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HFT(高頻度売買)は悪玉か?

2013年05月28日

日経平均株価が1,143円安という急落を演じた5月23日以降、第二次安倍内閣の経済政策アベノミクスへの期待の高まりを背景に、ほぼ一本調子の上昇を続けてきた日本市場で株価が乱高下している。

こうした中で、近年活発化しているHFT(高頻度取引)が、市場の攪乱要因になっているとの指摘がみられる。市場監督の最高責任者である麻生太郎財務相兼金融担当大臣も「HFTという機械に乗せて(取引を)やると、一方的に上がり始めるとうわっと上がるし、下がるときはだっと下がる。人間だったらそんなことにはならない」と述べた(28日、ロイター報道)。

HFTとは、コンピュータ・システムが市場の気配値や注文状況などの変化に応じて、自動的に株式売買注文のタイミングや数量を決めて発注する仕組みを構築し、時には1秒間に数百回といった高頻度で売買を繰り返す取引手法である。取引所のホスト・コンピュータが所在するサイト内に発注サーバーを設置するコロケーション・サービスを利用しながら行われるのが通例であり、短時間での気配値の変化に着目して鞘取り取引を行うプロップファーム(トレーディング専門業者)が利用するほか、マーケット・インパクトを避けようとする機関投資家等の大口注文処理などに証券会社が利用するといったケースが多い。ヘッジファンドなどの投資ファンドが短期の利ざや確保のためにHFTを利用するというケースもある。

HFTが市場の攪乱要因となっているとされる論拠は、相場の流れに追随して自動売買を行うことを戦略とするヘッジファンドがHFTで行う取引が、値動きを一方向に偏らせるとの見方に基づく。確かに、株価が下落傾向になれば売るというアルゴリズム(コンピュータ・プログラム)を採用するファンドが存在することは事実だろう。しかし、他方で、自らをマーケット・メーカーと呼ぶプロップファームであれば、むしろ気配が下落したら買いを入れ、上昇したら売りを入れるというアルゴリズムを利用しているはずである。まして証券会社がHFTを利用する際に、売り指値をどんどん切り下げるというような行動はとらないだろう。HFTを利用する市場参加者と言っても、皆が同じアルゴリズムを用いているわけではなく、HFTの売買が一方向に偏るという見方は必ずしもきちんとした裏付けを有するものとは言えないように思われる。

株式市場の急落という決して好ましくはない出来事が起きると、その元凶と目される「悪玉」探しが行われるのは世の常である。バブルが崩壊した1990年以降の株価下落局面では、株価指数先物取引が現物市場の株価下落を増幅しているという「先物悪玉論」が展開され、規制強化が図られた。1991年には新規公開株への投資資金が公式市場での売りを増加させているという「IPO悪玉論」が展開され、株式新規公開が半年間全面的にストップさせられ、その後も新規公開社数を制限する「需給調整」が行われる事態となった。その後も、2002年には、銀行保有株式の価格下落を背景に「空売り悪玉論」が展開され、売りの抑制を目指す規制強化が行われた。この「空売り悪玉論」は、2008年のリーマン・ショック時に再び台頭し、今日に至るまで解除されていない「緊急空売り規制」につながった。

多くの場合、悪玉として名指しされるのは、当時導入されたばかりであった株価指数先物取引などのデリバティブ取引やヘッジファンドが多用する取引手法とされた空売りなど、一般投資家にとってそれほどなじみの深くない、比較的新しく登場したものである。それが今回の場合、2010年1月の東証における新しい株式取引システムであるアローヘッドの稼働によって、初めて日本市場でも可能となったHFTだというわけなのだろう。

HFT悪玉論を補強する(とされる)一つの材料は、アメリカで2010年5月に発生したフラッシュ・クラッシュである。これは、ダウ工業株30種平均指数が5分間で573ドル(5.49%)も急落し、その後1分半で543ドル暴騰したという事件である。この異常な株価変動の結果、2万件以上もの約定が取引所の決定によって取り消されるなど、市場は深刻な混乱に陥った。HFTが市場で大きな存在感を発揮する中で起きた市場の混乱であっただけに、HFTが何らかの役割を果たしたのではないかと指摘されたのである。

確かに、その後の証券取引委員会(SEC)等の調査結果によれば、HFTがフラッシュ・クラッシュの過程で一定の役割を果たしたことは間違いない。しかし、そのメカニズムはHFTの売買が売りに偏って相場を押し下げたというような単純なものではない。当時、株価急落の端緒となったのは、あるミューチュアル・ファンド(投資信託)による株価指数先物の大口売り注文であった。この注文の発注方法が稚拙であったことが災いし、まず先物価格の下落が生じた。この時、HFTは、むしろ当初は売りに対して買い向かう機能を果たしたが、買い持ちポジションを解消するために先物の売りにまわり、更に現物市場では多くのHFT利用者の発注をめぐって一定以上の価格変動が生じた際に取引を一時停止するプログラムが作動したことで流動性が急速に枯渇する事態が生じ、株価が急落したのである。

今のところ、日本における最近の株式市場動揺時に、HFTによる発注が一時的に止まったことで流動性の枯渇が生じたといった指摘はない。むしろ、この間の市場は、連日大商いが続いている。市場動揺の背景は、半年で日経平均株価が60%以上上昇するという急ピッチの株価回復で、目先の天井が見えたとする投資家と更なる株価上昇を見込む投資家の思惑が交錯し、売買高を伴いながら株価が乱高下したということに過ぎないのではないだろうか。

金融・資本市場におけるイノベーションは、得てして広範な理解を得にくいものである。思い付くままに挙げても、CDS(クレディット・デフォルト・スワップ)を初めとするデリバティブ取引、金融危機とのつながりも指摘された証券化(セキュリタイゼーション)、HFTを含むアルゴリズム・トレーディング等々、いずれも重要な経済的機能を果たしていながら、必ずしも正しく理解されず、誤解に基づく批判にさらされがちである。

幸い、HFT悪玉論とも言うべきコメントをした麻生財務相も、直ちにHFTに対する規制が必要だといった姿勢はとっていない。また、日本の株式市場における高速取引時代は、まだ始まったばかりであり、HFTの果たしている機能については、価格の変動性(ボラティリティ)の拡大につながっていないかどうかという点も含め、更なるデータの積み重ねに基づいた検証が必要である。市場の動揺が当局の動揺につながって短絡的な規制強化が行われるというかつての悪玉論の再現だけは何としても避けたいものである。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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