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FOMCを終えて-2つの異なる解

2013年05月02日

はじめに

今回のFOMCはバーナンキ議長の記者会見もなく、現状維持を示す声明文が公表されたのみである。しかし、前回の議事要旨が資産買入れの減額について相当な議論があったことを明らかにした一方、足許の景気指標が軟化し、ディスインフレの動きもみられるだけに追加緩和を求める声もあるなど、政策論は混沌としてきた。

そこで、本コラムでは、今後の資産買入れの運営を考える上での焦点を改めて検討しておくこととしたい。

Increase the pace

金融政策を現状維持とした今回の声明文で最も注目される点は、FOMCが資産買入れ(LASP)のペースを、労働市場ないしインフレの見通しの変化に応じて「増加または減.(increase or reduce)」する用意があるとした点である(第4パラグラフの4行目からの文)。普通にこの文を読めば、FRBとしてごく当たり前のことを言っているだけと思われるかもしれないが、注意すべき意味合いを含んでいる。

それはつまり、資産買入れのペースをいわばファインチューニングしていくメッセージを発している点である。確かにこの点に関しても、これまでのFOMC声明文でもFRBは経済状況に応じてペースを見直すとの考え方を示してきた。しかし、ここまで明確に増減を調節すると声明文で説明したのは初めてである。

この点から浮かび上がる課題は、資産買入れのペースという量的な要素を、実体経済に対する効果との関係で果たして適切にファインチューニングしうるかという点である。この点は、今や我々日本人には理解しやすくなっている。なぜなら、黒田総裁の下での金融政策についても、今後の運営を考えると共通の課題を抱えているからである。

もちろん、今回の声明文が改めて強調しているように、FRBはLSAPの効果は長期金利の抑制を通じた経済活動の刺激にあるという説明を一貫して行ってきた。その意味では、あるペースの資産買入れが長期金利をどの程度下げることができるかを推計できれば、今回の声明文が示すように景気動向に応じてファインチューニングする可能性も展望される。

しかし、長期金利がこれだけ低下し、平時においてファンダメンタルズから導かれる水準とは異なる状況にあることを考えると、資産買入れのペースの変化が長期金利に与える影響を説得力ある形で示すことは益々難しくなってきたように思われる。その上に、以前から本コラムでも議論してきたように、量的な要素と実体経済を直接的に紐付けることは米国においても容易ではないはずである。

そこで思いだされるのは、前回のFOMC後の記者会見におけるバーナンキ議長の冒頭説明である。つまり、議長は、資産買入れを短期的な経済活動のモメンタムを高め、持続可能な回復へ導くための手段としても位置付けていると説明した訳である。この考え方に基づいた場合、FRBが資産買入れのペースを増す場合のロジックとして、金融市場を通じた効果を意識することが考えられる。

言うまでもなく、こうしたロジックの長所は市場動向と言う指標があるのでファインチューニングがしやすいことに加え、資産効果なども含めて経済活動を刺激できるのであれば、結果的には、実体経済の状況に即してファインチューニングしているという説明を矛盾なく行うことができることにある。さらに言えば、金融市場を通じた効果を意識する場合、資産買入れのペースを増加させる余地があるというメッセージを発するだけでも、賞味期限はあるが、一定の政策効果を発揮しうる。仮に、FRBが足許の景気指標の鈍化がsoft patchであると思っているのであれば、これは意外に便利な政策効果となる。

Decrease the pace

一方、資産買入れのペースを減速するケースに関して注目される点は、今回の声明文の先にみた文において、労働市場ないしインフレの見通しに依存すると明言していることである。これまた当然のことを言っているに過ぎないと思われるかもしれない。FRBはいわゆるデュアルマンデートの下にあり、しかも昨年初に各々の目標を具体的な数値として示したからである。

実際、FOMCの前回会合の議事要旨をみても、資産買入れペースの減速という主張の背景として、当時の経済指標の着実な改善があったことが示唆されている。また、今回のFOMCでも現状維持に反対したカンザスシティ連銀のジョージ総裁も、声明文によれば、過度な緩和が長期的に高インフレをもたらすリスクを懸念していることが理由とされている。

しかし、こうした実体経済面の理由に加え、声明文にある資産買入れの効果とコスト(efficacy and costs)と言う場合、金融システム安定が含まれる点は、前回のバーナンキ議長の記者会見を含めて明らかであるし、前回のコラムでも議論した通りである。さらに言えば、上にみた議事要旨やその後の地区連銀総裁を含むFRB幹部の発言が示唆するように-前回のFOMCで、資産買入れの減額方向での議論がかなり前面に出てきたことを、景気指標の多.の改善だけで正当化することは難しいように見える。

だとすればなおさら、資産買入れのペースを減額しなければならない場合にそれを実行するには、いくつかの課題が浮上してきたように見える。第一に、本丸が金融システム安定-長期金利が長期にわたって低位に維持されることの副作用の回避-であるにも拘わらず、資産買入れは金融政策としてデュアルマンデートの達成に向けて運営することになっているので、減額を合理化するために労働市場やインフレの見通しの改善が求められることである。

第二に、今回の声明文も示唆するように、米国政府の財政健全化が適切に進まない結果、深刻ではないにせよ継続的なfiscal dragが生じ、景気回復の足を引っ張り続けるリスクが増していることである。もしそうであれば、第一の点でみたような実体経済面から資産買入れの減額を正当化するチャンスは小さくなる。

第三に、金融システム安定に関する懸念を予め強調し過ぎると、資産買入れが現在発揮している政策効果も損なってしまうことである。この点は本稿で何度か議論してきた点であるので繰り返さないが、要するに、長期金利が長期にわたって低位に維持されることの副作用とポートフォリオ・リバランスとは、いわば表裏一体の面があるということである。

Two polar solutions

金融政策の先行きに関しては、例えば追加緩和するかしないかという穏当な議論が普通であり、Increase or reduceといった対照的な選択肢が並ぶことは異常なはずである。しかし、それが今や当然のことのようになってしまったのは、景気と金融システムという2つの要素が、長い目で見てディスインフレとバブルのいずれを回避すべきかという選択を迫っていることによるのであろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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