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インサイダー取引規制を変える金商法改正案

2013年05月16日

2013年4月16日、国会に「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」が提出された。その内容は多岐にわたるが、一つの柱は、昨年社会的な注目を集めた、いわゆる増資インサイダー取引事件を契機として検討が開始されたインサイダー取引規制の見直しである。新たに未公表の重要事実(インサイダー情報)の伝達行為が禁じられるとともに、機関投資家による株式運用など、他人の計算による取引での規制違反に対する課徴金の水準が引き上げられる。

金融商品取引法(以下「金商法」という)によって禁じられるインサイダー取引とは、未公表の重要事実(インサイダー情報)を知った上場会社の役職員や顧問弁護士、主幹事証券会社役職員といった会社関係者または公開買付者等関係者(以下「内部者等」という)が、当該情報の公表前に行う取引である。また、内部者等から直接インサイダー情報を伝達された情報受領者による取引も規制の対象となる(金商法166条、167条、以下金商法については条数のみを示す)。しかし、従来は、インサイダー情報を伝達した者については、当該情報に基づく取引を唆したり、取引が行われることを知った上で利益を山分けしていたといった場合には、共犯として処罰される可能性があったものの、単に情報を伝達しただけで直ちに刑事罰や課徴金賦課の対象となることはなかった。

この点について、今回の改正案は、内部者等がインサイダー情報の公表前に、他人に利益を得させ、または損失を回避させる目的をもって、当該情報を伝達したり、売買推奨をする行為を禁じている(167条の2)。この規定に違反した者については、情報伝達や売買推奨を受けた者(情報受領者)がインサイダー取引を行った場合に限り、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはその併科という罰則が設けられる(197条の2第14号、15号)。また、情報受領者が得た利得相当額の50%という課徴金も賦課される(金商法175条の2第1項3号、2項3号)。

ここで改正案が、違法な情報伝達の構成要件として他人に利益を得させ、または損失を回避させる目的という主観的要件を定めたり、実際に取引が行われたことを処罰要件としたのは、インサイダー情報の伝達に対する規制が余りに幅広いものになれば、企業の通常の業務や活動に支障を生じさせ、処罰範囲を不当に拡大することになりかねないからである。例えば、上場会社の経営幹部が、自社の係わるM&A(企業の買収・合併)に関するインサイダー情報を報道記者に教えるとか、毎日帰宅が遅くなっている理由を家族に釈明するためにM&Aの動きに触れるといったことは、社内規程に触れるといった可能性は排除できないだろうが、処罰の対象とすべきものとは思えない。

改正に向けた検討を行った金融審議会のワーキング・グループでは、一部の委員から、主観的要件を設けると情報伝達者の自白がない場合には違反の立証が困難になりかねないといった懸念も示された。しかし、例えば今回の改正の発端となった増資インサイダー取引事件のようなケースなどでは、外形的な事実だけからでも「取引を行わせる目的」があったことの蓋然性を示すのはそれほど困難でないだろう。主観的要件が定められたことで、規制が「ザル」になるといった懸念は杞憂であろう。

また、ワーキング・グループの議論では、増資インサイダー取引事件のように、公正な市場の担い手であるべき証券会社など仲介業者が違反行為に係わった場合には、一般の内部者等よりも厳しい対応を講じるべきとの指摘もなされた。これを受けて、法案では、証券会社が株式の売買仲介や公募等に関連して行った違反に対する課徴金の計算に関し、情報受領者から支払われる月間仲介手数料等相当額の3倍や募集手数料等相当額の50%とするといった規定が盛り込まれている(175条の2第1項1号、2号、2項1号、2号)。

金商法上の課徴金制度は、規制の実効性を確保するために、法令違反行為によって行為者本人が得た経済的利得を没収するという考え方に立脚している。増資インサイダー取引事件において、機関投資家等に対して課された課徴金の金額は少額にとどまったが、それは、他人から資産運用を委託されている機関投資家等の場合、違法な取引によってあげられた利益全体ではなく、当該取引によって機関投資家等が直接得たと考えられる資産運用報酬に着目して課徴金額を計算することになっているためである。

この点について法案では、機関投資家等が違反行為を行う背景には、将来にわたり継続的に運用報酬を維持・増加させる狙いがあるという観点から、従来のように個々の違法な取引にとらわれることなく、他人の計算で資産運用を行う過程でインサイダー取引を行った場合の課徴金額を月間運用報酬相当額の3倍とすることが盛り込まれた。こうした規定は、インサイダー取引以外の不公正取引類型についても設けられる(175条1項3号ほか)。

このほか今回の法案には、増資インサイダー取引事件とは直接関係のない規制見直しも盛り込まれている。これらの改正は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされており、今後、国会審議が順調に進めば、2013年6月にも法案が成立し、2014年6月までに改正規定が施行されることとなろう。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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