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ECBのドラギ総裁による記者会見-利下げの次

2013年05月07日

はじめに

日本は連休の谷間であったにも拘わらず、5月2日は早朝のFOMCから夜のECB政策理事会へ続くイベントフルな一日であった。ECBは25bpの利下げに踏み切ったが、十分予想された内容である一方、景気後退には深刻さもあるため、焦点は既に追加緩和に移っている。

そこで本コラムでは、今回の利下げだけでなく今後の追加緩和も検討する。なお、今回の記者会見は、視聴者の関心が高まったためか、Webcastが極めて不安定で部分的にしか視聴できなかったので、ECBが公表した声明文に添付されたQ&Aで内容を補記している点をご了解いただきたい。

「伝統的」金融政策

我々は、日米英の中央銀行が各々実施している「大胆な金融緩和」に慣れたため、ECBによる利下げが新鮮に見える。しかし、利下げこそ「伝統的」政策手段であるし、今回のECBによる金融緩和も、インフレ期待が安定している下で、景気低迷に歯止めをかけることをめざすという、普通の考え方に基づく。ユーロ圏の景気が、ドラギ総裁の当初の楽観的な見方と異なり一段と減速するリスクを示しているのは、先般の国際会議でIMFが警告した通りである。

このような背景や考え方は、以前の本稿でも議論しただけに繰返すには及ばない。その上で、今回の利下げについて今後との関係で注目されるのは、いわゆるcorridorの運営である。

ECBは、これまで政策金利(MROの適用金利)を75bpとし、預金ファシリティの適用金利を0bp、MLFの適用金利を150bpと設定することで、上下75bpずつ、合計150bpのcorridorを形成していた。これに対し、ECBは、本日の政策変更で政策金利は50bpとした一方、預金ファシリティの適用金利を0bpで不変としたため、MLFの適用金利が上下対称となるよう50bp下げて100bpとした訳である。

こうしてECBのcorridorは再び100bpに戻ったが、政策理事会では次の一歩に関する議論も始まっているようだ。この点で注目されるのは、ドラギ総裁が、マイナスの政策金利に関し、”technically ready“で、”open minded”であると述べたことであろう。ドラギ総裁自身、かなり消極的な評価に傾いた時期もあっただけに、これは議論の大きな転換である。

この場合のマイナスの政策金利とは、技術的には、預金ファシリティへの適用金利をゼロ以下に下げることであろう。これに伴って、corridorの幅をこれ以上圧縮することなく、利下げと言う政策手段をさらに発動する余地が出てくる訳である。

もちろんドラギ総裁も、本日の記者会見でも強調したように、ユーロ圏経済の本格的回復には、クレジット市場でドミナントである銀行貸出の活性化が不可欠であることを十分理解している。それだけに、銀行収益を阻害することで、貸出に副作用をもたらしかねないマイナスの政策金利に対するハードルは相応に高いはずである。

それでも、マイナスの政策金利という選択肢が再浮上した理由は、ユーロ高抑制と言う目的が重要になってきたからであると推測できる。こうした意図は、マイナスの政策金利の先達であるデンマークのケースを思い起こせば分かりやすいし、足許のユーロ相場が景気後退リスクの深刻化に拘わらず堅調であったことから合理性もある。実際、本日のユーロ相場は、ドラギ総裁がマイナス金利に言及したとたんに大きく減価したようである。

その上で、もしもユーロ相場の現在の堅調さが日米の「大胆な金融緩和」の影響を反映しているようであれば、ECBによるマイナス金利の導入も、やや誇張して言うと、金融政策を通じた「通貨戦争」という性格を持ちうることに注意する必要があろう。

「非伝統的」金融政策

一方、今回の声明文で「非伝統的」金融政策に関して注目されるのは、非金融企業向け貸出を裏付け資産とするABS市場の活性化につき、ECBが他の欧州機関との協議を開始したという点である。記者会見でもこの点に質問がなされていたようだが、これらに対するドラギ総裁の回答を通じて、「非伝統的」金融政策の運営に関するECBの考え方がある程度明らかになったように思う。

第一に、ドラギ総裁は、財政ファイナンスを絶対行わない決意を改めて強調するとともに、財政健全化はあくまで政府の責任において進めるべきことを確認した。このことの含意の一つは、ECBがFRBや日銀のように大規模な国債買入れを行うことのハードルが、残念ながら相当高いという点である。

つまり、ECBは、域内に巨額の政府債務を抱える国々が存在する中で、安易に国債買入れに踏み出していくことには、関係国政府にモラルハザードをもたらし、財政健全化努力を却って阻害するリスクが大きいと考えているのであろう。この点は、債務危機の記憶も新しいだけに当然かもしれないが、仮にユーロ圏のディスインフレが進んだ場合にも、こうしたスタンスが維持されるのかどうかという興味深い問題が残っている。

第二に、ドラギ総裁は、前節でも見たように、欧州の金融システムでドミナントな役割を果たす銀行の機能回復を重視する姿勢を強調した。このことは、「非伝統的」金融政策が導入される場合、銀行貸出を対象とした「信用緩和」の性格を有する可能性が高いという推論を導くことになる。そして、この点で、本節の冒頭でもみたABS市場の活性化との議論にも整合的に繋がることになる。

現時点では、この政策に関してECBがどのような役割を担うのか、あるいは-ドラギ総裁はEIBとの協議である点を明言したが-ECB以外にどのような機関が関与するのかなど、具体的に明らかになっていない面もまだまだ多い。

しかし、ドラギ総裁が示唆したように、このABSの裏付け資産として中小企業向け貸出を想定するのであれば、ECBが予てユーロ圏のフラグメンテーションの主要な要素として意識していた、債務問題国での中小企業向け銀行貸出を活性化することに繋がる。しかも、ECBは既にカバード・ボンドの買入れを実施してきただけに、こうしたABSの活性化策を考える場合も、金融市場が想定するよりも早く実現することも考えられる。

おわりに

今や、日銀とBOEが大規模な資金供給を行い、今朝のFOMCによれば、FRBもQE3の減額どころか増額もありうるという議論になっていた。ECBについても、本日の利下げに止まらず、今後は「非伝統的」金融政策の活用も視野に入っている。こうして我々は、先進諸国の中央銀行が-活用する政策手段こそ多少は違うとしても-再び世界的な「金融緩和競争」に入っていくことを、相応の可能性あるシナリオとして考えておくべきかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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