文を引用する形で、足許の経済指標の悪化を織り込んだことを挙げている。その上で、先行きについては、世界経済の回復に伴う外需の増加と、国内での政策効果の波及(緩和的金融環境や金融システムの安定化)やインフレ抑制による実質購買力の増加などを背景とする緩やかな回復との見方を維持している。

ただ、声明文も認めるように、先行きにはダウンサイドのリスクの方が大きいとされており、この点は世界経済の先行きだけを取り出してみても、皮肉なことに多くの支持を集めることとなろう。

こうしてECBは、景気がさらに悪化するリスクを認めつつも、追加的な金融緩和を実施しない選択肢を取った訳である。その理由づけを推察すると、まずは、5月の政策理事会で実施した利下げ(50bp)の効果を見極めたいという説明が考えられる。実際、ドラギ総裁は、今回の政策理事会での議論に関する記者からの質問に対して、その主眼が政策判断というよりも経済や物価の状況についての詳細なレビューであったことを示唆している。

いずれにせよ、ECBがこの経済状況で追加緩和を見送っても、ユーロ圏の金融市場が大きく動揺する訳ではなくなった点は、つい1~2年前のことを思うと隔世の感もあるし、それ自体は歓迎すべき事実である。もちろん、ドラギ総裁が強調したように、背景には欧州の金融システムが安定化したことが挙げられる。

同時に、ECBが取りあえず「inaction」を維持することは、域内国の政府に対し、景気悪化に歯止めをかける政策対応-短期的には、欧州委で検討してきた「柔軟な財政運営」、長い目で見れば財政健全化や競争力強化-の実施を促す面もある。この点も、後になって振り返れば、必要なプロセスであったと言えるかもしれない。

それでも、ユーロ圏に低成長を再び根付かせることは、当然に副作用を伴う。第一に、最後には財政赤字のサステナビリティに跳ね返るリスクである。ユーロ圏には、増税と社会保障費だけでは財政健全化が困難とみられる国が多く存在する。成長率を回復させて、税収の増加を実現することは相当に重要なはずである。

第二に、景気が低迷し続ければ、銀行に不良債権が増加することは避けがたい。あるいは、金融危機後に強化された規制や監督の下では、銀行はむしろ不良資産の増加を恐れ、貸出を一段と抑制的に運営するかもしれない。前者が生じれば、金融システムは再び不安定化の方向を向くし、後者が生じれば金融機能の毀損を通じて実体経済の足を引っ張ることが懸念される。

第三に、低成長の継続は成長期待ないしインフレ期待を押し下げることにつながる。そうなれば、景気刺激策が所期の目的を回避することが難しくなるのは、日本の経験が示すとおりである。

「非伝統的手段」による追加緩和

もっとも、今回のECB政策理事会も、追加緩和について全く議論しなかった訳ではなかった。すなわち、ドラギ総裁が記者からの質問に応える形で説明したように、マイナス金利の導入や、中小企業向け貸付を裏付けとするABSの活性化、LTROの再実行、適格担保の拡大などについて、それぞれコストとベネフィットを詳細に整理したようである。

その上で、今回は追加緩和を見送ったということは、前節でみたような様々な課題への配慮があったにせよ、現時点ではコストとベネフィットのバランスが正当化できないという判断がなされたものと考えることができる。

ドラギ総裁は、各手段を取り上げつつ、この点についてやや踏み込んだ説明を行った。第一に、マイナス金利の導入に関しては、取りあえず現時点では「意図せざる効果」が大きいとみられるとの判断を示した。第二に、LTROの再実行や適格担保の拡大については、主として銀行の資金調達を円滑にすることが主眼である一方、現在はこうした問題が深刻ではないとの判断を示した。

そして、前回の政策理事会以降、一時は市場の注目を集めたABSの買入れに関しては、そもそも中小企業向け貸出を裏付け資産とするABSのユーロ圏における市場規模が極めて小さいことを認めた上で、その育成には、金融規制の必要な見直しも含めて、相応の時間を要することを改めて指摘している。

ドラギ総裁によるこうした説明の通り、政策理事会で各手段に関する検討が行われたのであれば、それは必要なプロセスである。加えて、政策金利の引下げ後にもまだまだ多くの政策手段が活用可能であるというメッセージを発信しようとする姿勢は、FRBのバーナンキ議長に倣っている面もあるかも知れない。

それでも市場にとっては、先月には収斂に向かっていたと思った「次の一手」に関する議論が、今月になって後退した印象を受けても仕方がないかもしれない。ECBが苦しい立場にあることは十分に理解しつつも、今回のコミュニケーション・ポリシーには検討の余地が残されているように見える。

おわりに

一部の記者からは、欧州の金融市場でもボラティリティの上昇がみられているだけに、ECBとして何ができるかを問う質問も示された。これに対しドラギ総裁は、ECBは金融政策をコンサバティブに運営し、世界的なボラティリティの上昇には関与していないと述べた上で、「主要国」の中央銀行による金融政策の方向性について市場が様々な思惑を持つようになったことが、ボラティリティ上昇の原因であるとの理解を示した一方、先の質問自体には直接の回答を避けている。

もちろん、ドラギ総裁のこうした不満には理解できる面もあるが、中央銀行にとっては、ボラティリティの過度な上昇もまた、何が原因であるかに関わらず、その安定化を図るべき類の問題であることもまた事実であるように思われる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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